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237 アスカム子爵領 6

「くそ、アスカムの奴らはどこだ!」

 帝国軍の司令官が、苛つきを隠そうともせずに、そう怒鳴った。

 そう、あれから現地徴発を目的とした無理な進軍を開始し、いくつかの村を襲ったのであるが、そのことごとくが、空振りに終わったのである。

 食料も水も、何も残されておらず、村人の姿すらない。そして、井戸も見当たらない。おそらく、井戸を埋めて、囲いや釣瓶つるべ等も撤去して、痕跡を消したのであろう。帝国軍が利用するのを防ぐために。

 埋めただけであれば、後で掘り直すのもそう大した手間ではないだろう。村人総出で作業すれば、数日もあれば復旧できる。しかし、その場所を探し、何日もかけて掘り直す余裕は、今の帝国軍にはない。そんな時間があれば、先に進み、さっさと領都を落とした方が遥かにましである。

 そもそも、埋めた井戸の上に簡単な掘っ立て小屋を建てるとか、手の込んだ細工をされていた場合、見つけるのにどれだけの時間を要するかも分からない。なので、進み続けるしかなかったのである。


「領軍はどこに……。まさか、全軍で補給部隊を襲うため、後方に回り込んだのか?」

「いえ、それですと、我々が領都に侵攻するのを防げないでしょう。領都を、今までの村のように完全に無人化して水場も食料も全て処分することは不可能ですし、領都を失えば、いくら数百の兵が残っていようが、アスカムは陥落したということになります。

 領都に陣取った我が軍に対し、掻き集めた農民を入れても高々数百にしかならない兵数では何もできないでしょう。さすがに、自分達の領都に火を掛ける程のことはできないでしょうからな」

 幕僚の言葉に頷く、司令官。


「では……」

「は、小賢しい敵の攪乱は無視して、さっさと領都へと向かうべきかと……」

「うむ。そもそも、奇襲で相手の指揮系統を潰して無傷で占領を、などという案を採用したのが間違いだったのだ。圧倒的優勢ならば、そのまま力押しで踏み潰せば、今頃はとっくに領都を占領して旨い酒が飲めていたものを……」

 奇襲作戦を進言した幕僚が小さくなっていたが、進言された案が妥当だと判断して採用したのは自分自身であるため、司令官は少し嫌みを言いはしたが、別にそれ以上責めるようなことはなかった。

「よし、出発だ!」

 昼食のための大休止を終え、進軍を再開する帝国軍。

 但し、食事を摂れたのは、集積所以外の場所に置いてあった食材と、僅かばかりの現地採取による野草により作られた料理を提供された士官達だけである。一般兵にとっては、ただの長めの休憩に過ぎなかった。

 一応は、食用になる動物や魔物を狩ろうとはしたのであるが、なぜか獲物は全く獲れなかった。まぁ、大人数の兵士が物音を立てながら行軍しているのであるから、それも無理はない。そう思って、士官達は何の疑問も抱いてはいなかった。




「ぎゃっ!」

「ぐあああぁっっ!」

 また、兵士の悲鳴が聞こえた。

「くそ、ねちねちねちねちと……」

 先頭部隊を率いる士官が、怒りの声を漏らした。

 そう、また、兵士達がトラップに引っ掛かったのである。

 子供騙しの小さな落とし穴かと思えば、穴の底に毒を塗った尖った竹が植えてある。

 邪魔な小石だと思い蹴り飛ばせば、実は鉄の棒で地面に固定されており、足の指を骨折する。

 街道を塞ぐ倒木を移動させようとして、兵士達が倒木の下に手を差し入れて持ち上げようとすると、倒木の下面にびっしりと生えていたとげが手に刺さる。勿論、毒付き。

 細く見えづらい糸にうっかり足を引っ掛けてしまうと、矢が飛んできたり、小さな杭をたくさんくくり付けてしならせてあった竹や樹木が勢いよく襲いかかってくる。


 大半は急拵きゅうごしらえの稚拙な仕掛けであり、不発に終わることもある。しかし、中には非常に精巧なものもあり、まともに受ければ致命傷となる罠もあった。

 そう、洒落にならない罠が混じっているということは、全ての罠に対して細心の注意を払い、慎重に進まなければならないということであった。そのため、たかが子爵領、普通に進めば領境から領都までなど数時間で着くものが、その何倍もの時間をかけて、まだ先は長かった。水の補給のためにかなり遠回りしたのも、こたえている。

 空腹と渇きに耐えかねて、少しでも早く領都に辿り着きたいという思いで一杯の兵士達にとって、これほどイライラさせられることはない。苛立つ心は注意力を散漫にさせ、またひとり、罠に引っ掛かる。

 罠により戦闘不能となる者など、全体から見れば、微々たるものである。しかし、だからといって、罠を無視して進め、というわけにもいかない。

 そして、帝国軍の行軍速度は、1歳半の幼児のよちよち歩きよりも遅くなるのであった……。


 数日前に後にした占領地へと向かわせた徴発部隊は、既に戻っている。

 そして、街道に近い村々は、そのことごとくが無人であり、食料どころか、水さえ見当たらず。また、村にあった樽を集めて運び、先日立ち寄った川で水を汲んできた荷馬車は、到着して樽を下ろそうした時に、ようやく気付いた。樽の中にはほとんど水がはいっていないということに。

 そう、箍が緩み、木が削られ、切り込みが入れてあったのである。全ての樽が……。




「そろそろ帝国軍が来る頃ね……」

「はい、書簡に色々な罠の案を書いておきましたけど、まさかあれほど頑張って仕掛けるとは……。でも、さすがにそろそろ到着すると思います」

 アスカム領の領都が見える小高い場所に陣取った『赤き血がイイ!』のレーナとポーリンが言う通り、マイルが書いた書簡には、2枚目、つまりポーリンが書いた『罠による敵の進軍速度遅延策の案』が付けられていたのである。そしてアスカム領軍は、それを忠実に実行した模様であった。


 飢えと渇きで疲弊し、不和で部隊間の連携など取れたものではない帝国軍ではあるが、その兵力差は絶望的なものである。

 300対5000。アスカム領軍兵士ひとりに対して、帝国軍兵士17人。いくら弱らせたとはいえ、17倍の相手に勝てるとは思えない。

 また、いくら『赤き血がイイ!』が飛び抜けた戦闘力を持っているとはいえ、4対5000というのは、少し無茶が過ぎる。

 いや、もしマイルが本気で、全くの自重無し、手加減無しで全力を出せば。そして5000の敵兵全てを殺戮するつもりであれば、それも不可能ではないかも知れなかった。しかし、それをやってしまえば、もうマイルは二度と『ささやかな幸せ』などとは言えなくなってしまうだろう。マイルの精神的にも、国家間の政治的にも。


 300対5000。

 4対5000。

 どちらも、到底勝ち目のない戦いである。

 では、300+4対5000ならば?


 いくら強くとも、4人で5000人の兵士を掻き回し、全員を倒すのは難しい。

 しかし、4人に掻き回されぐちゃぐちゃになった弱兵に、300の精鋭が突っ込めば?

 その可能性に賭けて、色々と敵の弱体化のための策を弄してきた『赤き血がイイ!』の4人は、今、最後の決戦の場にやってきたのである。アスカム領の領都を背にした領軍と対峙する帝国軍に、その後方から突っ込むために。

 領都には、敵兵は一歩たりとも踏み込ませない!


「……来ました。帝国軍です!」

「来たわね……」

 木陰に潜み、マイルとレーナが敵影を確認した。

 そして、メーヴィスがふたりに尋ねた。

「帝国軍の姿は、私にも見えるのだが。……アスカム領軍は、どこにいるんだい?」

「「「……」」」

 みんなが気付いていながらも、決して口にしようとはしなかったことを、とうとうメーヴィスが聞いてしまった。

「「「「…………」」」」

 そう、領都と帝国軍の間には、アスカム領軍の姿はなかった。

 ……どこにも、領軍の姿は見えなかったのである。



いよいよ明後日、11月2日(木)に、拙作『ポーション頼みで生き延びます!』書籍2巻と、コミックス1巻が同時発売されます。

よろしくお願い致します。

……特に、コミックスを!(^^)/

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― 新着の感想 ―
[一言] 〉邪魔な小石だと思い蹴り飛ばせば、実は鉄の棒で地面に固定されており、足の指を骨折する。 これ中学時代に実際にやったことある。鉄の棒ではなく地面から少しだけ(小石に見えるだけ)頭を出した杭だ…
[一言] >相手の指揮系統を潰して無傷で占領を、などという案を採用したのが間違いだったのだ。圧倒的優勢ならば、そのまま力押しで踏み潰せば ファーレンハイト 「大軍に区々たる用兵など必要ない。攻勢ある…
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