202 謎の誘拐団 10
結局、メーヴィスが支援員を連れて戻ったのは、翌朝になってからであった。
ギルドに到着したのは完全に夜になってからであり、そんな時間に集められるのは、酒場で飲んだくれている連中くらいである。
そして、馬車や御者の準備の問題や、いくら浅い部分とはいえ、深夜に森にはいるということに対する忌避感も大きい。なので、出発を翌朝にする、とギルドが決定したのも、やむを得ないことであった。
ある程度経った時点でそれを察したマイルは、単独で例の見張り員達のところへ戻り、治癒魔法の追加をしてやった。さすがにあのまま放置して夜を越させるのは気が引けたようである。
そして、アイテムボックスから出した食べ物と水を与えてやった。治癒魔法を掛けられると、空腹と喉の渇きが増すのである。増殖して修復する細胞も、無から生み出されるわけではない、ということである。
その後は、儀式の場所に戻ったマイルによる敵の指導者の訊問が続けられた。
マイル以外の者達にとってはよく分からない話が続いたため、他の者達は、帰投後の報告は全てマイルに任せることにして、傍観の構えであった。
マイルに頼ってばかりではいけないと思いながらも、聞いたことのない神話を前提とした遣り取りを早口で続けられたのでは、どうしようもない。
そして、明るくなってからしばらく経って、ようやくメーヴィスが支援員達を連れて戻ってきた。馬車は街道脇に駐めてあるらしい。
「遅くなって、すまない」
メーヴィスが謝罪するが、それは別にメーヴィスのせいではない。笑って手を振るマイル達3人。
「また、あなた達ですか……」
そして呆れた顔の、受付嬢フェリシア。
「え? どうして受付のフェリシアさんが?」
「犯人に魔術師が多いと聞きましたからね。全員の意識を刈り取って、というわけには行きませんから」
全く、説明になっていなかった。
しかし、他のギルド員やハンター達が、うんうん、と頷いているので、何か聞いちゃいけないような気がして、それ以上追及するのをやめた『赤き誓い』の面々であった。
「一応、詳細は『赤き誓い』のメーヴィスから聞いておる。もう片方、『女神のしもべ』からも、とりあえず事実関係だけを確認したい」
何と、ギルドマスター直々のお出ましであった。下手をすると大事になるかも、と心配したのであろうか……。
確かに、大規模な少女誘拐組織の暗躍、反獣人団体による獣人少女の拉致殺害未遂、邪神教徒による邪神復活等、どれを取っても、下手をすると大問題であった。
ギルドマスターの言葉に、テリュシアが一歩進み出て答えた。
「宿屋の看板娘、ファリルちゃんが友人の目の前で攫われ、父親からの緊急依頼を『赤き誓い』と合同で受注。犯人達が怪しい儀式をしている所を発見し、これを撃破。生け贄にされる寸前のファリルちゃんを救出しました。なお、先に攻撃してきたのは向こう側です」
あまりにも簡潔な回答であるが、詳細は既にメーヴィスから聞いているはずである。これは、メーヴィスが報告したことが本当であるかどうかの確認に過ぎないので、これで充分であった。『赤き誓い』が新参の、実力はあるものの得体の知れない連中であるのに対して、『女神のしもべ』は、もう何年もこの街で活動を行っており、それなりに信用のある堅実なパーティなのである。
「うむ、御苦労であった。今回の働き、ギルドの威信を大いに高めたと判断し、褒賞金と功績ポイントの追加を取り計らおう。国からも褒賞が出るよう具申しよう」
「ほ、本当ですか!」
喜色を浮かべて叫ぶ、テリュシア。
「うむ。……これだけの働きをして、報酬が銀貨1枚、というのでは、ちと割が合わんだろうからな」
笑いながら、そう言うギルドマスター。そして、手を取り合って、飛び跳ねて喜ぶ『女神のしもべ』の面々。非常識な『赤き誓い』と違い、堅実に一歩一歩歩んでいる『女神のしもべ』に取り、このような僥倖は、そうそうあるものではない。評判的にも、Cランクの下位から、一挙に中堅クラスの評価に上がるかも知れなかった。
ようやく犯人達を縛り上げて馬車まで運び、王都へ向かって進み始めた一行。勿論、見張りの男達も回収済みである。
魔術師達には、口に布を突っ込んで猿ぐつわをして詠唱できなくし、更に無詠唱魔法に備えて目隠しをしてある上、少しでも怪しい素振りをすれば頭を殴りつけるべく、見張りが監視している。
あとは、王都へ戻ってから取り調べが行われるが、それはギルドの役目ではなく、王都警備兵か、もしくは王宮側の仕事である。その時は、マイル達も事情聴取で呼び出されるであろうが、褒賞に繋がることなので、皆、文句などない。特に『女神のしもべ』の面々には。
街道を、護送馬車について歩く『女神のしもべ』と『赤き誓い』。
ファリルちゃんは、槍士のフィリーが肩車をしている。マイルがその役目を熱望したが、「体格が小さくて、不安定だから」という理由で却下され、血の涙を流していた。
そして、しばらく歩いた頃。
「そういえば、レーナちゃん……」
歩きながら、レーナに話し掛けるテリュシア。
自己紹介の時に乙女がわざわざ年齢を言ったりはしないので、『女神のしもべ』の面々は、レーナのことを12~13歳くらいだと思っている。
「レーナちゃんが、魔力量も魔法の威力も、そして運用センスとかもCランクハンターとしてはかなりいい線行ってるのは確かだけど、あまり力に頼り過ぎて、細かい配慮を疎かにしたり、油断したりしちゃダメよ。もっと仲間との連携を考えて、そして敵は完全に死亡を確認したもの以外は注意を逸らしちゃダメ。死んだ振りなんか、子供にでもできるんだからね!」
そう言って、レーナの頭を軽くポンポンと叩くテリュシア。
そして、レーナの頬に、さっと朱が差した。
(((あああああ、爆発するううぅ!)))
マイル達が、顔を引き攣らせた。
レーナがすごく嫌がる、子供扱いの「ちゃん呼び」、上から目線での御高説、そして頭ポンポン。完璧のスリー・コンボである。
そしてレーナは、少し俯き、ぽつりと呟いた。
「……うん、分かった……」
(((デ、デレたあああああぁ~~!!)))
そう、レーナは、自分を利用したり食い物にしようとする者達ばかりの中で、虚勢を張って生きてきた。自分に無償の好意を示してくれた者、自分を大事にしてくれた者達は、みんな死んだ。
『赤き誓い』の仲間達は、信頼してはいるけれど、対等の立場の、いや、世間知らずや常識知らずばかりの連中を、ハンター歴が一番長くて常識を弁えている自分が、護り導いてやるべき存在であった。自分が寄り掛かり、甘えられる相手ではない。
自分のために命も惜しまず助けてくれる者。絶対に信用できる、頼りがいのある、甘えられる存在。父親も『赤き稲妻』のみんなも失ったレーナは、そういう存在を心の底で求めていた。
そして現れた、自分の命を省みず、敵の攻撃魔法の前に立ち塞がってくれた年上の女性。
レーナがデレるのも、無理はなかった。