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232 アスカム子爵領 1

 マイルの精神こころは、3年前のあの日、18歳だった栗原くりはら海里みさとと、10歳だったアデルの精神が融合したものである。

 しかし、元々同一人物、つまり同じ魂、同じ精神体であり、アデルでいた間は、全ての記憶と思考能力を失った状態の海里が、ゼロの状態で再起動したようなものである。

 つまり、言うならば、『もし海里がこの世界で生まれ育っていたならば、そのように成長したであろう者』。それが、アデル・フォン・アスカムであった。


 そのため、その精神融合に、特に不具合は生じなかった。元々、同じ(OS)の上に載ったアプリケーションであり、入力された情報の違いにより学習・成長の結果が変わっただけ、つまり精神ソフトウェア的には元々完全な同位体的存在であったのだ。

 その、『入力された情報』の部分が統合された。そう、どちらかがもう片方に飲み込まれたというわけではなく、ふたり分の記憶を持った、ひとつの精神。それがマイルであった。

 なのでマイルは、基本的には海里であった時の考え方が中心ではあるが、そこには、アデルとしての考え方も含まれている。そして勿論、その記憶も。


(アスカム家の使用人は、大半が私のことやお母様のことを知らない人達に入れ替えられたけど、解雇された人達も、みんな領内で暮らしているだろう。お母様とお祖父様が亡くなるまで、そして自分達が解雇されるまで、私にも良くしてくれた元使用人のみんなが……。そして、お祖父さまやお母様、先祖の皆さんが守り続けてきた、アスカム領と、その領民達……)

 マイルは、自分では故郷を捨てたつもり、もう全く関係がないつもりでいたが、それは海里としての論理的な判断であり、アデルとしての意志と記憶は、そう簡単に割り切れるものではなかった。


「何、思い詰めたような顔してんのよ。もっと、気楽に行きなさい!」

 額にシワを寄せて考え込んでいるマイルに、レーナが声を掛けた。

「アルバーン帝国は、マイルの母国ブランデル王国の南方にある大国で、この国、ヴァノラーク王国とも、メーヴィスとポーリンの母国であり私達のハンターとしての所属国、ティルス王国とも接しているわ。私達は、ティルス王国から西進して、北側のブランデル王国を経由して、この国に来たわけね。南側のルートならアルバーン帝国を通ることになったんだけど、勿論、そのルートを選びたがる者は多くないし、私達もそっちは避けたわけよ」

 レーナが『メーヴィスとポーリンの母国』という言い方をしたのは、流浪の行商人父娘(おやこ)であったレーナは、自分の出身国を知らないからであった。父親がそれについては何も言及しなかったために。


「で、まぁ、移動ルートとしては、やはり帝国は避けて、国境寄りのブランデル王国側、帝国軍が侵攻していないあたりを通るべきね。アスカム領に直進するのに近いコースになるし」

 そう言って、レーナは地図の国境から少し離れた街道を指差した。この国に来る時は、もう少し北寄り、つまり国境から遠いルートを通ったため、来た時とは別のルートを通ることとなる。

 皆はレーナの方針に賛成し、荷物は全てマイルの収納魔法に入れた。そう、お馴染み、高速移動のソニックムーブである。……ただ手持ちの荷物を無くして身軽になるだけで、完全に名前負けの方法であったが、少しは移動速度が上がる。少しでも早く、という、皆の心の表れであった。


 そう無理をして急がなくとも、おそらく帝国軍がアスカム領に侵入する前に到着できるであろう。

 この世界の戦いは、時間がかかる。

 物資の集積、非常備兵……つまり農民達……の召集、即席訓練等の、事前準備もさることながら、軍事行動が始まってからも、移動や戦闘行動に時間がかかる。両軍の数週間のにらみ合いとか、数カ月に亘る包囲戦、籠城戦等もザラである。

 尤も、今回は帝国側が迅速な占領を目指すであろうが、それでも、交戦や敵の待ち伏せ、罠や奇襲に対処しながらの進軍は、地球における現代戦とは比較にならない進行速度なのであった。




 あれから数日後、既に『赤き誓い』はブランデル王国を移動中であった。アスカム子爵領までは、あと僅かである。

「しかし、とんだ無駄金でした!」

 歩きながら、ポーリンが愚痴っている。

 実は、無駄な時間を省くために宿泊は全て野営で済ませていた『赤き誓い』であるが、大きめの街には時々立ち寄っていたのである。そう、情報収集のために。

 そしてギルド支部で何度か有料の情報を聞いたのであるが、その全てが、最初に聞いた情報とほぼ同じであり、あれ以上の新しい情報、詳細な情報は皆無だったのである。……そう、2度目以降の情報料は全て無駄金であり、無駄な時間を費やしただけであった。

 ポーリンも、情報の価値は充分に理解しているし、新しい情報のためならば小金貨1枚など惜しいとは思わない。しかし、日にちが経って、なおかつ現地に近付いているにも拘わらず、最初の情報と全く同じ。これでは、ポーリンが『無駄金』とののしっても仕方なかった。


「おそらく、どこかのギルド支部が入手した情報を全てのギルド支部に流したか、情報を売った者が、西へと移動しながら同じ情報を経路上のギルド支部に売り続けたかの、どちらかだろうな。そして、それ以上の情報は皆無、ということだ。

 ……つまり、情報元はただひとつ。どこまで信用していいものか……」

 メーヴィスが少し心配そうにしているが、ポーリンはあの情報をかなり信用しているようであった。

「でも、ギルドがお金を取って教える情報ですよ? 身元の不確かな者の言うことを鵜呑うのみにしたとは思えません。それなりの裏を取っているか、信用できる情報だと判断するだけの理由があるのではないかと。それに、妙に事情通っぽい内容でしたしね」

 確かに、ポーリンの言うことも、一理ある。


 しかし、それを聞いたマイルは、頭の中で突っ込んでいた。

(日本のニュース番組にもよく出てきたけど、消息筋とか事情通って、いったい誰のことなの?

 誰が言ったかを隠すなら、そんなの、『たばこ屋のおたねばあさんが言っていた』というのと大差ないのでは……)


 しかし、はっきり言って、情報の精度はあまり問題ではなかった。

 帝国の意図がどうあれ、宣戦布告もなくブランデル王国に侵入した敵であり、王国側は無条件にそれを叩くことができる。他の国々が非難するのは、帝国に対してだけである。

 というか、宣戦布告がないのだから、彼らは『正体不明の、武装勢力』であり、盗賊扱いで構わない。そう、多分、盗賊なのであろう。きっとそうである!

 それを王国側が叩き潰しても、何の問題もない。そして叩き潰す側が、王国の正規兵であろうとも、傭兵であろうとも構わない。その傭兵が、誰に雇われた者達であるかも含めて。


「では、打ち合わせの通り、今の我々はハンターギルドを通した依頼を受けているわけではなく、自由依頼により対人戦闘の依頼を受けています。なので、名乗りは『ハンター』ではなく、『傭兵』とします。別にハンターではないと詐称するわけではなく、今は戦闘行為の依頼を受けている、つまり『傭兵としての仕事を遂行中』なので、問題ありません。万一『お前達はハンターか』と聞かれた場合のみ、ハンター登録もしているが、今は傭兵として行動中、と答えます」

 歩きながらの、マイルの確認のための説明に、大きく頷く3人。既に作戦は何度も検討しており、これは本番を前にしての最終確認である。なので、今更質問や反対意見が出ることはない。


「そして、ハンターとしてのパーティとは別に、私がリーダーである傭兵としてのパーティを作ります。加入希望者は挙手をお願いします」

 そして挙げられる、3つの手。

「ありがとうございます。では、これにて傭兵団、『赤き血がイイ』の設立を宣言します」

 ここにいるのは、あくまでも『傭兵団、赤き血がイイ』なのである。

 マイル達は、徹底的に、詭弁きべんで身をよろう。




 さすがにレーナも、たった4人で戦争の趨勢すうせいをどうこうできるなどとは考えていない。ただ、このまま何もしなければ、マイルが一生後悔する。

 なのでレーナは、マイルにひと暴れさせて、程々のところで無理矢理引きずって脱出するつもりであった。

(何もできず、一生後悔に苦しむのは、私だけで充分よ……)


 メーヴィスは、本気でアスカム領を救うつもりであった。

(私の夢が叶うことを信じ、助けてくれたマイルのためならば、私は神をも斬り捨てることができるだろう……)


 薄笑いを浮かべたポーリンが何を考えているかは、誰にも分からない。


 そしてマイルは。

(見捨てることはできない。たとえ、自分の平穏な幸せが失われることになろうとも……)

 だが、その考えは、マイルの、海里としての思考が選択したものなのか?

 それは、『アデル・フォン・アスカム』としての、幼い正義感に精神が引きずられてのことなのではないのか?

 いや、考えてみれば、そもそも『栗原海里』という少女は、見ず知らずの少女のために迫り来るクルマの前に飛び出せるような少女だったのだ。何の不思議もありはしない。


(いざとなれば、私がアデルだと名乗り出て……。そして、必殺、『女神様の振り』を使ってでも、領民のみんなを守らなきゃ……。

 そして、仲間達を、誰ひとり死なせない!)


 たった4人で戦争の趨勢をどうこうする気、満々なのであった……。




『平均値』6巻(10月17日、コミックス2巻と共に発売予定)の、各種特典が決定しました。

6巻_初版同梱版SS武器

6巻_特典SSクーレレイア博士の華麗な生活_アニメイトさん

6巻_特典SSスカート_TSUTAYAさん

6巻_特典SSメーヴィスの苦難_ゲーマーズさん

6巻_特典SS遺物_とらのあなさん

6巻_特典SS護衛_書泉さん

6巻_特典SS銅貨斬り_くまざわ書店さん

6巻_特典SS必殺技_ワンダーグーさん(WonderGOOさん)


そして、ワンダーグーさん(WonderGOOさん)におきまして、何と、コミックス2巻の限定版ががが!(^^)/

オリジナルラバーストラップ<マイル>付き限定版 販売本体価格:1,200円(+税)


6巻書き下ろしは、栗原海里の物語、『栗原海里のOTAKUな日常』。

あと一週間、お楽しみに!(^^)/

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― 新着の感想 ―
[良い点] アデル関係の話が好き。 マイルがアデルに戻るとき素顔が見られる。
[一言] >そもそも『栗原海里』という少女は、見ず知らずの少女のために迫り来るクルマの前に飛び出せるような少女だったのだ だから多少(かなり?)ポンコツでも魅力あるんですよね-。
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