216 七つの顔の女だぜ! 5
「ふふ。ふふふ。ふふふふふふふ……」
「「「ああああああぁ!」」」
笑うメーヴィス。ビビる3人。
温厚で礼儀正しく、常に他者への配慮を欠かさないメーヴィス。我慢強く、怒ったところなど想像もできない。
しかし、そのメーヴィスも、怒る時があった。
そう、それは、自分の家族、家名、そして自分の夢が馬鹿にされ、侮辱された時であった。
がちゃり
レーナとポーリンには分からなかったが、マイルの優れた動体視力は、はっきりとそれを見た。メーヴィスが、手の中で柄をくるりと半回転させたのを。
(何のために?)
意味のないその動作を疑問に思うマイル。
そして、メーヴィスが叫んだ。
「安心しろ、峰打ちだ!」
「死ぬ! 死んでしまいますよおぉ!」
思わず声を張り上げるマイル。
日本刀ではあるまいし、両刃の西洋剣を反転させても、何の意味もない。
どうやら、キレたメーヴィスは、キレてはいても無為な殺生は避けようと、マイルのフカシ話のうち、相手を殺さずに倒す「峰打ち」というものを思い起こしたようであった。話の中で使われていた「刀」と、自分が持つ両刃剣との違いも忘れ果てて。
まぁ、片刃である刀での峰打ちであっても、鉄の棒で思い切り殴られるのであるから、骨折、内臓破裂、そして下手をすると死ぬのであるが……。
「レーナさん、盗賊さんを助けて下さい!」
「何よ、それえぇェ!」
とんでもないマイルの指示に呆れるレーナであったが、状況は分かっている。レーナも、必要があれば躊躇なく敵を殺すつもりではあるが、今はその時ではないと理解していた。
「しょうがないわねぇ、もう……」
ぶつぶつ言いながらも、小声で高速詠唱を行うレーナ。
後方からの3人の盗賊達は、レーナの詠唱は聞こえず、そしてマイルとメーヴィスのことは小娘の戯れ言として、気にもしていなかった。そして……。
「……炎弾!」
ちゅど~ん!
レーナの攻撃魔法で、後方からの3人が吹き飛んだ。直撃しないようにわざと外したので、火傷や打撲等は負っても、死ぬようなことはないであろう。
獲物を掻っ攫われて不満げなメーヴィスを見ながら、レーナがぽつりと呟いた。
「攻撃することによって守ってやる。これが、マイルが以前言っていた『攻撃は最大の防御なり』ってやつかしらね……」
かなり違う。
「なっ、ななな……」
剣士以外はただの小娘と思っていたのに、まさかの攻撃魔法の使い手。それも、かなりの腕である。
一瞬で3人の仲間を倒されて焦る親分であったが、見ると、魔術師の少女はこちらに向かうことなく、自分が倒した3人の方へと歩いていた。恐らく、放置していて後ろから襲われることを警戒し、止めを刺すつもりなのであろう。
しかし、これはチャンスであった。
今のうちに他の3人の小娘共を捕らえ、人質に取れば……。
収納使いの貴族の娘と、攻撃魔法使い。しかも、どちらも若くて見目が良い。巨乳メイドと剣士も、闇市場で高く売れそうである。
貴族の娘、巨乳メイド、そして向きを変えてこちらに向かってくる剣士。3人中、ふたりは戦いにはド素人。それに対する自分達は、5人の荒くれ者。捕らえることなど、造作もない。まずは、剣士の女の剣を叩き落として……。
びしっ!
がちゃん!
そして、剣が叩き落とされた。……自分の剣が。
「……え?」
何も持っていない自分の手を見て愕然とし、次いで、慌てて後ろへ飛び退る親分。
「殺れ!」
自分が反応できない速さで接近し、剣を叩き落とされた。この女は危険だ!
そう思った親分は、メーヴィスを無傷で捕らえることよりも、安全を優先した。女はまだ3人いるし、この中では剣士の女が一番売り値が安そうだから、問題ない。
親分の命令で、4人の手下は、ふたりがメーヴィスに、そしてあとのふたりは、それぞれマイルとポーリンへと向かった。
いくら剣士と言っても、まだ若い女。ふたり掛かりならば抑えられると思ったのである。そしてその間に、雇い主である貴族の娘とメイドを捕らえて剣を突き付ければ終わり。貴族の小娘とメイドを捕らえるなど、一瞬で済む。魔術師の小娘がこちらに来る前に……。
ばしばしっ!
どさどさっ
「え……」
確かに、一瞬で済んだ。
メーヴィスが、ふたりの盗賊を剣の側面で叩く、いわゆる「平打ち」と呼ばれるやり方で叩き伏せるのが。
どうやらメーヴィスが少し頭を冷やした様子だったので、マイルは手出しせずに傍観していた。まともな状態のメーヴィスなら、無駄な殺生などするはずがない。
しかし、その間に、既にあとのふたりが巨乳メイドと貴族の娘に襲い掛かっていた。
(勝った!)
親分がそう思った瞬間、巨乳メイドに襲い掛かった手下の頭が燃え上がった。
「ぎゃああああああぁ~~!!」
剣を取り落とし、頭を抱えて転げ回る手下。
そして、もうひとりは。
がしっ、と貴族の娘の身体を抱え込み、その首筋に剣の刃を当てていた。
(よし、終わった!)
まさかの、メイドまでもが魔術師という事実に驚愕したものの、着火魔法程度であれば使える者もそう少なくはない。貴族の娘を抑えた今となっては、大した問題ではなかった。
満面の笑みを浮かべた親分は、小娘達に対して降伏勧告を行った。
「てめぇら、大切なお嬢様の命が惜しければ……」
ぱきん
「「え?」」
捕らえられた貴族の娘が、自分の首筋に当てられた剣の刃を左手の親指と人差し指で軽くつまみ、ひょいと捻った。そして剣は、軽い音を立てて、鍔の少し先でぽっきりと折れた。
「え?」
慌ててナイフを抜こうとした盗賊は、その右手首をきゅっと握られた。
「痛てててててて! やめろ、離せ! 折れる、折れるうううぅ!!」
そして、娘を抱え込んでいた左腕を軽くひょいと引き剥がされた後、腹に軽い感じで入れられたボディブローで地面に崩れ落ち、息もできずにのたうち回っていた。
後方の3人を杖で行動不能にして、こちらへ歩いてくる赤毛の少女。
にたにたと嗤う、怪しい巨乳メイド。
右手に剣を握り、左手の親指と人指し指をわきわきと開閉する貴族の娘。
そして、まだ物足りなさそうに剣を片手でひゅんひゅんと振る、金髪の剣士。
「降参、降参しますうぅっ!」
「「「「え……」」」」
「どうして、みんなガッカリしてるんだよおおぉ~~っっ!」
すみません、来週は、お盆休みで休載にさせて下さい。
書き溜めが全く無いもので……。(^^ゞ
次回更新は、8月22日(火)0000となります。
よろしくお願い致します。(^^)/