212 七つの顔の女だぜ! 1
「特殊依頼を受けて貰いたい」
ギルドに顔を出すと、受付嬢フェリシアにチョイチョイと指で招かれて、そのまま2階のギルドマスターの部屋へと連れて行かれた『赤き誓い』一行。
そして部屋に入るやいなや、ギルドマスターから掛けられた言葉が、これであった。
「え? いえ、とにかく内容を話して戴かないことには、何とも……」
リーダーであるメーヴィスが、とりあえず説明を求めた。
いくら相手がギルドマスターであろうが、理不尽な依頼は決して受けない。それは、相手が貴族や王族であっても、変わらない。それが、『赤き誓い』結成の時に皆で決めた規則であった。
この、『理不尽な』というのは、決して「困難な」とか「危険な」とかいうことではない。そんなことは、『赤き誓い』にとって何の障害にもなりはしない。彼女達にとって『理不尽な』とは、自分達が納得できない仕事や、権力によってゴリ押しされた仕事のことである。
「それはそうか……。まぁ、ギルマスからの直接依頼ならば詳細も聞かずに二つ返事で引き受ける者も多いが、長生きをするには慎重でないとな、確かに……」
そう言って、苦笑しながらギルドマスターが話してくれた依頼内容とは……。
ここ、王都から4日の距離にある町の近くで、旅人が襲われる事件が頻発しているらしい。
少し金回りが良さそうな、徒歩または馬車の旅人が狙われて、男や老人は殺され、金目の物や荷物が奪われ、そして女性と馬が連れ去られる。馬車本体は、足が付きやすいからか、現場に放置されるらしい。馬車だと街道から外れられないし、売るにも、少し調べられればすぐに出所がバレるだろうから、それは当然のことであろう。
これが、商隊や定期馬車とかであれば、領主も放置はしない。領内の経済に与える影響が大きいからである。しかし、領地を通過するだけのただの旅人であれば、関係ない。充分な護衛を雇わなかった者の自業自得である。それに、奪われた金品が領内で安く売り捌かれれば、領地の経済にとってはプラスである。わざわざ予算を割いて兵を出したり、ましてや盗賊達との戦いで兵に被害を出して更に余計なカネがかかるような真似をする必要はない。
……優れた領主はそんなことは考えないが、世の中、優れた領主ばかりであれば、領民達は苦労しない。
というわけで、いくら狙われるのが町の住民ではないとはいえ、さすがに放置できなくなってきたため、外れの領主を引いたその町の商工ギルドの者達がお金を出し合ってハンターを雇ったらしいのであるが、探しても盗賊はなかなか見つからない。旅人の馬車に偽装して中にハンターを忍ばせてもみたが、なぜか全く引っ掛かる様子もない。しかし、被害は一向に収まる様子もなく、さすがに町の人々も困り果てた。
そして、町の人々はようやく気が付いたのである。
なぜ、盗賊は町の者ではなく旅人を狙うのか。
それは勿論、町の者を襲うと討伐隊がすぐに出るからであろう。税収減や、領民保護という義務の不履行で王宮からの処罰の対象となることを恐れた領主が出す領軍の兵士であったり、被害者の親族や被害を受けた商会が雇ったハンターであったり……。
……しかし、なぜそれが判る?
どうして、町の住民ではなく旅人だけを、それも金目の物を持っている者達だけを正確に狙って襲える?
……内通者がいるのでは。
それも、偽装に引っ掛からないということから、ハンターギルドに出入りする者達の中に。
そう考えた商工ギルドの者達は、今度は、自分達の町ではなく、王都のギルド支部に依頼を出した。そう、盗賊達の討伐依頼を、である。
「……そういうことですか」
ギルドマスターの説明に、事情を理解した『赤き誓い』の面々。
そしてこの話が、ここではまだ新入りの自分達に振られた理由も、しっかりと理解していた。
第1に、服装さえ変えれば、自分達がハンターには見えないこと。そして第2に、その町の人間に面が割れていないこと。そう、ハンターや、ギルド職員達も含めて。そして第3に、盗賊達を殲滅するだけの実力があること。
ささっと互いの顔を見合わせ、こくりと頷く4人。そして……。
「「「「お受けします!」」」」
そう、それ以外の返事は、ありようはずもなかった。
そして、ポーリンが言葉を続けた。
「あの~、変装のための衣装代とか、実費で出ますか?」
必要経費も依頼料の中に含まれている、と言い張るギルドマスターを、女性の、それも金持ちの女性の衣装には大金がかかるのだと言いくるめ、服屋の請求書をギルドに回すことを認めさせたポーリン。そして、必死の抵抗で、古着屋のものしか認めない、という条件を死守したギルドマスター。手に汗握る、名勝負であった。
「出発は明朝ということで、今日は準備と休養に充てるわよ!」
明日から4日間、歩き通しなのである。今日は足を休めておくべきであった。そして、その前に。
「じゃ、古着屋に、しゅっぱぁ~つ!」
「「「お~!」」」
いくら古着とはいえ、服を買うのは楽しい。それも、人のお金でとなると、嬉しさもひとしおであった。
そして後日、廻されてきた請求書を見て、眼を剥くギルドマスター。
「くそ、下手をすればギルド員が関わっているかも知れん案件で、ギルドの面子がかかっているからやむなく経費として認めてやったら、調子に乗りやがって……」
しかし、唸るギルドマスターが握り締めた請求書を覗き込んだ女性職員が、ポツリと言った。
「え、これだと安い方ですよ? ギルマス、女の子の服の相場、御存じないんですか?」
「え? そ、そうなのか? って、女性の服って、そんなに高いのか!」
「まぁ、普段着ならともかく、この種のものや、ちょっといい服は高いですよ?」
「…………」
まだ幼い3人の娘を持つギルドマスター、愕然。
「……もっと稼がなくっちゃ……」
「もうすぐですね……」
「ああ、間もなく見えてくるだろうね」
マイルとメーヴィスが言うとおり、目的の町、ザルバフまでもう少しであった。
普通のハンターであれば丸々4日間の道のりを、マイル達『赤き誓い』は、……丸々4日間で移動した。
いや、いつものように、剣も杖も全てマイルのアイテムボックスに入れての「そにっくむーぶ」であれば、3日半くらいで着けたであろう。しかし、なぜかレーナ達3人が「杖も荷物も、自分達で持つ」と言い出して、いつものダミーの軽い荷物ではなく、そこそこ重い普通の荷物と水筒を背負って歩いたのである。
何事かと思ったマイルであるが、考えてみれば、自分がいない場合に備えての鍛錬は歓迎すべきことであるし、元々移動には4日間かかるのが普通なので、何の問題もない。なので、普通に移動したのであった。
服は、3日目の朝に着替えている。王都周辺で変装後の姿を知り合いに見られたくはなかったし、目的地近くでハンター装備の姿を見られるわけにも行かないので、中間地点で着替えるのが妥当だと考えたのである。
そして、その服装、というか、それぞれの役割は。
マイル :下級貴族の御令嬢
メーヴィス:護衛の見習い騎士
ポーリン :お世話係のメイド
レーナ :案内役の旅商人の娘
貴族の娘一行にしてはショボい陣容であるが、貴族と言っても色々あるし、娘と言っても色々ある。四女、五女とか、妾や愛人に産ませた娘だとか……。中には、いなくなってくれた方が良いという、訳ありの娘とかもいるであろう。実家にいた時のアデルのように。
なので、護衛といっても、町のチンピラ避け程度であり、本格的な襲撃に備えるようなものではない、ということであれば、別にそうおかしくもない。
そして、護衛が見習い騎士ひとりとはいえ、剣の訓練を積んだ者が、主人を護るために問答無用で命懸けで斬り掛かってくるのであるから、そんなのにちょっかいを出すチンピラがいるはずがない。ほんの少し絡んだだけで、即座に剣を抜いて必死で殺しに来る分、とてもたちが悪かった。
各自の服装は、マイルはひらひらのお嬢様ドレス、ポーリンはメイド服であるが、エプロンやカチューシャは着けていない。長距離移動には邪魔なので、余計なものは外している。この2着が、古着ではあるが、結構高かった。
メーヴィスとレーナは、いつもの服装と装備である。別に魔術師でなくても、旅の女性がコボルトやゴブリン避けに杖やロッドを持つのは珍しいことではないので、それだけで魔術師だと断定されるわけではない。勿論、町にはいる前にマイルの収納行きであるが。
そういうわけで、普段のままの服装であるレーナとメーヴィスであるが、しかし、ちゃっかりと服は4人分購入しており、ふたりはギルドのツケで買ったそれぞれの私服を、マイルの収納に預けているのであった。
そして、ようやく見えてきた、ザルバフの町。
「さぁ、行くわよ!」
「「「おお!」」」
『赤き誓い』一座の演劇の幕開けであった。
……マイル、恐ろしい子!!