226 閑話 婚約破棄大作戦 2
メーヴィスは、わざと嫌われるような言動をするつもりはなかった。悪人を騙すためならば嘘を吐くのも平気だが、そのような嘘を吐くのは、己の信念に反する。それに、そのようなあからさまな無礼な態度を取っては、家族に迷惑が掛かる。父親の立場だけではなく、これから嫁取りをする兄達に大きな迷惑が掛かることになるであろう。それに、ポーリンから「その必要はない」と言われている。
なので、普通に挨拶し、相手側と話をするメーヴィス。
ジャスフェンという侯爵家次男は、オースティン家の娘を望むだけあって、武術の腕には覚えがあるらしかった。そして実は、メーヴィスがまだ15歳の頃に一度出会ったことがあるらしく、当時の長髪でたおやかな深窓の御令嬢、という風情のメーヴィスのことが気になっていたらしい。
それが、家を飛び出してハンターになり、その後ハンター養成学校の卒業検定やら、「赤い依頼」やらで色々とやらかしたという噂を聞き、詳細情報を調べたところ、その破天荒さがいたく気に入ったとか……。
(家を出奔したことやお転婆なところも全て承知の上で、嫁に、と望んでくれているとは……。
ジャスフェン殿も中々の使い手とのことであるし、これは、願ってもない良縁だ)
オースティン伯爵は、思っていた以上の良縁であると思い、ますます乗り気になっていた。
そしてなかなか良い感じで話が弾み、メーヴィスの両親と相手側であるウォイトダイン侯爵夫妻も笑顔を浮かべていた。
そして、ある程度時間が経った頃。
「では、本日はこれくらいで……。明日は、昼食を御一緒戴けますか?」
オースティン伯爵からお開きの言葉が出て、本日はこれで解散ということになった。
これは、当初からの予定通りであり、勿論ウォイトダイン侯爵家側も事前に了承済みである。
初顔合わせは互いに緊張するであろうから短時間に留め、本番は翌日の昼食会から。そしてその後、ふたりきりでの時間を持たせ、再び夕食会で皆が顔を合わせる。その後、軽くお酒を飲んで良い雰囲気に、という計画である。そのため、本日は昼2の鐘(15時)頃に顔合わせを開始し、夕方前には終える、というスケジュールなのであった。
本人同士は、メーヴィスは全く覚えていないという数年前のどこかのパーティーで1度会ったきりであるが、オースティン伯爵とウォイトダイン侯爵は、王都でのあちこちのパーティーや王宮等で何度も会う顔見知り同士である。王宮での会議で言葉を交わしたこともある。
そして侯爵一家が席を立とうとした時。
「あの、皆様、夕食を御一緒に如何ですか?」
「「え?」」
突然のメーヴィスの言葉に、オースティン伯爵とウォイトダイン侯爵が怪訝そうな声を出した。初対面の者があまりずっと一緒では緊張して疲れるだろうと、侯爵達は町のレストランで夕食を摂る予定であった。夕食時には、それぞれの家族で相手方のことや今後のことを話し合う、ということになっており、ウォイトダイン侯爵は、聞いていた予定と異なる提案に戸惑った。そしてオースティン伯爵は、メーヴィスの突然の提案に狼狽えていた。
「い、いや、メーヴィス、急にそのようなお誘いをしても、侯爵様達がお困りになるだろう。準備の方も……」
そう、普通の客ならばともかく、格上の侯爵家の方々をもてなすためには、準備に時間がかかる。あり合わせの食材で適当に、などということができるはずがない。
メーヴィスからこのような積極的な提案が出るということは非常に喜ばしいことではあるが、現実問題として、それはちょっと困る提案なのである。
「いえ、うちでおもてなしするというわけではありません。実は、私が所属するハンターパーティの者達が私を送り届けるために一緒にこの町まで来てくれておりまして、是非皆様に御紹介したいと思いまして……。平民用の粗末なレストランですが、もしよろしければ、と……」
それを聞いたウォイトダイン侯爵家の面々は、ああ、どちらかといえば、息子を紹介して仲間達を安心させてやりたいのだな、と察した。パーティ仲間は皆女性だと聞いているし、彼女達と話すことにより、メーヴィス嬢の普段の姿を知ることもできるであろう。そう考えた侯爵は、喜んでその申し出を受けることにした。
「おお、是非、お招き戴こう!」
侯爵にそう言われては、是非もない。
「侯爵様にそう言って戴けるのでしたら、私達も……」
「あ、お招きするのは侯爵様達だけですよ。おとうさまとおかあさまは留守番です」
「「え……」」
メーヴィスのあまりの言葉に絶句する、オースティン伯爵夫妻。
「だって、おとうさまは私の仲間達とは既に面識があるじゃないですか。それに、私がハンターをやっていることには不満なのでしょう? 今回お招きするのは侯爵様達だけです」
「そ、そんな……」
悲嘆に暮れる伯爵であるが、メーヴィスはそれを無視した。出奔後の呼び方である「父上」ではなく、「おとうさま」という以前の呼び方に戻しているメーヴィスであるが、もう昔のメーヴィスではないのだ、その程度の泣き落としに心を動かされることはない。
「では、御案内致します。どうぞ、こちらへ……」
そして、待機していた侯爵家の馬車に乗り、侯爵家一同と共にオースティン伯爵領の領都でも三指に入る一流レストランへとやってきた、メーヴィス。
いくら領都で三指に入るとはいっても、所詮は地方の伯爵領。王都の貴族用レストランとは較べるべくもないが、たまに訪れる貴族を相手にできるだけのレベルではある。そしてメーヴィスが名を告げると、奥の個室へと案内された。……尤も、この店の者が領主様の娘の顔を知らないわけがなく、名を告げるまでもなかったのであるが。
そして通された個室には、3人の少女達が待っていた。勿論、皆は椅子から立って侯爵達を出迎えていた。
「ほほぅ……」
美人ばかりを嫁や愛人にするため、その子供達を含め、貴族の女性は美人が多い。しかし、平民であるパーティ仲間達のなかなかの容貌に、思わず声を漏らす侯爵。
いや、決して、凄い美少女揃いというわけではない。しかし、気の強そうな悪戯っぽい顔の少女、おっとりとした優しそうな巨乳の女性、そして何となく安心できるような、守ってやりたくなるような雰囲気の少女と、貴族の娘達の中ではあまり見ない、何と言えばよいのか、個性的というか、魅力的というか……。
侯爵が3人の品定めをしていると、皆が挨拶を始めた。
「Cランクハンターのレーナと申します」
そう言って、ぺこりと頭を下げるレーナ。
「同じく、Cランクハンターでベケット商会の長女、ポーリンと申します」
「同じく、いさか……、いやいや、Cランクハンターで子爵家のひとり娘、マイルです」
そう言って、頭を下げるポーリンと、カーテシーで礼をするマイル。
「「「え……」」」
ぽかんと口を半開きにしたまま固まる、侯爵一家。
ポーリンは、まだいい。「商会」といえばかなりの商家ではあるが、侯爵家から見れば、所詮は少し小金を貯めただけの平民である。しかし、子爵家の、それもひとり娘となれば、話が違う。
ひとり娘であるならば、婿を取り、その子供が爵位を引き継ぐ。つまり、互いの親族に爵位持ちの貴族が加わることになり、派閥が強化される。また、それが他国の爵位であるならば、その国との取引や、万一の場合の亡命先等、利用価値は決して低くはない。しかも、その少女はなかなかの可愛さであり、人が良さそうな、安心感を与える笑顔であった。
「さ、どうぞお席へ!」
「あ、ああ……」
マイルに促され、それぞれの席に着く侯爵家一同。
そして料理と飲み物が運ばれ、夕食会が始まった。
「……で、マイルが攻撃魔法で敵を吹き飛ばしちゃって……」
「え? マイルちゃんは剣士なのでは?」
レーナの話にジャスフェンが突っ込んだが、マイルが自分でそれを否定した。
「いえ、私、魔法剣士ですよ?」
「「「魔法剣士?」」」
「はい、魔法と剣、両方が使えるんです、私!」
「え……」
初めて聞く職名に、目を丸くする侯爵達。しかし、それが意味するところを知ると、驚愕に眼を見開いた。
ウォイトダイン家もまた、オースティン家と同じく、あまり魔術師を輩出しない家系であった。そしてたまに生まれる魔術師も、大した才があるわけではなく、その大半が生活魔法が使える程度であった。ごく稀に生まれる、やや才能のある魔術師も、「そこそこの魔術師」になるだけである。
そもそも「魔法と剣、両方の道を極める」などという無謀なことに挑戦する者など居ようはずがなかった。そのどちらか片方でさえ、極めるのは至難の業なのである。そしてこの世界にも、『二兎を追う者は一兎をも得ず』と同じ意味のことわざがあった。
少し魔法が使える者が剣士になるとか、護身程度の剣術が使える魔術師、とかいうものは存在するが、剣と魔法の両方を駆使して戦うという者は、見たことがなかった。
「み、見てみたいな、一度……」
「あ、いいですよ。明日の午前中は暇なんで、どこかでお見せしましょうか?」
「い、いいのか!」
マイルの言葉に食い付く、ジャスフェン。侯爵も、興味津々、という様子であった。
そしてその後も歓談は続いたが、何故か侯爵家側からの質問は、マイルに関することが多かった。マイルはそれらの質問に、家名や国名はぼかしたが、その他は概ね正直に答えた。領地の経営状況は問題がないこと、国王や王女様には目を掛けて戴いていること、爵位の後継者は自分であること、婚約者等はいないこと、等々……。
嘘は一切吐いていない。確かに後継者は自分である。もう継いだ後、ということを言っていないだけで。さすがに、爵位絡みで嘘を吐くことはできない。それは重罪である。
また、マイルはこの世界の一般常識には弱かったが、「この世界の一般常識ではないこと」には強かった。つまり、前世で読んだ本による受け売りで、農業、税制、商業等についてなら幾らでも蘊蓄を垂れ流すことができた。それがこの世界に合っているかどうか、実現可能であるかどうかは別にして。そして侯爵は、それが可能かどうかではなく、その発想、考察力に感心していた。
ジャスフェンも色々とマイルに話し掛け、にこやかにそれに応対するマイル。更に、レーナ達による「マイルよいしょ」の話が続くのであった……。