224 七つの顔の女だぜ! 13 20時45分
(そろそろ、20時45分かな……)
マイルは、何となくそう思った。
そう、そろそろラストシーンである。勿論、マイルの「にほんフカシ話」に慣れているレーナ達も、同じようなことを考えていた。
「御心配なく。私達は、商業ギルドザルバフ支部の依頼を受けて王都からやってきた、ハンターです。言われるまでもなく、そのあたりの規則は充分承知しておりますので……」
「「「「「え……」」」」」
『天翔る双龍』のメンバー達だけでなく、傍聴席からも驚きの声が上がった。しかし、裁判官や裁判長、そして皆を見守っている領主様達の間には、驚きの様子はない。どうやら、そのあたりには事前に説明済みのようであった。「お代官様、お願いします!」のフラグは、折られていた。
「……身分詐称だ! ギルド所属の者は、様々な義務を負う! だから、ハンターであることを隠すと……」
「え? 私達、一度もハンターじゃないなどとは言っていませんけど? この町では、ギルド支部にはいる度に『俺はハンターだぞ! ハンター登録しているぞ!』って叫ばなきゃならない規則でもあるのですか?」
そう言ってマイルがギルドマスターの方を向くと、ギルドマスターは苦笑しながら首を横に振っていた。
「しかし、貴族の場合は別だ! はっきりと貴族の身分を詐称しなくても、皆が明らかに貴族であると誤認したり錯覚したりするような態度や服装、言動等を行った者は、貴族の身分を詐称したものと看做され、厳罰に処せられる! 語るに落ちたな、犯罪者はお前達の方だ!
さぁ、早くそいつらの捕縛を!」
お嬢様一行、いや、王都から来たハンター達を犯罪者として吊し上げ、その者達の申し立てによる自分達の罪状を無効化する。それに全てを賭け、勝ち誇ったように叫ぶリーダーと、それに乗って囃し立てるメンバー達。
(さて、いよいよ最後の締めだよ!)
そう思い、レーナ達に眼で合図して、マイルはずずいと前方へ歩み出た。
「ある時は、子爵家令嬢。
ある時は、平民の振りをした学園の生徒。
またある時は、新米ハンター。
そしてある時は、子爵家令嬢……」
ダブってるわよ、というレーナの言葉をスルーして、マイルの口上は続く。
「しかして、その実体は!」
ばっ、と身を包んでいたマントを翻し、いつものハンター装備姿を露わにするマイル。
「正義と真実の使徒! Cランクハンター、『赤き誓い』のマイルっっ!!」
「同じく、メーヴィス・フォン・オースティン!」
「同じく、赤のレーナ!」
「同じく、ポーリン!」
「我ら、魂と」
「不滅の友情で結ばれし、」
「4人の仲間!」
「その名は、」
「「「「赤き誓い!!」」」」
ちゅど~~ん!
室内なので、効果音と、光学操作による4色の光の乱舞だけに留めたマイルであった。
「「「「「「「「………………」」」」」」」」
そして人々が再起動するまでには暫しの時間がかかり、決めポーズのまま、ぷるぷると震えるレーナ達であった……。
「本人を含め、ふたりも貴族がいるならば、詐称も何もないだろう……。
では、先程の申し渡しの通り、『天翔る双龍』の4人はAランク終身犯罪奴隷ということで。
なお、反省の色無く、他者を陥れてでも自分だけは助かろうとする悪質な者達であるとの注釈を書類に付けておくように。おそらく、それにふさわしい作業場に配置されることであろう。
さ、連れて行け!」
ようやく再起動した裁判長の言葉を受けて、ハンター、いや、元ハンターであった犯罪者達は、警吏の者達に引っ立てられていった。
「……おい」
「「「「……」」」」
「おい!」
「は、はい!」
ハンターギルドのギルドマスターが、不機嫌そうな様子で話し掛けてきた。一度はスルーしようとしたものの、到底、逃げ切れそうになかった。
「……どうして黙っていた」
そう、盗賊の回収の時には、絶対に信用の置ける最低限の人数にしか教えず、馬車と御者はギルドのものではなく馬車屋で借りること、という条件を手紙で伝えたけれど、今に至るまで、依頼を受けたハンターだということは教えていなかったのである。
まぁ、明らかに貴族の馬鹿娘一行らしからぬ指示なので、薄々感づいているだろうとは思っていたが。
そしてレーナが横からぐいぐいと押してくるものだから、仕方なくマイルは自分で答えた。
「あ、いえ、依頼主は商業ギルドですから、関係のない人に依頼のことを教えるわけには……。
それに、ギルドに内通者がいる可能性がありましたので、不用意にギルドマスターに接触したりするわけにも……。案内をしてくれた受付嬢とか、伝言を頼んだ事務員が内通者、という可能性もあったのですから」
「……分かった。納得せざるを得ない理由だ、不機嫌そうにして悪かった。
うちの不始末だ、尻拭い、感謝する」
自分の町の商業ギルドが、町のギルドを飛ばして王都のギルドに依頼した。
いや、ここはBランク以下のハンターしかいない小さな町なので、難しい依頼であれば他の街に依頼することは別におかしくはない。ただ、それはこの町のギルドを通しての依頼である。それを、完全にここのギルドをスルーされたのでは、面目丸潰れである。それは、この町のギルドを侮辱する行為であった。
しかし、今回は文句を言うわけにはいかなかった。何しろ、商業ギルドが心配した通り、ハンターギルド内に内通者がいたのだから。それもふたりで、しかも片方はギルド職員。そして止めに、今までギルドがどうしても捕らえられなかった盗賊団を捕らえたのが、半数はまだ未成年の、年端も行かぬ少女4人組。
これで文句を言ったら、恥の上塗り、物笑いの種である。おそらく、あっと言う間に国中のギルド支部に知れ渡る。
これを何とかするには……。
「う、うちからも、褒賞金を出す」
「え、いいんですか!」
絞り出すようなギルドマスターの言葉に、喜色満面の『赤き誓い』一同。
お金にはあまり困っていないが、ギルドからの褒賞というのは、普通の報酬とは違い、功績の証である。信用度のアップ、そして当然、大きな功績ポイントが付く。そしてギルド支部には、「自分達の面子が潰れても、ちゃんと功績者には自腹を切ってでも報いる、立派な支部」として、最後の矜持が保たれる。互いに損のない提案であった。
ギルドマスターも、内通者の可能性に全く気付いていなかったわけではない。しかし、あからさまに部下を疑うような言動をとるわけにも行かず、何とか角を立てずに穏便に調査を、と考えているうちに、痺れを切らした商業ギルドに行動に出られてしまったわけである。
(失敗した……)
ギルドマスターの地位を失うことはないであろうが、自分の評定はダダ下がりであろう。
今回の失敗を活かして、これからは頑張ろう。
商業ギルドのギルドマスターに握手されたり、領主様から何やら夕食のお誘いを受けているらしき4人の少女達を眺めながら、肩を落とすハンターギルドのギルドマスターであった。
そしてその後ろでは、被告であるハンターが理不尽な扱いをされないように監視するため傍聴していた、この町の2組のBランクパーティのハンター達が、呆然としていた。
「……おい、王都のハンターって、貴族がそんなに多いのかよ……」
「そ、それより、王都ではCランクの新米4人で、20人近い盗賊を無傷で捕らえられるのかよ……」
「王都、怖ぇ……」
王都のハンター達への、熱い風評被害が発生していた。