220 七つの顔の女だぜ! 9
「嬢ちゃん達、無駄な抵抗はやめて、おとなしく降参しな。
何、悪いようにはしねぇ。殺すどころか、怪我もさせやしねぇよ。ちゃんと嬢ちゃん達を可愛がってくれる人のところに送り届けてやるからよ」
「「「「充分、悪いわっ!!」」」」
見事に揃った突っ込みに、腕を組んでうんうんと頷くマイル。日頃の『にほんフカシ話』による教育の賜物であった。
「つべこべ言わずに、さっさと……」
「……炎爆!」
どご~ん!
「「「「「ぎゃああああぁ~~!!」」」」」
「アイス・ストームっっ!」
ドガバキゴスグシャゴンゴンゴン!
「「「「「うわ、ぎゃっ、ぐあっ!!」」」」」
レーナの爆裂魔法が前方の盗賊達に叩き込まれ、続いてポーリンの氷魔法が後方の盗賊達にお見舞いされた。
ポーリンも、別に範囲攻撃魔法はホット系しか使えないというわけではない。水系、風系、炎系と、一応は手広く使いこなせる。ただ、レーナ程強力ではないし、炎系よりは水系の方が得意なだけである。そして今回は、ホームベースではない他国の町で、しかもこれから取り調べを受ける多くの者達に対する魔法行使なので、ホット魔法ではなく通常の氷魔法と風魔法を使ったのである。
握り拳くらいの大きさのたくさんの氷の塊を、風魔法による竜巻でぐるぐると回転させる。そう、氷の塊が、1回だけでなく、渦巻きとなって何度も何度も当たりまくるのである。氷の塊が溶けるか、魔法を止めるまで、延々と……。
例え氷塊がぶつかった衝撃で割れても、ダメージは多少小さくなるものの、それはただ氷が当たる回数が2倍に増えるだけである。
そしてそこへ、マイルとメーヴィスが突っ込んだ。マイルが前方、メーヴィスが後方の敵を担当する。
前方の敵は、レーナが相手を殺したり四肢の欠損等の重傷を負わせることを避けて威力の小さい攻撃に留めたため、戦闘不能に陥っているのは3分の1程度。あとは、無傷の者、足を引きずっている者、片腕をだらりと下げている者等、様々である。
戦闘で使えるような貴重な魔術師が盗賊団などにはいっているわけがなく、魔術師抜きで、3人もの魔術師を含む『赤き誓い』に戦いを挑むのは無謀であった。いや、たとえ10人の魔術師が居たところで、無謀なのには変わりないが……。
それに対して後方の敵は、全員立ってはいるものの、皆、一様にボコボコになっていた。ポーリンの竜巻が全員を包み込んだようである。それによって戦闘力が大幅に低下しているようであったが、真・神速剣を使うメーヴィスにとっては、どちらにせよ大して関係なかった。
普通のCランクハンターならば盗賊のふたりくらいは相手にできるが、メーヴィスならば万全の状態の盗賊5~6人くらい、全く問題ない。そもそも盗賊とは、兵士になれるだけの忍耐心も、商人や職人になれるだけの誠実さや根気も、そしてハンターになれるだけの才能もなく、努力や鍛錬すら怠り、怠惰で楽な生活を望むような連中である。
もし強いなら、盗賊ではなく、せめてハンターくらいにはなっているはずであった。ハンターになるためのハードルは、かなり低いのだから。
そして、勝負……というか、一方的な刈り取りは、一瞬で終わった。マイルとメーヴィスが、剣の平らな面で打つ、いわゆる「平打ち」で片っ端から叩き伏せただけである。レーナとポーリンは、最初の一撃だけで、あとはのんびりと見物の構えであった。
但し、万一に備えてレーナは攻撃魔法、ポーリンは治癒魔法をホールド状態にしていた。勿論、ポーリンの治癒魔法は、マイルとメーヴィスが「つい、うっかりと」やり過ぎた場合に、盗賊側に掛けてやるためのものであった。
そして、ポーリンの治癒魔法の出番もなく、無事盗賊達を捕縛し終えた『赤き誓い』の一行。
今回は、釣り糸ではなく、普通のロープで縛ってある。人数が多いし、移動させようとしても抵抗されそうな気がするため、「無理に引っ張ったら、釣り糸だと指やら手首やらがぽろりと落ちるのでは」とマイルが心配したためである。
(ポロリもあるよ。って、そんなポロリは嫌だああああぁ~~!!)
気苦労の多い、マイルであった。
そろそろ辺りも暗くなり始めているが、ここで野営をするわけには行かない。
いや、今からザルバフの町まで行けるわけではなく、当然野営で1泊するのであるが、アレである。途中で埋めてきた連中。さすがに、あのまま一晩過ごさせるわけには行かない。辛い思いをさせるのは別に構わないが、野獣に襲われて死なれでもしたら後味が悪いし、鼻が開いた後に「ミ」を出されたりしたら、気まずい。……臭そうだし。
そう思って、とりあえず埋めたところまで移動することを提案したマイルの説明に、皆、納得してくれた。
そして、マイルは気付け薬、メーヴィスは柔道の「活を入れる」という方法に似たやり方で、そしてレーナとポーリンはゲシゲシと横腹を蹴り続けることにより、気を失っていた者達を起こしていった。意識を失っていない者達は、それを引き攣った顔で眺めている。
「さぁ、移動しますよ! さっさと歩いた歩いた!」
マイルがそう言って、盗賊達を繋いだロープを引っ張るが、盗賊達はなかなか素直に歩こうとはしなかった。
当たり前である。町に着けば、待っているのは終身犯罪奴隷、それもおそらくは最も過酷な労働場所に割り当てられるのだ。ゴネて時間を稼ぎ、油断を誘って反撃か逃げ出す機会を狙おうとするのは当然のことであった。いくら強いとはいえ、小娘4人。いくら手首を縛られてはいても、呪文詠唱や剣を抜く暇も与えずに近距離で一斉に襲い掛かるとか、ロープを外して一斉に全方向へばらばらに逃げ出すとかすれば、何とかなる可能性はゼロではない。足は縛られていないのだから。
そう考え、歩き出そうとはしない盗賊達であったが……。
ずる
「「「「「え?」」」」」
ずるずるずる……
「「「「「えええええ!」」」」」
ロープの端を持ったマイルに引きずられ、ずるずると地面を引きずられる盗賊達。
「痛て! 痛てててて!!」
いくらアスファルト舗装された道路ではないとはいえ、踏み固められた路面は固く、岩の部分や、小石とかもある。なので、『大根おろし』には充分であった。盗賊達は、たちまち擦り傷で血塗れになり始めた。
「待て! 立つ、立つから、ちょっと待ってくれ!」
繋がれた盗賊達をひとりで引きずるマイルの、あまりの怪力に恐れをなして、というよりは、荒れた地面を引きずられる痛みに耐えかねて、盗賊達が悲鳴を上げた。
そう、こういう連中には、甘い顔を見せては駄目なのである。
そして立ち上がった後もなかなか歩き出そうとしない盗賊達の側に、レーナが炎弾を撃ち込んだ。
「ぎゃあ!」
「な、何しやがる!!」
魔力量を極小に絞った、ごく小さな炎弾ではあるが、命中すればタダでは済まない。死ぬようなことはないであろうが、若干の血肉が弾け飛ぶのは免れまい。
初弾が盗賊達から1メートルくらい離れた地面に着弾した炎弾は、2発目が60センチ、3発目が30センチと、段々近付き、そして4発目が……。
盗賊達は、大慌てで歩き始めた。
しかし、今夜の野営は寝られそうになく、そして明日の移動時には、町が近付くにつれて盗賊達が再び抵抗を始めたり、何かを企むかも知れない。牛歩戦術とかを取られれば、明日のうちに町に着くことは難しいかも……。
そう考え、うんざりした顔をするレーナ達。
いくら戦いは得意であっても、こういう面倒事はどうしようもなかった。