199 謎の誘拐団 7
衝撃を受けて一瞬固まった敵の魔術師達に対して、レーナ達は間を置かずにすぐに次の詠唱にはいっていた。そして最初に攻撃魔法を放ったのは、ラセリナであった。
「アイス・ニードル!」
範囲攻撃魔法であり魔術師達全員を対象としたその魔法は、攻撃力は弱いが、さすがにまともに喰らっては堪らない。攻撃魔法の詠唱を中断してしまうことになるだろう。なので、先程から防御魔法をホールドしていた魔術師が、6人全員を守る形でそれを発動させて防御した。この程度の攻撃魔法であれば、防御範囲を広げて効果が多少弱まっても問題はない。
そして、ラセリナに続いて詠唱を終えた、レーナとポーリン。敵側の5人は、一瞬の硬直が災いして、詠唱完了が一歩遅れた。最後に防御魔法を使った者は、勿論、まだ次の詠唱を開始したばかりである。そのため、今回は先の5人のうちのひとりが防御魔法を唱えている。
そして、レーナとポーリンの、無慈悲な魔法の発動ワードが唱えられた。
「……骨まで焼き尽くせ!」
「……風よ逆巻け!」
空き地は充分広く、延焼の可能性は低い。万一の場合でも、ポーリンとマイルがいれば、消火は簡単にできる。そう判断しての、自分の一番の得意魔法を放ったレーナと、唱え始められた呪文の冒頭部でそれに気付き、その魔法をアシストする風魔法を選択したポーリン。
6人の魔術師達を包み込む炎の渦に、そこに吹き込む大量の空気。
「魔力障壁いいぃ!」
防御魔法を唱えていた男が必死で叫び、他の5人のうちふたりが詠唱中の攻撃魔法を破棄、防御魔法の詠唱に切り替えた。
みんな、自分の命が惜しい。攻撃より、まず防御優先となるのは当たり前であった。それに、相手側の魔術師を全部自分達が引きつけてやれば、剣士組が簡単に敵を制圧できる。充分役目を果たしていることになるだろう。
一方、敵の剣士、槍士組が、魔術師達による魔法戦が終わるのを指を咥えて待っているはずがなかった。
6対3、しかも小娘相手に仲間が負けるなどとは思ってもいないが、仲間の魔術師達が不確定要素である小娘達の魔術師を抑えている間に前衛を潰し、直接、後衛の魔術師達に襲い掛かる。前衛を失った魔術師など、魔法攻撃と剣士、槍士の攻撃の全てを同時に相手にできるはずもなく、一瞬の内に潰される。
そう考えて、小娘達の前衛陣に襲い掛かった8人の前衛達。
迎え撃つのは、メーヴィス、マイル、テリュシア、ウィリーヌの4人の剣士と、槍士のフィリー。
弓士のタシアは、至近距離で一矢を放ち、その後すぐに短剣を抜いて突っ込む体勢である。
そして8人の敵は、剣士の中で手強そうなメーヴィス、テリュシア、そして槍士のフィリーにふたりずつ、前衛組の中では一番幼く見えるマイルとウィリーヌにはひとりずつが襲い掛かった。タシアの矢は剣で払うつもりなのか、タシアは後回しらしい。2対1の組は一瞬で勝負が付くと思われるので、大したタイムロスではなく、第2矢は放つ間がないと思っているのだろう。
そして。
ひゅん、どすっ!
「ぐあぁ!」
タシアの矢が、敵のひとりの腹を貫いた。
避けようがなかった。
何せ、タシアは前衛の位置まで駆け出して、ほぼ敵に接射するようにして矢を放ったのだ、避けたり打ち払ったりできるわけがない。
そして、後方に飛びすさってから弓を遠くに放り投げて、短剣を抜くタシア。
これで、『女神のしもべ』の前衛は、4対4となった。
ひたすら技術を磨いてきたらしき敵と、技術は劣るかも知れないが実戦を潜り抜けてきた『女神のしもべ』。その剣が交錯する!
「ぐあっ!」
「ぎゃあ!」
「ぐうっ!」
「くあっ!」
そして、4人の男達が倒れ伏した。
後方から襲い掛かったマイルとメーヴィスに、剣の腹でしたたかに殴られて。
「「「「え……」」」」
そう、マイルと、真・神速剣を使ったメーヴィスが、実戦慣れしていない相手を倒すのに数秒以上を必要とするはずがなかった。そして、『女神のしもべ』に任せておくと、重傷者が出て面倒なことになりそうな気がしたため、さっさと片付けることにしたのである。
プロレスや卒業検定ではないのだ、相手の力を引き出してやったり、見せ場を作ってやったりする必要はない。
前衛陣は片付いたので、みんなが魔術師組の方を見ると、十八番の「赤い炎獄」を維持し続けていたレーナが、ようやく魔法を解除したところであった。ポーリンの風魔法のせいで火勢が強まっていたが、敵の魔術師達の防御魔法の様子を確認して、生かさず殺さず、という絶妙の加減をしていた模様。
敵の魔術師達は、渦巻く火焔に遮られて相手の姿が見えず、攻撃魔法を詠唱していた者も、およその方向に向かって魔法を放った後は、防御のための魔法に切り替えていた。
今張られているのは、魔法名は「防御魔法」であるが、その効果は「魔法防御」、つまり魔法を防ぐだけであり、弓矢や、実体を伴った魔法攻撃、つまり土魔法や氷魔法等は貫通する。視界を遮られた状態で、突然炎の間からそれらが飛来すれば、剣の達人でもない魔術師達には避けようがない。なので、防御魔法の内側で風の乱流を起こしたり、火焔の熱を下げるために水の膜を張ったりしていたのである。
しかしそれにも限界があったのか、6人の魔術師達は、全員が地面に倒れ伏していた。
それが火焔の熱のせいなのか、焔に酸素を奪われたがための酸欠によるものなのかは定かではなかったが。
「ふん、大したことないわね。じゃ、残りの奴らを……」
そう言って、レーナが視線を敵の本隊、この事態にも動じずに、怪しげな呪文を唱えながらファリルちゃんを中心にぐるぐると円を描いて回り続ける15~16人の魔術師達の方に向けた、その時。
どんっ!
どすっ!
「ぐあっ!」
「え……」
いきなりテリュシアに突き飛ばされて尻餅をついたレーナ。そして、テリュシアの脇腹から生えた、銀色のアクセサリー。血が滲む脇腹を押さえ、倒れるテリュシア。
「え……。え、え……」
呆然として、動けないレーナ。
その頭の中では、自分を護るために盗賊に刺されて死んだ父親の姿が。そして『赤き稲妻』のみんなの姿がぐるぐると巡り続けている。
だっ、と無言で走り、倒れたままの体勢で護身用か作業用のナイフを魔法で飛ばした魔術師の顎を槍の石突きでカチあげ、仰向けに転んだその腹に、更に石突きでの一撃を加えたフィリー。
続いてウィリーヌも駆け寄り、その脇腹を蹴りつけた。
その後、気を失ったその魔術師だけでなく、他の魔術師達からも完全に戦闘力を奪うべく、順に蹴りと槍の一撃を加えて廻るふたりであったが、どうやら他の者は皆、元々気を失っていたらしい。余計な怪我を追加されて、いい迷惑であった。
おそらく、敵の最大戦力がレーナの火魔法だと判断した魔術師が、少ない魔力で簡単に使える、魔法防御では防げない実体弾による攻撃手段として、魔力弾ではなく手持ちのナイフを魔法で飛ばす、という方法を選択したのであろう。
たとえそれが自分の最後の攻撃となっても、敵の最大戦力さえ潰せば、あとは凡庸な小娘の集団、仲間達が簡単にあしらってくれる。そう期待したのであろう。
「ど、どうして……」
しゃがみ込み、テリュシアにそう尋ねるレーナ。
「ど、どうしても何も、わ、私達がついていながら後輩に大怪我させたなんて噂が広まったら、た、大変……」
苦痛に顔を歪ませて言葉を途切らせたテリュシアは、魔術師達に止めを刺して(殺していない)戻ってきたフィリーの方を向いて、言葉を絞り出した。
「フィリー、あとはあなたに任せるわ。私は、一足先に女神様のお側に行って、あなた達を見守っているわ。夢を追い続ける、我ら『女神のしもべ』のリーダー役、あなたの番よ、フィリー……」
「テリュシア!」
「リーダー!」
「テリュシアさん!」
「ううぅ……」
悲しんでいる時間はない。
泣くのは、後でいい。今は、任務を果たさねば。そして、ファリルちゃんを救わねば!
そう思い、『女神のしもべ』のみんなが涙を拭い立ち上がろうとした時。
「えい!」
ずぼっ!
「ぎゃあぁ!」
突然、ポーリンが手を伸ばしてテリュシアの脇腹に刺さったナイフを掴み、無造作に引き抜いた。
「「「「え?」」」」
フィリー達から、驚きの声が上がった。
無理もない。普通、刺さったナイフは、治療の準備が整うまでは抜かないのが常識である。
抜く時に更に傷口が広がるし、抜いたところから血が噴き出すから、失血死が早まるからである。なのに、あまりにも無造作に引き抜かれたナイフ。
「血管再接続、修復、神経修復、細胞増殖、筋組織再構成、雑菌死滅、痛覚麻痺……、メガ・ヒール!」
「「「「え……?」」」」
みるみる塞がるテリュシアの傷口を見て、呆然とするフィリー達4人。テリュシア本人は、ぱかりと口を開けたまま、声も無い。
「レーナの盾となった人を、これくらいの怪我で死なせるものですか。それに……」
にやりと笑ったポーリンが、言葉を続けた。
「『一足先に女神様のお側に行って、あなた達を見守っているわ』、『夢を追い続ける、我ら「女神のしもべ」のリーダー役、あなたの番よ、フィリー』…………」
ポーリンの言葉に、かあっ、と顔を赤くするテリュシア。
「この名台詞がハンター達の間に広まる様を、是非、御本人に見て戴かねばなりませんからね……」
「ぎゃ……」
「「「「ぎゃ?」」」」
「ぎゃああああああぁ~~!!」
いよいよ今週の木曜日、『平均値』5巻の発売です!(^^)/
その前日、14日(水)には、『老後に備えて異世界で8万枚の金貨を貯めます』のコミカライズ第1話が、webコミック誌「水曜日のシリウス」にて連載開始!
6月30日(金)の、『8万枚』書籍1巻の発売も間近。
あああ、遂に、私の念願が叶う日がやって来たあぁ!(;_;)