225 閑話 婚約破棄大作戦 1
『赤き誓い』が修行の旅から戻り、メーヴィスとポーリンの母国でありマイルがハンター登録を行った国の王都で活動していた、ある日。
彼女達が仕事を終え、ギルドの窓口で依頼完了手続きを行っていると、他のギルド職員から声を掛けられた。
「あ、メーヴィスさんにお手紙が届いていますよ」
手紙を受け取ったメーヴィスは、その裏面を見て差出人を確認すると、そのまま懐へとしまい込んだ。メーヴィスに手紙が来るなど、家族から以外は考えられない。そしてプライベートな手紙を、無関係の者が大勢いる場所で読んだりするはずがなかった。
「…………」
宿に戻った後、手紙を取りだして読んでいたメーヴィスが固まっていた。
その眼は、とても手紙の文字を追っているようには見えず、大きく見開かれて、焦点が合っていなかった。
「あれ、どうしたんですか、メーヴィスさん?」
心配そうなマイルの声に、メーヴィスは、ギギギ、という幻聴が聞こえそうな動きでマイルの方に顔を向けた。
「け、結婚するらしい……」
「え、お兄さんがご結婚? おめでとうございます! あ、でも、ブラコンのメーヴィスさんにとってはショックですかねぇ? だから、そんなに……」
「……いや、……だ……」
「え?」
ブラコン、というマイルの言葉をスルーし、呟くような小声で返事したメーヴィスの声が聞き取れず、マイルが聞き返すと、メーヴィスが今度ははっきりと答えてくれた。
「結婚するのは、私らしい……」
「「「ええええええぇ~~っっ!!」」」
みんなに説明する気力もないらしく、実家からの手紙を突き出して椅子に座り込んだメーヴィス。マイル達3人がその手紙を受け取って読んだところ……。
どうやら、どこかの侯爵家の次男から結婚の申し込みが来たらしく、次男とはいえ侯爵家、しかも当主は第2爵位として子爵位も持っているらしく、次男にはそれを継がせてくれるとかで、オースティン家の派閥的な立場も含め、またとない良縁らしい。……お家にとっては。
そこには、メーヴィス個人の意志などは全く考慮されていないが、まぁ、貴族の娘の結婚とは、普通、そういうものである。
「おめでとうございます、メーヴィスさん!」
ぱぁん!
ボケをかましたマイルの頭が、レーナに叩かれた。いい音を立てて、思い切り。
「……で、どうすんのよ……」
レーナの言葉に、返答できずに黙り込むメーヴィス。
手紙によると、家格や立場的に、オースティン家からは断れないとのことであった。それに、メーヴィスを嫁に出す気はない、と言っていた父親や兄達ではあるが、本当にメーヴィスを行かず後家にするつもりはないだろうし、本家が侯爵家である子爵家夫人というのは、それこそ滅多にない良縁である。なのでおそらく、兄達はともかく、両親は乗り気なのであろう。
「無視して、顔合わせをすっぽかす、というのはどうですか?」
「そんなことをすれば、相手の顔に泥を塗ることになって、オースティン家の面目が丸潰れ、我が家だけでなく、一族郎党に迷惑がかかることになる……」
ポーリンの提案を、そう言って却下するメーヴィス。
「今現在、父上が向こうからの申し込みを受けてしまった状態、つまり私と侯爵家の次男坊とやらは婚約者同士という立場なんだ。そして、いったん受けておきながら、誰もが納得するような理由もなくこちらから断ることなどできない。そこには、私の意志など全く関係ないのだ……」
そう言って、がっくりと肩を落とすメーヴィス。
「「「…………」」」
こうなってしまっては、貴族の娘の我が儘で済む話ではあるまい。お家の名誉に関わるとなると、いくらメーヴィスの父親が娘に甘いといっても、さすがに許容できまい。そして何より、貴族の娘であり、家族を愛しているメーヴィスがそれを無視して逃げられるはずがなかった。それを理解しているレーナ達の表情も暗い。
「このままだと、オースティン家側からはもう断れないんですよね?」
「ああ……」
ポーリンの確認の言葉に、沈んだ声で答えるメーヴィス。
「なら、向こうから申し込みを撤回させるか、こちらから断られて当然のことが何か起きればいいだけの話ですよね!」
「「「え?」」」
ポーリンが、黒い笑いを浮かべていた。
そして数日後、オースティン伯爵家領地邸。
「父上、ただ今戻りました……」
「おお、メーヴィス、よく戻った! 予定通り、2日後に先方が御両親と共に来訪され……、え、パーティ仲間も連れてきたのか?」
「「「お邪魔しま~す!」」」
そう、伯爵は当然、メーヴィスがパーティを抜けて戻ってくるものと思っていた。顔合わせの後は結婚のための準備が始まるのだから、当然である。それが、まさか仲間と一緒に戻るとは……。
「大事な仲間のお相手なんだから、しっかり見定めさせて貰うわよ」
「あ……、ああ、そうか……」
平民の分際で、貴族、それも伯爵閣下に対してのタメ口。下手をすれば手討ちである。しかし、ハンター養成学校時代から今までの間に何十回もメーヴィスから聞かされた「私の家族」の話から考えて、伯爵はそのようなことをする人ではないと分かっていたし、レーナにとってオースティン伯爵は「貴族」である前に「仲間の父親」であった。
いや、実は、ついうっかりと普段の口調で話してしまっただけであり、レーナは深く考えてはいなかった。なので、タメ口で喋った後、やべぇ、と顔を引き攣らせていた。
そして伯爵は、レーナのタメ口など全然気にしていなかった。
(女性のひとり旅は危険だからと、パーティから脱退する仲間のために、わざわざ送り届けてくれたのか。良き友に巡り会えたな、メーヴィス……)
そう、貴族としては遣り手であるが、オースティン家の者は、基本的に悪い人達ではなかったのである。
そして顔合わせまでの2日間、メーヴィスは忘れかけていた礼儀作法を思い出すべく家庭教師からの特訓を受け、レーナ達はオースティン伯爵領の見物や悪だくみの検討に余念がなかった。勿論、レーナ達は伯爵邸に滞在するのではなく、町に宿を取っている。
メーヴィスの家族や家庭教師は、短髪であるメーヴィスにカツラを着けさせようとしたが、オースティン家は武闘派の貴族家であること、メーヴィスが新人ハンターとして少々名が売れていること等から、そちらの方面で期待されての申し込みであったり、何かの弾みでカツラのことがバレたりした場合には却って逆効果であること等をメーヴィスが説明すると、皆、成る程と納得したため、カツラ案は取りやめられた。そもそも、髪が短くとも、着飾ったメーヴィスは充分美しかった。
そして迎えた、両家の顔合わせの日。
勿論、そこにレーナ達が同席するはずがなく、列席者は本人達と両家の両親だけであった。兄弟姉妹は顔合わせの対象外である。
「は、初めまして……。私が、ウォイトダイン侯爵家の次男、ジャスフェンと申します」
「オースティン伯爵家長女、メーヴィスです……」
お相手は、実直そうな22~23歳くらいの青年であった。見目も、悪くない。家柄や、次男なのに子爵位が継げるという条件も考えると、これは破格の条件の縁談であった。オースティン伯爵がこの縁談を受けたのも無理はない。王太子妃とかの座を狙う特別な少女でない限り、普通の貴族家の少女であれば飛びついても全然おかしくはない。いや、飛びついて当たり前であった。
しかし、残念ながらメーヴィスは「普通の少女」ではなかった。
今は、色恋より修行。玉の輿より、騎士の座。結婚は、騎士となって大活躍し、共に国を護るために戦った仲間の騎士と大恋愛をして結ばれて、という壮大な計画があるのであった。
……メーヴィスは、夢見る乙女であった……。
そして、初めてメーヴィスからその計画を聞かされたとき、レーナ達は口から魂をはみ出させていた。