183 復讐者 1
「まだついて来ているかい?」
「来てるわね……」
メーヴィスの確認の言葉に、レーナがそう答えた。
今日は、めぼしい依頼がなかったため、森でオークかオーガでも狩るか、と考えてこの森へとやって来た『赤き誓い』一行であった。
オーガは討伐報酬と功績ポイントがいいし、オークは素材として売れるので実入りがいい。
普通のパーティならばオーク1匹を倒せば引き揚げざるを得ない。5~6人のパーティだと1匹運ぶので精一杯なのである。オークの売却金額の大半は、倒したことに対してではなく、森から街まで運ぶことに対する報酬である、と言われる所以である。
……しかし、マイルがいる『赤き誓い』には、そんなことは関係ない。なので、異常な程の稼ぎになるのである。
まぁ、オークとオーガに限らなくても、常時依頼か素材が売れるものであれば、獲物は何でも構わない。なので、のんびりと森を歩き回り、出会った獲物を片っ端から、という、「遭遇戦」で行こう、ということになったのである。
ならば、索敵魔法を使っていては面白くない。皆で獲物を探すべく最大限の注意を払っているのだから、不意打ちを喰らうこともないだろう。そう思って、索敵魔法は使っていなかったマイルであるが、レーナが野生の勘で察知したのであった。……自分達についてくる、怪しい気配を。
レーナが言うには、追跡者はひとりで、しかも素人丸出しのお粗末な追跡らしく、それならばとマイルは索敵魔法を使うのをやめた。あまり毎回索敵魔法に頼っていると、自分のためにも、みんなのためにも良くないと考えたからである。
勿論、今回は相手が素人らしいから、大事にはならないであろうし、と思ったからでもある。
レーナ達も、いつもはすぐに情報を提供するマイルが口を出さないので、多分マイルが考えていることを推察しているのであろう。何しろ、誰もマイルに索敵魔法のことを聞かないのだから。
「このままじゃ、時間の無駄ね。向こうは追跡をやめる気はない、こっちはオマケを引き連れた状態では狩りができない。ならば、」
「障害の排除、ですね」
レーナの言葉を、ポーリンが引き取った。
いくら追跡が素人っぽくても、弓矢や投擲槍の腕は一流かも知れないのだ、そんなのに背中を晒してオーガとの戦いを始めるわけにはいかない。それに、わざと素人っぽく見せかけて、意図的に稚拙な動きをしている可能性も、ないわけではない。
ひとりだけ、ということから、その可能性はとても低いが、決してゼロではないのだから、無視することはできなかった。
「あの大木で待ち伏せるわよ」
前方の大木を指したレーナの言葉に、こくりと頷く3人。
(……え?)
追跡者は、一瞬、動揺した。
目標の姿が木の陰に隠れ、次の瞬間、完全に見失ったのである。
すぐに木の反対側に姿を現すはずが、数秒待っても現れない。怪訝に思い、距離を取ったまま、そっと回り込んで木の裏側を確認してみても、姿がない。
「ど、どこへ?」
思わず声を漏らした追跡者は、慌てて目標の姿を見失った木の側へと駆け寄ると、あたりをきょろきょろと見回した。しかし、人影らしきものを見つけることはできなかった。
「いったい、どこへ……」
「ここよ!」
「きゃあ!」
突然樹上から飛び降りたレーナに驚き、思わず悲鳴を上げて尻餅をついてしまった追跡者、10歳前後の少女であった。
レーナに続いて樹上から飛び降りたマイルとメーヴィスが素早く少女の後ろへと回り込み、レーナと共に少女を取り囲んだ。
……ポーリンは、マイルのリフティングにより登るのは一瞬であったが、皆のように飛び降りることができず、のろのろと這い降りていた。
この後、『カッコ良くない』として、珍しく、本当に珍しく不快そうな顔をしたメーヴィスから飛び降り方の特訓を受けることになろうとは、この時のポーリンは予想だにしていなかった。
「何者よ?」
「私達に、何の御用ですか?」
「正直に喋って戴きますよ、可愛いお嬢さん」
「んしょ、んしょ……、痛たた、太腿が……」
雰囲気ブチ壊しのポーリンに眉をしかめるメーヴィスと、なぜかメーヴィスを見詰めて頬を赤らめる少女。そして、それを見て呆れるマイル。
「何か、余裕ありそうですよね……」
「で、どうして私達の後をつけていたのよ?」
「し、知らないわ! 私はたまたまこっちへ歩いていただけだから!」
しらばっくれる少女であるが、そんな言い分が通るはずもない。
「ふぅん、女の子がひとりで、森の中をねぇ……。で、それなら、どうして私達を見失って慌てていたのかしら?」
「うっ……」
どうやら、言い逃れはできないと観念したのか、少女は開き直ってレーナを睨み付けた。
「おのれ、にいさまの仇め!」
「「「「え……」」」」
マイル達がハンター養成学校で出会ってから、レーナが人を殺したことはないはずである。休養日の単独行動の時に、密かに人を殺して廻っていたなら、話は別であるが……。
レーナが殺した者は、あの、『赤き稲妻』の一件だけのはずであるが、あれはもう何年も前の話であるし、最近の『赤き誓い』としての活動で捕らえて引き渡した盗賊の妹、という可能性にしても、盗賊の妹が復讐に、というのもあまり聞いたことがない。それに、殺さずに捕らえたことを逆に感謝されて然るべきであろう。
それに、マイル達3人には目もくれず、レーナだけを睨み付けている、というのが解せない。そして当然、レーナもそれを疑問に思った。
「どうして私だけなのよ! 恨むなら、ほら、そこの腹黒女とか……」
「な、ななな! 何を言い出すんですか、レーナ!」
レーナに指差されたポーリン、激おこである。
そして、いつもの如く、場がぐだぐだになるのであった。
レーナとポーリンが揉め、メーヴィスがしっかりと少女から眼を離さずに見張っている間に、マイルはその少女を観察していた。
年の頃は10歳前後、ハンターらしい革の防具等は着けておらず、普通の街娘が着るような衣服を身に着け、小振りの短剣を腰に佩いているのみ。
短剣は、草木を払ったり、ゴブリンやコボルト程度の魔物が現れたら追い払うのに必要なので、ハンターでなくとも森に入る時には持っていて当然である。
オーク以上の魔物が出たら? 小娘が単独で森にはいる決心をしたなら、それくらいの覚悟は終えているだろう。
頭は、フードやボンネット等は被っておらず、シニヨン、というのか、髪を左右に分けてふたつのお団子にしたもの、そう、漫画等でチャイナ服を着た中国人少女がよくしているような髪型で、このあたりでは少し珍しい。
髪は茶色っぽく、金色の瞳。……何か、どこかで見たような気がする。
「全部、あなたのせいです!」
『赤き誓い』の仲間内でのぐだぐだに苛ついたのか、遂に少女が叫んだ。
「いつも私をぎゅっとしてくれていたにいさまが、ある日を境に、全然ぎゅっとしてくれなくなったのよ! で、私からぎゅっと抱きついたら、急に、さ、錯乱して、私を突き飛ばして……」
そう言って、涙目になる少女。
「な、何よそれ! 知らないわよ、そんなの!」
ワケが分からず、そう叫ぶレーナ。
(((あ~……)))
この時点で、ポーリン、メーヴィス、そしてマイルの3人には、この少女が言う「にいさま」という人物に思い当たっていた。分かっていないのは、レーナただひとりである。
「何を言っているのですか! カイレルにいさまの心を深く傷付けておきながら、知らん振りとは、何たる鬼畜! 何たる悪魔!!」
「カイレル? ……誰よソレ?」
このままでは、話が進みそうにない。やむなく、マイルはレーナに向かってチョイチョイと人差し指で合図をして、自分の顔を指差した。そしてレーナが怪訝そうに自分の顔を見るのを確認すると、今度は両手の人差し指を立てて、握り拳の部分を自分の側頭部にくっつけた。
「……何よ? 何の真似なわけ? 指をツノみたいに……、って、あ……」
ばっ、と首を動かして、再び少女の方を見るレーナ。その視線は、少女の頭の、ふたつのお団子に向けられていた。
「あ~、そういうことか……。それなら、最初から、ちゃんとはっきり言いなさいよ!」
そう、それは、レーナと戦って敗北した、あの魔族の少年のことであり、どうやら彼女は、少年の妹であるらしかった。ツノをお団子にした髪で隠し、人間の振りをしているらしい。
そして、マイル、メーヴィス、ポーリンの3人は思っていた。
(((そりゃ、女の子に抱きつかれるのがトラウマになるわなぁ……)))
そしてそれは、将来彼の恋人になる女性にとっても、ブラコン気味の妹にとっても、大問題なのであった。