185 妖精狩り 1
今日は、『赤き誓い』の休養日である。暦でいうところの、6日に一度の休養日とは関係なく、ただ単に、彼女達のお休みの日、というだけである。
世間の休養日にわざわざ合わせる必要もないし、その方が、食堂やお店が混まなくていい。なので、彼女達は、自分達の依頼受注の状況によって、休みは自由に設定していたのである。
そして今日から5日間は、みんな一緒ではなく、個人個人での自由行動となっていた。いくら気が合う仲良しパーティであっても、たまにはプライベートな時間も必要なのである。
(このあたりですかねぇ……)
マイルは、あちこちで調べた情報を元に、王都からやや離れた領地の、小さな村の近くにある深い森の中を彷徨っていた。
マイルひとりであれば、多少離れた場所であっても、高速移動により短時間で移動できる。
「ナノちゃん!」
『はい!』
「このあたりで始めるよ」
『了解です!』
そして、ナノマシン達が活動を始め、マイルの前の地面が盛り上がり、土がぐねぐねと蠢いて、ある姿を形作った。
それは、身長約20センチくらいの、羽の生えた少女の姿であった。
図鑑や老人達から聞いて調べた情報に基づいてマイルがデザインし、ちゃんと彩色された、非常に精密な妖精型フィギュア。まぁ、ナノマシン達は現物の姿を知っているので、マイルの指示をそれとなく微修正して、より本物に近付けていたのであるが。
マイルが、最初からナノマシンに聞くことを良しとしなかったため、ナノマシンが色々と気を回したのである。
自分達をもっと積極的に利用して貰いたいと思っているナノマシン達であるが、マイルがそうしない理由を勿論理解していたし、それはそれで好ましい判断であると評価しているため、マイルの意志を尊重しているのである。
そして、なぜかその妖精型フィギュアの羽はボロボロであり、纏う衣服には、血のような赤い汚れが付けられていた。
ぱたぱた
……そして、動いた。どうやら、フィギュアではなく、ゴーレムだったようである。
『こんな感じでしょうか?』
「うん、完璧! 完璧の母!」
完璧の母、というのは、マイルの前世からの持ちネタである。前世ではとうとう一度も使えずに終わったため、日本語が通じるナノマシンに対して、ここぞとばかりに使いまくっている。
そしてマイルは、その、チャム・ファウより一回り小さな妖精型ゴーレムの背中に、細くて見えにくく、そして頑丈な糸を結びつけた。以前釣りのために作ったものである。
「発進!」
『ま゛っ!』
マイルの思考を読み、マイルが望む台詞と共に飛び上がる、ナノマシン制御の妖精型ゴーレムであった。
「ゴーレム、ゴーレム……、ゴワッパー5?」
そしてマイルは、何やらワケの分からないことを呟いていた。
そう、マイルは、「ナノマシンに聞くだけ」という情報の入手の仕方と同じく、『赤き誓い』の仕事においては、安易にナノマシンの手を借りるということを自らに対し厳に戒めている。
しかし、人命に拘わる場合、そして他の者に迷惑や悪影響を与えず、利益目的ではなくただ単に自分が楽しむだけのためであれば、ナノマシンの協力を仰いでも構わない、というマイルールを制定していたのであった。
……あまり長期間相手にしないと、ナノマシンが拗ねたり、やたらと話しかけてくるようになる、ということに気付いたためでもある。
「駄目だなぁ……」
何度も場所を変え、繰り返し行っているが、状況は変わらない。
そう、ただ妖精型ゴーレム(糸付き)が飛び回り、木陰に隠れたマイルが、その糸に繋がった糸巻きを手にしている。場所を変えての、それの繰り返しであった。
マイルは、この世界には妖精が実在する、と知った時から、いつか会ってみたいと思っていたのである。
昔は、人間が妖精と出会うことは割とあったらしく、様々なエピソードが記録に残されている。迷子になった子供が蜜と食べ物を貰って村の近くまで案内して貰ったり、困った村人が妖精に解決策を教えて貰ったり……。
しかし、妖精を捕らえて売ったり、見世物にして儲けようとする者が現れたりして、妖精はしだいに人間の前に姿を現さなくなってしまったらしい。だが、何かの原因で一挙に絶滅してしまった、というわけではなく、ただ人前に姿を現さなくなっただけならば、出会える方法はあるはずであった。そう、たとえば、今、マイルが行っている方法とかで……。
そしてもう陽が傾きかけ、そろそろ諦めて帰るか、とマイルが考え始めた時、それは現れた。
「どうしたの、あなた、血塗れじゃない! 酷い、羽もボロボロ……。
人間にやられたの? とりあえず、うちの隠れ里に……」
どこからともなく現れた、ひとりの妖精。
ぱたぱたと羽を羽ばたかせたその妖精は、そう声を掛けると、ふらふらと飛ぶ妖精型ゴーレムに近付いて、心配そうにその身体を抱え、支えようとした。
がばっ!
「きゃああ!」
突然、両手両足で妖精にしがみついたゴーレムに、驚きの声をあげる妖精。
「な、離して! ふたりとも落ちちゃうでしょ! 大丈夫だから、落ち着いて!」
まだ、相手が傷付いた仲間の妖精だと思い込んでいるらしい。
そして、妖精型ゴーレムの背中がぱくりと割れて開き、そこから伸び出てきた4本のマニピュレーターが、妖精の四肢をがっちりと掴んだ。
ここに及んで、ようやく妖精は、相手が仲間ではなく、自分達妖精に似た姿をした、何やら得体の知れない化け物であることに気付いたようである。そして、真っ青な顔で、その口を大きく開いた。
「ぎゃああああああぁ~~!」
そして、糸巻きをくるくると回し、ゴーレムと共に妖精を引き寄せるマイル。
そう、前世で知っていた「鮎の友釣り」。それを応用した、「妖精の友釣り」であった。
傷付いた妖精を模したゴーレムをルアーの代わりとし、心配して寄ってきた妖精を捕らえる。
……鬼畜である。これで、ますます妖精業界における人間の評判が下がることは、間違いない。
「た、助けて! 食べないでえぇ~~!」
手足の多さ、糸で手繰られているらしき動きから、どうやら妖精に擬態した蜘蛛の魔物だとでも思っているらしい。そして、獲物に擬態するような魔物が、何の目的で獲物を捕らえるかというと。
1 食べる。
2 麻痺毒で動けなくして、卵を産み付ける。
くらいしか思いつかない。
そして、捕らえたのに殺す素振りもなく、生け捕りにしようとしている様子から、どうやら「2」を想像したらしい妖精は、その、死よりもおぞましい自分の運命に、再び、思い切り悲鳴をあげた。
「ぎゃひいいいいぃ! だずげでぇ! 誰か、だずげでええええぇ!」
すぐ近くまで引き寄せられた半狂乱の妖精に、マイルは安心させようと声を掛けた。
「心配要りません、魔物ではなく、私は人間です。だから、何の心配も……」
マイルの言葉に、妖精は叫び声を止めた。
「……人間?」
「はい、人間です!」
「ぎょひいいいいいいぃ!!」
先程を上回る大きさの悲鳴をあげたあと、妖精は急に静かになった。
不思議に思ったマイルが覗き込んでみると、妖精は、白目を剥き、泡を吹いて気絶していた。
どうやら妖精にとっては、蜘蛛型の魔物に卵を産み付けられて、生きたまま子蜘蛛に喰われるよりも、人間に捕らえられることの方が、ずっと恐ろしいことのようであった。
そしてマイルは思った。
(人間、どんだけ恐れられてるの!!)
妖精が、人間の前に姿を現さないはずであった。