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233 アスカム子爵領 2

「アルバーン帝国の賊共めが……」

 領境近くでアスカム子爵領の領軍を指揮しているジュノーは、吐き捨てるようにそう言って、唾を吐いた。

 突如侵攻してきた帝国軍は、国境に面したセスドール伯爵領を蹂躙じゅうりん、間もなくここ、アスカム子爵領へとやってくる。そしてジュノーは、宣戦布告もせず盗人ぬすっとのように侵入した者達など、軍隊とは認めていなかった。ただの、賊。そんな奴らの呼び名は、それで充分であった。


 いくら子爵領とはいえ、国境に近いため、他の子爵領よりは多い兵士を抱えていたアスカム家であったが、数年前までは精強を誇ったその領軍も、今は大きくその力を落としていた。

「くそ、あの、腐れ婿養子めが……」

 そう、アスカム家のひとり娘、メーベルに婿入りした、どこかの伯爵家の馬鹿息子。先代とメーベルが盗賊に襲われて……誰も本当にたまたま盗賊に襲われたなどと信じてはいなかったが……亡くなった後、堂々と浮気相手と隠し子を連れ込んだあの男が、軍の予算を大幅削減して自分達の贅沢に金を回した。おかげで、人数も装備も練度も、ガタ落ちとなったのである。


 幸いにも、アデルを廃してアスカム家の血を全く引かない者達でのお家乗っ取りを企んだ連中は、その悪事が露見して、断頭台の露と消えた。そして身を守るために姿を消した正統なる後継者アデルが戻るまで領地を管理するために、国王陛下直々に派遣された代官がよく頑張ってくれたものの、まだ、往年の精強さには程遠かった。

 しかしそもそも、いくら精強であったとしても、たかが子爵家の領軍である。帝国軍全体のうちのほんの一部に過ぎないとはいえ、大国の正規軍を撥ね返す力があろうはずもなかった。せいぜいが、少し時間稼ぎができれば上出来、といったレベルである。そう、自国の正規軍や、各領地からの援軍が到着するまでの時間稼ぎが。


(しかし、それも望み薄か……)

 不祥事を起こして領主代行一家が粛正された、何の取り柄もない僻地の子爵家。そんなものを助けるために、被害が大きくなるのが分かり切っている戦力の逐次投入や強行軍直後の戦闘などという愚策をとる王も領主も軍人もいるまい。ここは、じっくりと戦力を整えてからの一斉反攻作戦しかあるまい。

 ……つまり、反攻作戦の前線(フロントライン)となる場所はここより北方、というわけである。

 そして、たとえ反攻作戦が成功したとしても、今回と反攻時の2度に亘り戦場となり、敵に占拠されている間に食料や金目の物を根こそぎ奪われ、戦いで畑を踏み荒らされ、そして多くの死者を出し孤児や寡婦が溢れた田舎領に、未来はない。


(先代様と、メーベル様に申し訳が立たぬ……。

 この命ある限り、いや、命尽きた後ですら、鬼神となりてアスカム領を守ると誓ったというのに……)

 そう、幼い頃に先代のアスカム家当主、つまりアデルの祖父に拾われ、孤児から領軍の指揮官にまで登り詰めたジュノーは、先代とその息女メーベルのためならば、全てを捧げることに何の躊躇ためらいもなかった。おのれの命も、そして魂も……。

 しかし、何も出来ずにふたりを死なせ、証拠も無くてはいくら怪しくとも婿養子の糾弾もできず、もしメーベルの娘アデルにもその手が伸びたらと思うと、職を辞することもできなかった。そしてもしもの時にはアデルを守るために反逆者の、そして(あるじ)(ごろ)しの汚名を被っても構わないと考えていた。

 なのに、再び何もできずにアデルをも失うこととなった。


(いや、アデル様は、まだお亡くなりになったと決まったわけではない。どこかで生きておられる可能性が……)

 そう思いはするが、無力で世間知らずの12歳の貴族の少女が、たったひとりで無事に、幸せに暮らして行けるとは思えない。

 ジュノーが最後にアデルの姿を見たのは、先代とメーベルが健在であった頃、アデルがまだ8歳の時であったが、聡明なのになぜか『お花畑』と呼ばれていた母親メーベルの血を強く引いたのか、アデルもまた、少し、いや、かなりつかみ所のない少女であった。

 いくら指揮官とはいえ、軍人であるジュノーが主家の幼い少女と話す機会などそうあるはずがなく、先代やメーベルと話すことはあっても、アデルと直接言葉を交わしたことはない。たまに遠目に見る程度であった。


 そして、ジュノーの脳裏には、先代に拾われたあと、初めてメーベルに会った時のことが、昨日のことのように思い出された。

『ジュノー。強くなって、おとうさまと私、そしてアスカム領の領民達を守ってね!』

 11~12歳くらいであったメーベルのその言葉に大きく頷いたにも拘わらず、その約束の半分は果たせなかった。

(だが、約束の残り半分は、この命に代えても!)

 アスカム子爵領、領軍300。アルバーン帝国侵攻軍、およそ5000。

「5000? たったそれっぽっちの戦力で充分だと考えた奴らに、後悔させてやる!」

 ジュノーは、最後の言葉だけは、頭の中ではなく、声に出した。少しは景気のいいことを言って部下の士気を高めるのも、指揮官の務めであった。


(しかし、実際問題、正面からまともにぶつかって勝てるはずもない。包囲殲滅陣には、兵数が違い過ぎる。ここは、奇襲で敵の司令部アタマを潰すしか……)

 指揮官や幕僚連中を一挙に片付ければ、何とかなる。指揮官ひとりを殺したくらいでは、次席者に指揮権が移るだけだ。しかし、司令部を一挙に全滅させれば、話は違う。まともに全軍を動かせる能力も、その権限を持った者もいなくなり、いったん撤収するしかなくなるだろう。そうなれば、さすがに再侵攻に備えて援軍が来る。

 ジュノーがそう考えた時。


「敵襲!!」

 先手を打たれた。

 考えてみれば、アタマを潰されれば動けなくなるのは、こちらも同じ。しかもこちらは、相手と違い小所帯。指揮官であるジュノーと、次席であるイーデンのふたりが潰されれば、それだけで瓦解する。

 まともにやり合っても帝国側の圧勝は間違いないが、できるのであれば、被害を少なくして勝つに越したことはない。なぜ、少人数による司令部奇襲という策を帝国側が採用しないと決めつけていたのか。なぜ、優勢な方は奇襲などしないと油断していたのか。

 ジュノーは、己の馬鹿さ加減に歯ぎしりした。


 敵の奇襲部隊は、選りすぐりの手練てだれの兵士20~30人らしい。混乱の中では、正確に敵の人数を見極めることなどできない。

「落ち着け、敵は少人数だ、ひとりずつ確実に仕留めれば……」

 ジュノーが言い終わる前に、横から剣が振り下ろされた。

「くっ!」

 咄嗟とっさに自分の剣で受け止めたが、視界の隅に、弓を引き絞った敵兵の姿が映った。

 矢を避けようとすれば、隙ができて剣で斬られる。剣に対応していては、矢が避けられない。

「くそっ、こんなところで! 俺は、俺は、お嬢様との約束を……」

 ひゅん!

 そして矢が放たれ、ジュノーが死を覚悟した時。


 ばしっ!

「「「え……」」」

 ジュノー、斬り掛かってきた敵兵、そして矢を放った弓兵の全員が、驚きの声を上げた。


「義によって、助太刀致す!」

 そこには、高速で飛来した矢を剣で叩き落とした、凜々(りり)しき金髪の女性剣士の姿があった。……眼元を隠す仮面マスクを着けた、怪しい姿の……。

 言葉も発さず、ふたりの帝国兵が女性剣士に斬り掛かった。

「真・神速剣!」

 そして、一瞬の内に剣の腹で叩き伏せられた帝国兵達。

 このような場面で、斬り捨てるのではなく平打ちを使うとは、どれだけ余裕があるというのか。


「ファイアーボール!」

 側方から、攻撃魔法の詠唱が聞こえた。

 いくら優れた剣士であっても、攻撃魔法はどうしようもない。剣では魔法は防げないのだから。

 攻撃魔法の使い手ともなれば、どこでも、いくらでも稼げる。なので、わざわざ軍にはいって危険な最前線に出るような者は少ない。どうやら、その貴重な魔術師を投入しての作戦だったようである。そして、その攻撃魔法が命中すると思われた時。

「抗魔剣!」

 しゅん!

「え……」

 まさかの、剣による攻撃魔法の切断。

 今、自分の眼の前で起きたことが理解できず、呆然と立ち尽くす魔術師。そして……。

「ウィンド・エッジ!」

 飛び来る風の刃に切り裂かれ、碌な防具を着けていなかった魔術師が倒れ伏した。

 一流の剣士でありながら、攻撃魔法の使い手。そんな者、いるはずがない!


「こ、殺せ! そいつを殺せ!!」

 その女性剣士を最大の脅威と判断したのか、奇襲部隊の指揮官らしき男がそう叫んだ。そして、それを聞いた女性剣士は、落ち着いた声でそれに応えた。

「私は死なん。たとえ倒されたとしても、蘇り、何度でも戦いの場に舞い戻る。私が見る、素敵な夢を叶えるために。そして、正義と、我が友のために……」

 そして、剣を高々と振り上げて宣言した。

「我は無敵! 何度倒れてもよみがえる、『復活リボーンの騎士』なり!」


 そして、いつの間にかその側に現れた3人の少女達が、続いて名乗りを上げた。

「マジで敵を狩り、命を刈る、『マジ狩るレッド』!」

「地獄への案内人、『闇の巫女』!」

「え? ポ……あなたの名前は、『巨乳ハンター』ということに決まったじゃないですか!」

「う、うるさいです! そもそも、今回は『ハンター』じゃないでしょうが!」

 銀髪の子供の突っ込みに、マジギレしている巨乳少女。

 そして最後は、その銀髪の子供の名乗りであった。

「私は、優勢な方をやっつける者。人呼んで、『優勢仮面』!」

 前回の登場時と、台詞が全く逆であった。だが、それを知らない兵士達には、突っ込みようがない。……しかし、こっちは突っ込めた。


(((((どうして全員、怪しげな仮面マスクを着けているのだ?)))))



いよいよ今日、17日(火)、本作品6巻とコミックス2巻、同時発売です!(^^)/

6巻書き下ろしは、栗原海里のお話。そしてコミックス2巻には、ちょい長めの書き下ろし小説と、講談社Kラノベブックスの『ポーション頼みで生き延びます!』、『老後に備えて異世界で8万枚の金貨を貯めます』のコミカライズをして下さっているモトエ恵介さん、九重ヒビキさんからの応援イラストも!


お願い、『私をオリコンまで連れてって!』(^^)/

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― 新着の感想 ―
巨乳ハンターはボツか 「によーほほほ」の笑い声やって欲しかったな^^;
3行目でこの話の決め台詞が判ってしまう自分が情けない。
[良い点] リボーンの騎士ww(;^ω^)b
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