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230 ロール

「次は、どの街へ行くんですか?」

 このあたりの地理も周辺事情も知らないマイルは、旅のルートに関しては他の3人に任せきりである。そして、メーヴィスとポーリンは多少の知識はあるが、父親と共に実際に周辺諸国を渡り歩いていたレーナの判断を尊重することにしていた。

「小さな町や村を廻るのは時間がかかるし、名を売るには効率が悪いわ。そういうところは、何か面白い依頼があった時だけで充分よ。やはり、基本的には大きな街を経由して移動し、長期滞在は王都かそれに準じる大都市ね」


 妥当な判断である。マイル達は、レーナの説明に頷いた。

「とりあえずは、隣国の王都を目指しましょ。途中の小さな町は、1泊してギルドで情報と依頼確認、面白い依頼が無ければ移動。大きな街は、とりあえず数日くらい滞在するつもりで。滞在期間は、状況次第。村には寄らず、野営で行きましょ。お金の無駄だわ」

 皆が頷き、方針は決定された。


 普通、野営というものは、宿に較べて非常に劣悪な環境である。現代地球の最新式のテントでさえ、4人用ともなると、結構嵩張って、重い。それが、この世界のものとなると、フル装備のテントなど、とても荷馬車無しで持ち歩けるものではない。精々が、防水布を少し持つ程度である。そして毛布も、1枚が限度。それだけでも、他の荷物を持つことを大きく圧迫する。

 更に、体温を奪う固い地面に、群がる藪蚊やぶか、魔物の脅威。とても、のんびり休んで体力の完全回復を、などというような甘っちょろいものではない。

 なのでハンター達は、多少高くつこうが、泊まれる機会があるならば宿に泊まろうとする。少しの出費を惜しんで体調不良となり、翌日の仕事で命を落とすなど、馬鹿な新米のやることである。

 小さな村であっても、宿があれば泊まる。宿が無ければ、頼み込んで民家に、または納屋にでも寝させて貰えれば、大助かりである。


 そして、食事。

 宿に泊まる理由は、睡眠も勿論ではあるが、まともな食事が摂れる、ということも大きい。

 殺伐としたハンター生活において、食事は、数少ない楽しみなのである。野営の時は粗末な食事にせざるを得ないが、可能であれば、良いものを食べたい。そう思わないハンターはいないだろう。

 そういった数々の理由で、余程金に困っている者以外は、このんで野営をしたがるハンターはいない。……『赤き誓い』以外は。


 組み立て済みの、大きなテント。充分な枚数の毛布。清浄魔法や、たまには浴槽を使った簡易風呂。宿の食事より美味しい、新鮮な素材を使ったマイルやポーリンの料理。虫除け結界。村や町の場所を気にせずに自由に組める移動計画。暗くなるぎりぎりまで移動を続けられる。そして、ただ寝るだけのために余計なお金を使わずに済む。

 他のハンター達にとっては、移動中に「野営ではなく、宿に泊まる」というのは、生存確率を上げるため、いわば『仕事のうち』なのに対して、『赤き誓い』にとっては、「情報収集や買い物、娯楽等のために立ち寄った街で、ついでに泊まる」ということに過ぎなかった。なので、たいした情報もない小さな村に立ち寄ったり、そこで宿泊する意味は皆無なのであった。立ち寄るならば、最低限、ギルド支部がある町でないと、意味がない。


「……で、ひとつ、聞いてもいいですか?」

 マイルが、おずおずと話を切り出した。

「何よ?」

「どうして皆さん、そんな恰好してるんですか?」

 そう、マイルが尋ねた通り、皆は、盗賊退治の時にギルドの予算で買った服を身に着けていた。ポーリンはメイド服、レーナとメーヴィスは、使う予定もないのに便乗して買った、平民としてはちょっと高めのひらひら服である。

 ふたり共、なかなか似合っている。特に、普段は男性っぽい服装しかしないメーヴィスは、レーナとポーリンに強引に勧められて買った少女っぽい服に、テレテレの様子。

「「「……」」」

 そして3人共、マイルの質問には、無言で、知らん振り。

「……気に入ったんですか、それ……」

「「「…………」」」


「……じゃ、次の町では、そのままでいきましょうか!」

「「「え?」」」

「どうせ、次は小さな町だから、大した依頼も無いでしょう? 一応ギルドで依頼ボードは確認しますけど、どこかの金持ちの家の姉妹とお付きのメイド、そしてその護衛役の新米ハンター、ってことで1日過ごしませんか? いわゆる、役割演技ロール・プレイングというやつです」


「……お、面白そうじゃない……」

 少女の憧れ、『お嬢様』。レーナも、16歳でとっくに成人しているとはいえ、まだまだ乙女である。そういうのに憧れないわけではなかった。

「じゃあ、私は着替えないとな。護衛役に、この服のままというわけにはいかないだろうからね」

 そう言うメーヴィスに、マイルが待ったを掛けた。

「いえ、メーヴィスさんも、そのままで。護衛役は私がやりますから、メーヴィスさんは、お嬢様姉妹の、姉の役でお願いします」

「えええええ!」


 てっきり自分は護衛のハンター役だと思っていたメーヴィスは、驚きの声を上げた。

「メーヴィスさん、せっかく可愛い服を着ているんですから……。前回、私がお嬢様役だったから、今回はメーヴィスさんとレーナさんの番で。あの、ポーリンさんは……」

「私はいいですよ。お嬢様役をやるより、お嬢様をおだてたり、周りを掻き回している方が楽しいですからね。だから、今回もメイド役で充分ですよ」

「何よ、それ……」

 ポーリンの言い様に、呆れたような顔のレーナ。

 とにかく、これで話は纏まった。次の町では、レーナとメーヴィスの1日限りのお嬢様ごっこの開幕である。


 ……メーヴィスは、元々お嬢様?

 いや、伯爵家の奥深く、深窓の御令嬢として大切に育てられていたメーヴィスは、家族と使用人以外の者と会って話をするなど、家庭教師相手か、パーティー会場くらいのものであった。なので、普通の人達とは、ごく最近の、騎士志望の新米ハンターとしてしか接触したことがないのである。そのため、普通の少女らしい恰好で町の人々と交流するのは初めてであり、妙にテンションが高いのであった。


 そして、細部確認を行う4人。

「今回は、いわば私達のおふざけですから、もし絡んでくる人達がいても、あまりいじめないようにしましょう」

 こくこく。

「身分を偽るのは非常にマズいですから、嘘は一切なし。何とか、嘘にならないように言い逃れます。どうしても詭弁きべんが通じないとなったら、諦めて本当のことを喋ります」

 こくこく。

「そして、なるべく、仮の役割ロールのまま次の街へと出発できるよう努力しましょう」

 こくこく。

 皆、マイルの提案に異議はないようであった。

 しかし、そこでメーヴィスが挙手。


「あの~、剣を持っていないと、心細いのだが……」

 スタッフの有無は魔法の行使には関係ないレーナとポーリンとは違い、剣がないメーヴィスの戦闘力は、ガタ落ちである。万一のことを考えれば、不安に思うのも無理はない。

「え~と、じゃあ、メーヴィスさんは短剣を身に着けておく、ということでどうでしょう? 護衛が私ひとりでは妹とメイドの身が心配だからと、剣の心得はないけれど一応護身用の武器を持っている、ということで」

「ああ、それならば安心だ。この短剣ならば、命を預けるのに何の心配もない!」

 マイルは、メーヴィスのその言葉に、短剣がぶるっと震えたような気がしたが、メーヴィスはそれに気付いたような様子はなかった。



 そして、何とかぎりぎりでギルド支部がある、という程度の小さな町に到着。

「さ、はいりますよ!」

 そう言って、ギルド支部の扉を押し開けるマイルと、それに続いてギルドへはいる『赤き誓い』一同。

 かららん

 お馴染みのドアベルの音と、一斉に注がれるハンター達の眼。

 そして、すぐに元に戻される眼と、興味深そうに注がれ続ける眼に分かれ……なかった。

 『赤き誓い』に注がれた視線は、ひとつ残らず微動だにせず、ハンター達の顔は困惑に満ちていた。そして、ひとりのギルド職員が席を立ち、急いで階段を上がっていった。


((((?))))

 何やらよく分からないが、じっと突っ立っていても仕方ない。それぞれの役割ロールに従って、とりあえずは情報ボードと依頼ボードの確認をせねば。

「では、お嬢様、私は情報の確認を致しますので、お嬢様方は依頼ボードでも見て時間を潰していて下さい」

「分かったわ。お願いするわね」

 マイルにそう返事して、メーヴィスとポーリンと共に依頼ボードに向かうレーナ。

 そして、他のハンターやギルド職員達は、先程からずっと、黙りこくったままマイル達を凝視している。

((((き、気になるううううぅ~~!))))


 そして、マイル達がボードを確認し終える前に、2階からギルドマスターらしき貫禄の男が下りて来ながら、マイル達に向かって叫んだ。

「お前達、どんな依頼を受けて来やがった! うちの支部には、盗賊の手先なんか居やしねぇぞ!」


((((バレテーラ!!))))

 そう、あれ程のギルドにとっての大事件が、近隣の町のギルドに伝わっていないわけがなかった。その中心的な役割を果たした者達の情報と共に……。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] こいつらの場合、キャンプでなくグランピングになるからなぁ・・・ 後に出てくる要塞トイレや要塞浴室だけでなく、「~最強なのは不要在庫~」みたいに家屋敷丸ごと、いや、いっそ科学要塞研究所付…
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