201 謎の誘拐団 9
事情が変わった。
あのナノマシンが慌てるのであるから、ただ事ではないのであろう。マイルは、ファリルちゃんの安全が確保できてからは「ゆっくりと追い込む」、「他のみんなにも怒りの発散をさせてあげねば」等と考えていたが、勝負を早めることにした。
懐に手を入れる振りをして、と思ったが、革の防具のせいで懐に手を入れられるような構造にはなっていない。仕方なく、上側から胸に手を入れて、そこから出した振りをして、アイテムボックスから小さな包みを掴み出した。そう、以前香辛料を作成した時に作った、香辛料手投げ弾である。
後ろで、『女神のしもべ』の面々から、え、詰め物、詰め物が入れてあってあの胸、と、ひそひそ声が聞こえてきた。耳が良すぎるのも、考え物である。
(う、うるさいわ!)
と心の中で毒づいた時、収納魔法のことは別に隠しているわけではないのだから普通にアイテムボックスから取り出してもよかったことに気付き、硬直するマイル。
……無駄に恥を晒しただけであった。それも、謂われのない恥を。
全ての怒りを込めて、マイルの必殺技が炸裂した。
「ばあぁく熱! ゴッド・フィンガアアアァ~!」
そして、包みを握り締めた右の拳を結界の中へと突っ込み、中で包みを握り潰した。
「レッド・トルネード!」
そう叫ぶと共に、腕を結界から引き抜いたマイル。
結界の中では、竜巻が巻き起こっていた。決してそう強くはなく、せいぜい結界内の空気を掻き混ぜる程度の、弱い竜巻が。
……但し、その竜巻は、赤かった。
「「「「「「ぎゃああああああぁ~~!!」」」」」」
そしてその瞬間、結界の中央付近、ファリルちゃんが横たわっている付近の空間がビシリとひび割れ、そこから何やら出てきそうな雰囲気であったが、そこに赤い空気が吹き込んだ瞬間。
「ギャヒイイイイイイィ!!」
凄絶な悲鳴と共に気配が遠ざかり、そして空間のひび割れが閉じて、何事もなかったかのように静けさが戻った。
「「「「「…………」」」」」
動く者の気配もない、結界内。いや、結界そのものが、とっくに消滅していた。
同じく、動く者の気配がない、地に倒れ伏した6人の魔術師達。
2~3人の意識がある者はいるが、眼を大きく見開いたまま、微動だにしない敵の前衛達。
動じた様子もない、『赤き誓い』の4人。
そして、『女神のしもべ』はと言うと……。
「「「「「こ、香辛料が、あんなに……。も、勿体ないいいぃ~~!」」」」」
それかい!
そして、メーヴィスにギルドへの支援要請に走って貰い、残りの者達で捕縛作業を行った。
いや、ここの者達と見張りの者達、合わせて36~37人。とても自分達だけで連行できる人数ではない。自分で歩かせるためには意識を戻させる必要があるし、これだけの魔術師相手にそれは、危険が大き過ぎる。無詠唱魔法や詠唱省略魔法が使える者がいたら、奇襲攻撃し放題である。それに、素直に歩くとも思えない。
メーヴィスに行かせたのは、ただ単に「一番速そう」というだけである。それに、先輩パーティである『女神のしもべ』に使い走りをさせるわけにも行かないだろう。
レーナとポーリンは、非常に遅そうであり、問題外。マイルは、万一に備えて残すべき。となると、メーヴィス以外の選択肢はないのであった。メーヴィス本人もそれはよく理解しており、二つ返事でその役目を引き受けて、走り去って行った。
実は、メーヴィスを選んだ理由は、もうひとつあった。それは、「気の力で、夜目が利く」ということである。松明や魔法の灯りだと、すぐ近くしか明るくない上、影のため見え具合も悪く、ゆっくりしか進めないのである。また、松明だと火災の心配があり、更に速度が落ちる。まぁ、支援要員を連れて戻って来る時は、ゆっくりとしか進めないのは仕方ない。
見張り員達はあそこに放置したままであるが、あの縛めを解いて逃げ出せることはないであろう。そもそも、長距離を移動できるような怪我の状況ではない。万一逃げ出せたとしても、近場で大勢の仲間達がいる、ここを目指すしかあるまい。
なので、全員を縛り上げて一箇所に集めたあと、この団体の中で一番偉い者は誰かを意識のある護衛に喋らせて、気付け薬を嗅がせて意識を取り戻させた。どうやら、指導者が誰かということは隠すようなことではないらしく、簡単に教えて貰えた。
勿論、結界が消えた瞬間にカプサイシンは消去し、魔術師達の身体や粘膜に付着していた分も処理してある。でないと、マイル達もただでは済まない。
「では、喋って戴きましょうか。どうしてファリルちゃんを攫ったのか。ファリルちゃんに何をするつもりだったのか。ファリルちゃんのどういうところが気に入ったのか。ファリルちゃんのどこが一番かわいいと思うか。……そしてついでに、このイベントの目的とかも」
笑顔のマイルの、その全く笑っていない眼を見た指導者は、顔を引き攣らせていた。
「べ、別に、やましいことをしていたわけではない! 神に御降臨戴くべく、穢れた獣人の血を引く子供を贄として儀式を行っていただけだ!」
「「「「「充分、やましいことだろうがあああぁ~~!!」」」」」
『赤き誓い』と『女神のしもべ』のみんなからの総突っ込みを受けても、きょとんとしている指導者の男。
いや、確かに、『やましい』というのは、「良心に恥じるところがあって気がひける」とか、「後ろ暗い」とかいう意味であるから、自分達が正しい行いをしていると信じている狂信者共には縁のない言葉なのかも知れない。
「まず、幼女を生け贄にしておいて、やましくない、と考える理由は何よ? それと、ファリルちゃんを選んだ理由は? そして、普通の神様が生け贄なんか要求するかしら? 普通、それって邪神とか魔神とかが要求するものなんじゃないの?」
ズバリ核心を突いた質問をするレーナ。マイルの質問よりは、100倍マシである。
「そ、それは、アレが獣人の血を引いているからだ。獣人、エルフ、ドワーフ、そして魔族は、愚かな人間が神の御意志に逆らうべく造り出した、不浄の生物。それを生け贄として神に捧げるのは、正しき人間としての誠意を示すものであり、当然の行いである!
そして、あの娘を選んだのは、このあたりには魔族はおらず、エルフ、ドワーフ、獣人共に、以前成人を捕まえようとして酷い目に……、いや、穢れを知らぬ少女の方が、神がお喜びになると……」
自分達は正しいことをやっていると信じているからか、素直に……、いささか素直過ぎるくらい正直に答えてくれる、指導者の男。そして、建前だけでなく、本音がダダ漏れであった。
確かに、いくら数人掛かりであっても、腕力や反射速度に秀でた獣人やドワーフ、そして魔法に秀でたエルフを死なせたり大怪我を負わせたりせずに捕らえるのは、かなり難しいだろう。特に、実戦慣れしていないこの連中には。
そして、純血の人間ばかりである『赤き誓い』と『女神のしもべ』を説得すべく積極的に話してくれた内容と、話そうとしなかったけれどレーナとポーリン、特にポーリンの「説得」の効果により引き攣った顔で喋ってくれた話とで、ようやく事件のあらましが判明したのであった。
彼らは、複数の国に跨がった、とある宗教組織の主要メンバー達であり、宗教組織専属の者もいれば、本業は別にあり、普通の信者としての立場の者もいる。
そして彼らが信仰する神というのが、『異界から現れる、強き力を持つ神々』とやららしい。
大昔に何度か現れた、その異界の神々は、この世界の神々と激しい戦いを繰り返し、ほぼ相打ちに。そして異界の神々は元の世界へと戻り、この世界の神々も何処へか姿を消した。後に人間を残して。
そして人間達は、異界の神々の再度の侵攻に備えて、4つの僕たる種族を生み出した。それが、エルフ、ドワーフ、獣人、そして魔族である。
そして、人間達を置き去りにしてさっさと逃げ出したこの世界の神々にいつまでも義理立てするよりも、異界からの神々をお迎えし、その御加護を得た方が良いのではないか。逃げ出した神々は弱く、そして我々人間を見捨てたのだから。もう、それらの神々はおらず、戻らず、そして我々に加護を与えてくれることもないのだ。
そう考えるのが、この宗教の基本理念であるらしかった。
(え、それって……)
そう、マイルは、話の視点は全く異なるが、事象自体としては、それに非常に似通った話を聞いたことがあった。それも、3度。
一度目は、クーレレイア博士から聞いた、エルフの伝承。二度目は、ベレデテスから聞いた、古竜の伝承。そして三度目は、前のふたつよりはかなり適当な感じではあったが、妖精の村長から聞いた伝承。
そしてそれは、寿命が短く、世代交代が早い人間の間では失われてしまったはずの伝承であった。
(人間の間では失伝したはずなのに、どうして今になってそんな宗教が……)
「それって、主流派になれなかった落ち目の貴族とか、大店になれないくせに変に野望に燃えた中途半端な商人とかが、起死回生の一発勝負に賭けてるだけなんじゃないですか?
異界の神様って、言葉が通じるかどうかも分からないし、信者を現地採用する気は無いかも知れないじゃないですか。
信者は元の世界から連れてきて、現地の者はみんな平等に奴隷扱いとか、もしくは食料とか……。
元の世界の信者って、オークやオーガ達かも知れませんよ? で、魔物が崇める神様って、早い話が、邪神とか、魔神とか……」
「言うなあああぁ~~!」
ポーリンの何気ない指摘に、青筋を立てて怒鳴る指導者。
やっぱり、そこ、気にしてたんだ……。
「ん、んん? ここ、どこ……?」
ばばばっ!
目が覚めたらしいファリルちゃんを、電光石火で取り囲んだ『女神のしもべ』の5人。マイル達は、完全に出遅れた。
カプサイシンを消去した時点で、ファリルちゃんを覆っていた格子力バリアは解除してあった。
「大丈夫? 誘拐犯達はやっつけたから、もう安心よ!」
「あれ、『女神のしもべ』のお姉さん達……」
しゃがみ込んで微笑むテリュシアを、不思議そうに見上げるファリルちゃん。
「ファリルちゃんの危機には、いつでもどこでも、私達が駆け付けるわ。だから、何の心配もないわよ」
「うん、ありがとう!」
そう言って、身体を起こし、テリュシアにぎゅっと抱きつくファリルちゃん。
「あ! あああああ! そ、それは、それは私が受けるべき報酬です! 美味しいとこ取りです、反則ですううぅ!」
そして、マイルの悲痛な叫び声が響いた。