219 七つの顔の女だぜ! 8
人を雇って襲わせようとした挙げ句の、自分達が雇った者を裏切っての殺人未遂。
信用が失われるどころか、ハンター資格剥奪、そして10~20年くらいの犯罪奴隷は確実であろう。それならば、本当の盗賊となってこの連中を捕らえ、他国に売り飛ばせばいい。上玉揃いの上、馬鹿容量の収納持ちである貴族のお嬢様付き。闇市場で凄い高値で売れるのは確実である。
罪は全て、馬鹿な樵の連中が引き受けてくれる。殺してそのあたりに埋めておけば、樵達が盗賊に身を落としてお嬢様一行を襲い、そのまま国外に逃げた、ということで終わりである。もしかすると、樵達とは関連付けされることなく、そのまま、いつもの盗賊団の仕業ということで片付けられる可能性もある。
そう思って、保身と金儲けのために実力行使に出たハンターの男達。
「……やっぱり、ボロを出しましたね」
ポーリンが、にやりと嗤いながら杖を構えた。
「樵の皆さんに剣を突き立てようとしたとき、あまりにも皆さんの動きが迅速で、かつ揃い過ぎていました。そして今も、誰ひとりとして躊躇うこともなく、一斉に剣を抜きましたよね。
普通なら、4人もいれば、自分達が雇った偽の盗賊を殺すことを躊躇ったり、ハンターではない普通の女性達に剣を向けることに戸惑う者のひとりやふたりはいるはずです。それが、何の躊躇いもなく一斉に抜剣。
……あなた達、犯罪者ではない普通の人を襲うのは初めてじゃありませんよね?」
「う、うるさい! だから何だって言うんだよ! どうせ、お前達の運命は変わらないんだよ!
へっ、おとなしく俺達を護衛に雇ってりゃ、いい思いができたのに、馬鹿な奴らだ。
収納持ちの女は仲間に入れてやろうと思っていたが、こうなったらどこかへ売り飛ばすしかないか。惜しいが、仕方ないか……」
マイルを仲間に、というのは、ほぼ強制的に、ということであろう。でないと、貴族の娘を仲間になどできるはずがない。他の3人をどうするつもりだったのかは知らないが……。
どうやら、思っていたよりも悪質な連中だったらしい。
「じゃ、そういうことで。マイルちゃん、メーヴィス、お願いしますね」
「「了解!」」
どうやらハンターの男達は、樵達が倒されたところはよく見ていなかったらしい。
あの時は、まだ少し距離があったし、マイルとメーヴィスの動きが速過ぎた。そのため、彼らには「樵達が倒された」としか分からなかったのであろう。
そしてそれは、別に驚く程のことではなかった。あくまでも盗賊に扮しただけの樵達であり、戦いには全くの素人なのであるから、見習い程度ではあっても正規の訓練を受けている騎士に瞬殺されても仕方ない。あれはあくまでも、まともな戦力が見習い騎士ひとりだけなのに4人もの盗賊に自分から向かっていくはずがないと考えての、単なるハッタリ要員だったのであるから。それに、そもそも樵達は本当に相手と戦ったり傷付けたりすることは考えてもいなかったのである。
それでも、自分達が駆け付けるまでの僅か数十秒の間睨み合っていればいいだけなので、男達は何の問題もないと考えていたのである。まさか、救援が駆け付けているのに、それを待たずに4倍の人数の敵に突っ込むなど、考えられるわけがない。
とにかく、そういうわけで、男達の認識では「まともな敵は見習い騎士ひとりだけ」であり、剣を手にしたお嬢様、杖を手にした巨乳メイドと子供など、数にはいってはいなかった。そしてCランクハンターである自分達は、見習い女性騎士より強く、しかも4人である。これで、何の不安があると言うのか。
「メーヴィス、マイル、やっておしまいなさい」
「は!」
「は!」
レーナが口にしたのは、マイルの『にほんフカシ話』に出てくる旅の老人一行か、それとも貴族の娘、レディ・ペネロープ・クレイトン=ワードか、はたまたフリーザなのか、ドロンジョ様か。とにかく、マイルのフカシ話によく出てくる言い回しなので、みんなの頭に刷り込まれているパワーワードである。
そして、剣を抜き放つマイルとメーヴィス。
キンキィン、ばし、ばしっ!
金属音と鈍い音がそれぞれ2回ずつ、それが2組分響き、4人のハンター達が地に伏した。勿論、平打ちによるものなので命に別状はない。西洋剣は、特殊なものを除き、一般的には日本刀の類いよりずっと頑丈なため、いくら想定外の使い方ではあっても、これくらいで折れたりはしない。特に、ナノマシン謹製、とかいうやつは。
「さ、じゃあ、埋めるわよ」
レーナの言葉に、皆がこくりと頷いた。
「しかし、ハズレ続きとはな……」
「まぁ、本命を退治した後であいつらに活動されたんじゃ、うちの信用に関わるからね。本当に退治したのか、とか疑われちゃ堪んないわよ。だから、纏めて掃除できて良かったじゃない」
メーヴィスに対するレーナの言葉に、うんうんと頷くマイルとポーリン。
盗賊が2組居て、片方を退治したのにもう片方が活動を続けていたら、絶対に疑いの目で見られるであろう。本当に盗賊を退治したのか、と。無実の者を身代わりにして捕らえたんじゃあるまいな、とか。それと同じことである。
マイル達は、勿論当初の予定通り、カルディルの町へ向かっての移動を続けていた。2組目の連中も、ちゃんと土中に埋めて。
樵の人達も、一緒に埋めた。いや、一応は警吏に突き出して叱って貰わねばならないし、名前を聞いても偽名で誤魔化されたり、後で呼び出しても「知らん、俺じゃない」とか惚けられるかも知れないので、当然の処置である。弁明は聞いたが、あれはあくまでも「……と、犯人達は主張しています」というものであって、今はただの盗賊であるから、それなりの対応をしても全然問題はない。
それに、事実関係はちゃんと証言するし情状酌量の意見具申はするけれど、刑罰を決めるのは自分達ではない。彼らはハンターではないし、ハンターに唆された形なのでギルドからの処罰はないだろうけれど、警吏がどういう判断をし、どういう処分にするかは、マイル達が関わるべきことではない。
但し、獣に殺されないように、頭部はちゃんと金属の檻を被せてカバーしておいた。勿論、防御魔法付き。これでしばらくは安全だろう。
そして、歩くこと数十分。
「止まれ!」
街道脇の岩に腰掛けて休憩していた旅人風の男が急に立ち上がって行く手を塞ぎ、その向こうの曲がり角の向こうからぞろぞろと柄の悪そうな男達が出てきた。
本日は、入れ食いである。余程餌が良かったか……。
「おお、次々と出る出る……」
(……プニュームキン?)
メーヴィスの言葉に、例によって意味不明の単語を連想するマイル。
後ろを振り向くと、後方も男達により塞がれていた。
前方十数名、後方5~6名。今までの被害状況から推定される盗賊の予想人数の範囲内である。
「本命ね」
レーナの言葉に頷く3人。さすがに、この規模の盗賊団が複数、同じ場所で活動するとは思えない。初日で片付けられるのは幸運であった。マイル達ではなく、「埋まっている人達」にとって。あまり掘り出すのが遅くなると、根を張ったり、地下茎が伸びたりするかも知れない。あと、腐ったり……。
いや、まず最初に眼が出て、次に歯が出て、そして鼻が開いて、最後に「ミ」が……、と考えて、そのネタはゴーレムの時にレーナさんが使ったネタだ、と気が付いたマイル。マイルは、パロディやオマージュ、リスペクト等には寛容であるが、パクリや盗作には厳しかった。
(「ミ」が出る前に回収できればいいんだけど……)
そう、埋める時には生理現象のことを完全に失念していたマイルであった。
「無礼者! 妾が誰か、知っての狼藉か!」
気を取り直してのマイルの口上に、レーナとメーヴィスが噴きだした。貧乏下級貴族のぽんこつ娘が、「妾」は無い。王族の姫君ではあるまいし……。
しかし、これはマイルの作戦であった。盗賊達が、どれくらいの情報を掴んでいるかを確認するための。
「けっ、下級貴族の娘が『妾』とは、笑わせてくれるぜ! いくら収納持ちでも、ろくな護衛も無しで旅に出されるとは、余程疎まれているんだろ、嬢ちゃんよォ。俺達が、もっとちゃんとした居場所を用意してやるぜ!」
あまりにも簡単に完全な情報収集が完了したため、驚きに口を半開きにして固まるマイル。これで、ギルドで喋ったことが、全て正確に伝わっていることが確認できた。レーナ達は苦笑いであった。
情報の流出ルートは、別に『赤き誓い』が調べる必要はない。それは、捕らえた盗賊達から聞き出せば済む話であり、そしてそれはハンターギルドや警吏達の仕事である。『赤き誓い』は、ただ単に盗賊達を捕らえれば良い。あくまでも、情報の流出元の確認はサービスであり、残敵の存在場所を把握して自衛するための参考程度に過ぎない。なので、何の遠慮もなく、殲滅するのみであった。
「じゃ、やりましょうか」
「「「おお!」」」