186 妖精狩り 2
「……はっ! ゆ、夢か……」
妖精族の少女、ミーレリナは、胸を撫で下ろした。
「ああ、恐ろしい夢だったわ……。仲間に化けた魔物に捕まったと思ったら、今度は、まさかの人間の手中に落ちるとは、なんという悪夢かしら……。もう、一生分の悪夢を前払いで見させられたような気分だわ……」
夢だったと知り、汗びっしょりになりながらも、ようやく、何とか引き攣った笑いを浮かべるミーレリナ。
「ざ~んねん、それが、夢じゃないんだなぁ……」
その声に、反射的に見上げたミーレリナの視界いっぱいを塞ぐ、巨大な人間の顔。
「ぎょへええええええぇ~~!!」
「……あ、また気絶した……」
困ったような顔をする、マイルであった。
「……はっ! ゆ、夢か……」
ミーレリナは、胸を撫で下ろした。
「ああ、恐ろしい夢だったわ……」
「ざ~んねん、それが、夢じゃ……」
「ぬひょほへはひべらばっ!」
「あ、また気絶……、って、それはもういいですからっ!」
きりがなかった。これ以上繰り返すと、夜になってしまう。なんとか周りが明るいうちに次に進まねば、と、マイルは妖精さん、ミーレリナを必死で揺り起こすのであった。
「……というわけなんです」
「では、私達を捕らえて見世物にしたり、売ったりするつもりはない、と?」
「勿論です! ただ、少しお話を聞きたいだけで……」
怯えていたミーレリナであるが、マイルがかくかくしかじか、と説明をすると、ようやく少し落ち着いてきたようである。
「生き肝を取ったり、尻子玉を抜いたりしませんか?」
「どこの河童ですかっ!」
どうやら、妖精業界におかしなデマが流れているようである。名誉毀損であった。
「人間の間では、それは妖精の一種による仕業だと言われてますよ!」
嘘ではない。日本では確かにそうなのであるから。そして、河童は堕ちた神様だとか、妖精の一種だとか言われているのも、本当である。しかし、マイルの言葉を聞いたミーレリナは怒りの叫びを上げた。
「な、ななな! 酷いデマです! 風評被害ですよっっ!」
「それはこっちの台詞ですよっ!」
そして10分後、話し合いが再開された。
「というわけで、族長さんか長老さんか、とにかく昔のことに一番詳しい方とお話ししたいんですよ。だから村に……」
「連れて行くわけがないでしょう! 生き肝と尻子玉は誤解だったかも知れないけど、人間達が私達を捕らえて売ろうとしたのは事実なんですからね!」
「いや、そこを何とか……、って、『捕らえて売ろうとした』? 『捕らえて売った』ではなく?」
数十年前には、多くの悪党や商人達が狩りに来たはずである。それ以前は、緩やかな共存関係にあったというのに……。
そしてマイルは、今と違って人間に気を許していた妖精達は、大勢が捕らえられたものと思っていたのである。
「捕まったわよ、大勢。でも、なぜか、夜になると捕まえた連中の馬車やテントが火事になって、捕まっていた妖精の姿が消えるのよ。そして奴らがやっとの思いで街に帰ると、なぜか、自分達の店も自宅も、そして妖精を発注していた権力者や金持ちの家も蔵も、全部火事で全焼するのよね。そう、なぜか、ね。
そのうち、妖精を捕まえに来る人間はいなくなったみたいね。な、ぜ、か!
まぁ、私達が人間に姿を見せなくなった、っていうのもあるけど……」
そう言って嗤う、ミーレリナ。
確かに、小さくて、ほぼ無音で飛行できる妖精達は、間諜やテロリストとしては最適かも知れなかった。
(あ、侮れません、ようへい、いや、妖精達……。
『妖精の、傭兵養成を要請する。』……今ひとつです。スランプかなぁ……)
今ひとつ、駄洒落にキレのないマイルであった。
「とにかく、たとえ拷問されようが、隠れ里の場所と入り方は絶対に……」
「なるほど、妖精の里は、何らかの手段で隠されている、と。情報提供、ありがとうございます」
「え……」
意図せず、自分から情報を与えてしまったということに気付き、呆然とするミーレリナ。
「そ、そんな……。で、でも、みんなで張っている魔法障壁は、人間なんかに見破られるもんですか!」
「ふむふむ、隠蔽系の魔法、と。ならば、探すのは魔力反応があるところか、景色の連続性に不自然さのあるところか……」
「な、ななな!」
ますます情報を与えることとなってしまい、口をパクパクさせるミーレリナ。
「く、くそ! しかし、どんな敵であろうと、我が一族47名、決して屈したりは……」
「はいはい、人口……、『妖口』かな、人数は47人、と……」
「あああああああ!」
致命的な情報を自分から次々と与えてしまったことに気付き、崩れ落ちるミーレリナ。
「で、でも、私達にはあの子がいるわ! 戦いが得意な、『戦闘妖精』と呼ばれる、雪風ちゃんが!」
「ふむふむ、注意すべき相手はひとりで、名前からして、ブリザード系の攻撃魔法使いかな……」
「あああああああああ!!」
本当に、妖精というのは馬鹿ばかりなのであろうか。それとも、ミーレリナとかいうこの個体特有の性質なのか。妖精でも、「電子の妖精」と呼ばれる少女は、もっと聡明だったような気がするが……。
そう考えるマイルであるが、さすがに、もうこれ以上の情報を漏らしてくれそうにはなかった。
しかし、そろそろ暗くなり始めた今、隠れ里を探すのも面倒だ。ここはひとつ……。
(ナノちゃん!)
『ほい来た!』
そして、動きを止めたままであった先程の妖精型ゴーレムの外殻がグニャリと歪み、その姿と色を変えた。
「え……」
それを見て驚く、ミーレリナ。
そう、その新たな姿は、ミーレリナにそっくりであった。
「ボイスサンプルは大丈夫?」
「タスケテ! タスケテ!」
答えに代えて、ミーレリナとそっくりの声を出すゴーレム。
「あ、ああ! あああああ……」
真っ青な顔でぶるぶると震えるミーレリナを無視して、マイルが命じた。
「発進!」
『ラーサー』
そして再度飛び立つ、ゴーレム。その背中に、糸をつけて……。
「……で、どうすれば……」
辺りが完全に暗くなった頃、マイルの側には、縛り上げられた47人の妖精が転がっていた。
雪風とやらは、友人の背中がぱっくり開いてアームが出てきた時点で失神した。
「まぁ、『妖精の里』とやらに案内して貰う必要はなくなったみたいだから、いいか」
久々の大漁、入れ食い状態であったため、釣りを堪能したマイルの機嫌は良かった。
「あ、静音魔法を解かなきゃ……」
マイルは、釣りの邪魔にならないよう、釣った妖精達の周囲を静音魔法による遮音フィールドで覆っていたのである。そして、ぱくぱくと必死で口を動かしている妖精達の静音魔法を解いてやると。
「何をするつもりだ!」
「すぐに我々を解放しろ、この腐れ人間めが!」
「俺はどうなってもいい、妻と娘を……」
「燃やす! 全部燃やしてやるううぅ!」
「死ねええええぇ!!」
……うるさかった。とてつもなくうるさかった。
「いや、さっき言ったでしょ、他意はない、って。ちょっとお話がしたいだけで、友好的な関係を築ければ、と思いまして……」
「「「「「ふざけるなアアアァ!!」」」」」
友好的な申し出なのに思い切り怒鳴りつけられ、ぽかんとするマイル。
いや、当たり前である。いきなり捕らえられて、縛り上げられて、「友好的な関係」も何もなかった。