213 七つの顔の女だぜ! 2
4人の役割は、ボロが出ないよう、ハンターであることを除いて、なるべく事実に近いものにした。
メーヴィスは、ほぼそのまま。レーナも、魔術師であることを伏せる以外は、そのままである。ポーリンはメイド役であるが、ポーリンであればそつなくこなせるであろうと判断された。そしてマイルは……。
「あんたには、芝居は無理よね。地で行きなさい」
「な、なっ! 失敬な! 家族には、よく『役者やのぅ……』って言われてましたよ!」
顔を赤くしてレーナに怒鳴るマイルであったが、メーヴィスがぽつりと呟いた。
「……それって、褒め言葉じゃないよね、多分……」
というわけで、マイルの役割は、両親からはあまり重要視されていない、ハンターに憧れる他国の下級貴族の娘に決定。これならば、うっかりハンターっぽい言動をしても安心である。お嬢様のごっこ遊びと思って貰えるだろう。
そして魔法の才は、なぜか収納魔法だけに特化している、という設定にした。その方が盗賊一味が確実に食い付いてくれるし、みんなが色々と楽だからである。
あまりマイルに頼ってばかりではいけないと思い、往路は自分達で荷物を背負ったレーナ達であるが、やはりマイルの収納は、あまりにも便利過ぎたのであった。
そして遂に、田舎町ザルバフを見下ろす丘に到着した『赤き誓い』。
「じゃ、ここから先は、それぞれの役になり切るわよ。どこで誰が盗み聞きしているか判らないから、『赤き誓い』としての会話は、見通しのいい屋外か、マイルが結界を張った時だけ。その他の場所では、普通の日常会話も、偽装した役割の人物として行うこと! いいわね?」
レーナの言葉に、こくりと頷く3人。
「『赤き誓い』、出撃!」
「「「おお!」」」
そして意気揚々と町へと向かって丘を下る4人であったが、メーヴィスが少し寂しそうに呟いた。
「リーダー、私なんだけどな……。みんな、忘れてないよね……」
かららん
ギルドの入り口には必ず付けられている、ドアベル。それは、はいってきた者が揉め事を起こしそうな者かどうかを、ギルド職員がいち早く判断するためのものであった。
知らないうちに揉め事が起こり、気付いたら剣を抜いての斬り合いが始まっていた、というのでは、洒落にならない。なので、問題を起こしそうな者がはいってきたならば、すぐにギルド員がマークする。
そして、今はいってきた者達は、別の意味での、揉め事のタネであった。
ギルドにはいってきた者を直ちに品定めするのは、何もギルド職員だけではない。居合わせたハンター達全員の視線がそちらへと向けられるのは、もはや習性であり、そして今、ハンターとギルド職員達全員の考えがシンクロした。
(((((カモだあああぁっ!!)))))
可愛い顔立ちであるが、少し抜けていそうな感じの、下級貴族の娘らしき少女。
巨乳メイド。
気の強そうな赤毛の少女。
凜々しくはあるが、少し気弱そうな若い女性剣士。
誰が見ても、完全無欠のカモであった。
このメンバーでここに来たということは、護衛依頼の発注に決まっている。世間知らずのお嬢様達であれば、うまくすれば途中で色々と追加料金を巻き上げられるかも知れない。ギルドを通した受注ではあまり無茶はできないが、護衛の途中で「追加依頼」を持ち掛ければ、それはギルドとは関係ない、別口だ。そう考えた、あまり素行の良くないCランクハンター達が眼をギラつかせた。
真っ直ぐ依頼窓口へ向かうかと思っていた4人組は、なぜか依頼ボードの方へと向かい、その横にある情報ボードの前で立ち止まった。
「お嬢様、このあたりで、旅人を狙う盗賊が出るそうですよ。ここはやはり、護衛を雇うべきかと」
女性剣士の提言に、来た来た、とほくそ笑むハンター達。しかし。
「え、盗賊くらい、あなたがいれば大丈夫でしょう? そんなものを雇えば、臆病者だと笑われますよ?」
(((((いやいやいやいや!)))))
貴族の少女の言葉に、全員が心の中で突っ込みを入れていた。
そして貴族の少女は、巨乳メイドの方を向いて言った。
「それに、ポーリン、あなた、休憩時間や休養日に、裏庭でいつも鍛錬していますよね、モップや竹箒を使った、『メイド流交殺法』とやらを……」
(((((いやいやいやいやいやいやいやいやいや!!)))))
それは多分、お遊びか美容体操だろ、と心の中で突っ込むが、声には出せないハンターやギルド職員達。そしてなぜか、むふー、と得意げな巨乳メイド。
「あんた達、何いい加減なこと言ってんのよ!」
そこに、赤毛の少女が声を掛けた。
「このチームのことは、私が旦那様から全権を与えられてるんだからね! 行動は私が決めるわよ!」
17~18歳の女性剣士と15~16歳の巨乳メイドがいるにも関わらず、12歳前後の子供がリーダーを任されるはずがない。つまり、若く見えるが、この少女は実際にはもっと年長、つまりドワーフかエルフなのであろう、と皆は考えた。胸の無さからも、それは間違いないであろう、と。
そして、あまりコロコロとした体型ではないことから、おそらくはドワーフではなくエルフ、もしくはその血を引く者、と。
どうやら、まともそうな者が主導権を握っているらしい。これならば、ちゃんと護衛を雇うだろう。皆がそう思った時。
「余計なお金がかかる護衛なんか、雇うわけないでしょ! 査定額以下に抑えて浮かしたお金の3分の1は私が貰えるんだから、無駄金は使わないわよ!」
(((((ええええええぇ~~っっ!)))))
リーダー役が、安全よりも、自分の利益を優先した。しかも、その「安全」には、「自分の命の安全」も含まれているというのに!
ギルド内にいる人々は、呆然であった。
「ふん、大した情報はないわね。じゃ、行くわよ。……あ!」
皆に帰るよう促しかけて、気が変わったらしき赤毛の少女。
「手持ちの現金が少なくなってたわね。お嬢様、ちょっと来て!」
呼び方は『お嬢様』であるが、敬意の欠片も籠もっていない。皆、何となくこのチームの力関係を察したのであった……。
そして、皆で買い取り受付所へ行くと。
「アレ出して!」
赤毛の少女が、貴族のお嬢様にそう命じた。もう、どちらが主人か分からない。
「あ、は、はい!」
しかし、いつものことなのか、怒りもせずに、素直に従う貴族のお嬢様。
「出でよ、オーク! えい!!」
どん!
そして突然現れた、2頭のオークの死体。
「「「「「えええええええええっっ!!」」」」」
「し、収納魔法……、そ、それも、馬鹿げた容量の……」
ハンターのひとりが、絞り出すような声で唸った。
そう、オーク2頭分の容量。それは、稀少な収納魔法使いの中でも、かなりの上位に位置する能力であった。
それ以外に取り柄のない非力な少女であっても、馬車1台分に匹敵する輸送量は、他の全ての欠点をカバーして余りある。また、大商人や貴族達にとっても、税務官の抜き打ち査察時における機密書類や物資の隠匿、違法物資の輸送や抜け荷等、使い道は無限である。
再び、ギルド中の者達の心がひとつになった。
(((((カモだ…………)))))