207 教 団
そして男達は、マイルの質問に素直に答えてくれた。
マイルが異界の神々の一柱だと信じているのか、それとも、ただ単に「いつでも簡単に鉄格子をひん曲げて牢に侵入し、自分達の首をねじ切れる存在」として怖れているからかは、定かでなかったが……。
しかし、マイルにとって、そんなことはどうでもよかった。正しい情報さえ手に入れば、それで良いのである。
そして彼らが語ってくれたのは、次のような話であった。
この国の東側に隣接する、マイルの母国であるブランデル王国。その更に東側の、メーヴィスとポーリンの母国、ティルス王国。(レーナは、父親との流浪の行商生活であったため、両親の母国も、自分がどの国で生まれたかも知らなかった。なぜか、父親がそういう話はしてくれなかったらしい。)
そして更にそのずっと東方にある、とある国において、突如発生した新たな宗教。
その教義の中で語られるのは、遙かな昔における、この世界の神々と異界から来訪した神々との戦いの物語。そしてその物語を聞いた者は、すぐに気付いた。その内容の、エルフやドワーフの間に伝わる神話との類似性に。
ただ、大きく異なっている点がいくつかあった。その最たるものは、エルフやドワーフの神話では「この世界の神々が正義、異界の神々が悪」として描かれているのに対し、彼らの宗教では、神々の間には善悪も貴賤もなく、この世界の神々が我らを見捨てて去って行かれたならば、新たな神々をお迎えして帰依し、その御加護を受ければ良いのではないか、というものであった。
そして、エルフやドワーフの神話では「エルフ、ドワーフ、人間、獣人、魔族が力を合わせて、神々が去られたこの世界を守る」というものであるのに対し、「人間のみが異界の神に帰依できる。他の種族は敵である」という教義。
(新興の宗教を流行らせるなら、全ての種族を対象とした方がやりやすいんじゃないのかなぁ。どうして、わざわざ勧誘対象を減らしたり、反感を買いやすい教義にしたんだろう……)
疑問に思うマイルであるが、論理では割り切れないのが宗教なのかも、と思い、スルーした。
人間は神話の伝承が途切れてしまったため、エルフやドワーフの神話は「彼らの種族に伝わる神話であり、人間とは関係ない」と思いスルーしているのに、どうして今になって、同根と思われるものが、見方を完全に変えて登場したのか。
それは、男達にも分からないらしい。ただ、自分達の願望に沿った内容であり、現世利益を謳う教義であるため、入信したと。
特に多額の寄進を求められることもなく、他者を勧誘する義務もなく、自分達だけが救われ、加護を受けられるよう祈り、儀式を行う。そして先日は、満を持しての最大の儀式を行った、と。
そう、異界との門を開き、神々をお呼びする儀式である。敵対する種族の者を生け贄に捧げ、自分達の願いを聞き届けて戴くための……。
(やっぱり、生け贄じゃないの! いや、それは分かっていたことだ。問題は……)
「その儀式の呪文は、誰が考えたのじゃ?」
「はい、今は亡き教祖様が編まれた呪文だと……。我々には意味が理解できない部分もありますが、元のままの形を保って伝えられております。また、この呪文は、ただ言葉を唱えるだけでなく、唱えながら強く神への祈りを念じることが肝要でして……」
(うん、大体分かった。発祥の理由は分からないけれど、それ以外は、大体……)
「あい分かった。そなた達に聞きたいことは、概ね聞き終えた。では、さらばじゃ!」
「あ、お、お待ち下さい!」
用を終えたマイルが、適当なことを言って引き揚げようとすると、指導者の男に引き留められた。
「……何じゃ?」
「あ、あの、信者であります私達に、御加護を! この窮地からの、お助けを!」
そう、神の加護を得たとなれば、自分達は神の御使い。犯罪者扱いから、一転して『神の使徒』である。まさに、起死回生の大逆転!
どうやら、藁にも縋る思いで、『邪神ちゃん』を本当の異界の神だと思った、いや、思い込もうとしたようである。
「……無いぞ、そのようなものは」
「「「「「え?」」」」」
「森に狩りに来た猟師の集団に、角ウサギが『私はあなた方の信者です。優遇して、森の支配種族の地位を与えて下さい』と言ったとしたら、猟師達は、そうしてやると思うか?」
「「「「「……」」」」」
「まぁ、我以外の者であれば、まず最初にそいつを喰らうわな。のこのこと猟師の前に姿を現した、馬鹿な角ウサギをな!」
「「「「「…………」」」」」
「ん? まさか、この姿が我の本当の姿だなどと思っているわけではあるまいな? 我の本当の姿を見れば、精神が耐えられなくて死ぬぞ。……見たいか?」
ずざざざざっ!
音を立てて鉄格子から離れ、壁に背中を押し付けた男達。
(よし、撤収!)
マイルは、来た時と同じく、結界フルコースを展開した。
「「「「「き、消えた……」」」」」
絶望のような、そしてほっとしたような、複雑な顔で床にへたり込んだ男達を後に、そっと歩き去るマイルであった。
(これで、もう次元連結魔法を使おうなどとは考えないかな。そうだといいんだけど……)
あの魔法は、大勢の魔術師達が力を合わせて、ようやく発動できるものらしかった。ならば、犯罪奴隷として散り散りバラバラになれば、もうあの魔法を発動させることはできないだろう。
刑期が終わった後で、また信者を集めて、ということであれば可能かも知れないが、それは警吏の、そして親族達の目があり、難しいと思われる。今度怪しい素振りをしたなら、恐らく、親族達の手により処分されるであろう。一族から犯罪者、それも邪神教徒で幼女誘拐殺人犯とかを出せば、一族の若者達は誰も結婚できなくなるであろうから。
そして、音を立てないように、そっと宿の自分達の部屋へと戻るマイル。
マイルは、結界魔法は解いて、黒いマントに身を包んでいた。
部屋のドアのノブを握り、そっと廻して、ゆっくりとドアを開けると……。
「ひっ!」
レーナ、メーヴィス、そしてポーリンの3人が、椅子に腰掛けて入り口の方を凝視していた。
「…………」
マイルが、そっとドアを閉めようとすると。
ちょいちょい
レーナが指で手招きした。
マイルは、諦めてドアを大きく開き、部屋へとはいった。
「どういうことよ?」
「あの……、その……」
怒った眼で睨むレーナ。
「黙ってひとりで抱え込むのは無し、って何度も言ったよね、マイル」
「は、はい……」
悲しそうな眼のメーヴィス。
「またですか! また、私は置いてけぼりなんですか!」
泣きそうな顔の、ポーリン。
「今度は、何をしに行っていたのよ! 何をするのも4人一緒、って言ったでしょ!」
そう言いながら椅子から立ち、歩み寄ったレーナがマイルの肩を掴んだ。
そして、マントがはらりと落ち、マイルの水着姿が露わになった。
「……今回は、ひとりで行動しなさい」
「私も、遠慮させて貰おう」
「あの運動着より酷いじゃないですか! 私も、遠慮します!」
「「「解散!」」」
そして3人は、もぞもぞと各自のベッドへともぐり込んだ。寝直しである。
「……え?」
厳しい叱責を覚悟していたマイルは、拍子抜けしていた。
「…………ええ?」
しかし、なぜか、全然嬉しくなかった。
「………………えええええええ?」