181 リートリア 1
あれから数日。そろそろ、一度リートリアの様子を見に行く頃合いであった。
あの対処法で効果が出ているかどうか、そろそろ変化の有無が判る頃である。もし効果がなければ次の方法に移らねばならないため、確認が必要であった。人の命が懸かっているのである、あまり時間を無駄にさせるわけにはいかなかった。
そういうわけで、再びオーラ家へと足を運んだ『赤き誓い』一行であった。
勿論、今回は歩きである。
アポイントメント無しでの訪問であるが、別に男爵様に面会を申し込むわけではない。執事のバンダインか、もっと格下の使用人にでも会って貰い、お嬢様の様子を聞ければそれで良いのであるから、問題ない。
御用聞きの八百屋や魚屋が、訪問の前にいちいちアポイントメントを取るわけがない。それと同じである。
「ようこそお越し戴きました! すぐに男爵様がお会いなさいます、どうぞこちらへ!」
……どうやら、同じではなかったようであった。
『赤き誓い』の来訪を聞いて飛んで来たバンダインに案内されて、そのまま一行が連れて行かれたのは、リートリアの部屋であった。
ドアを開けたバンダインに促されて部屋へはいった4人が見たものは。
「あ、お久し振りです!」
元気に貧乳スクワット、いや、ヒンズースクワットのような運動をしているリートリアの姿であった。
「な、なっ……」
驚きの声を漏らすレーナと、声も出ないマイル達3人。
ちょっと、元気になり過ぎである。
「おお、待たせてすまぬな」
『赤き誓い』のみんなが驚いていると、男爵様がやってきた。
「身体の怠さや下肢の痺れだけでなく、元々の虚弱体質も改善されたらしく、食欲も出て、今ではこの通りだ。……感謝する」
そう言って、頭を下げる男爵。
「い、いえ、頭をお上げ下さい!」
平民だという触れ込みなのに、そう毎回毎回男爵様に頭を下げられては、いささか居心地が悪い。なので、慌ててそう言うメーヴィスであった。
「し、しかし、これは……」
ネグリジェではなくパジャマ型の寝着であるため、そうはしたなくはないが、それでも若い女性が殿方の前でするにはいささか問題がある姿勢での運動を続けているリートリア。
それは、儚くか弱い少女にしては、少しパワフル過ぎた。
「何か、身体が軽くて、運動するのが楽しいんですよ。こんなの、初めてです! これが、『健康』というものなのですね!」
(……ナノちゃん?)
『はい!』
(どういうこと?)
『はい、少しばかりサービスを、と思いまして、錠剤の中に特殊な成分を……。それと、有志が体質改善に助力を、と申しまして』
(やっぱりいいいいィ!)
そんなことだろうと思っていた、マイルであった。でないと、いくら何でも、こんなに早くここまでの効果が表れるわけがない。
「あの、こんなに元気なのに、なぜ寝着のままで病人扱いなのですか?」
「「「あ……」」」
メーヴィスの素朴な疑問に、何故か硬直する、男爵、バンダイン、そしてリートリア本人。
「リートリアは、常に臥せっているのが当たり前だと……」
「リートリアお嬢様には寝着がお似合いで、それ以外の姿は思い浮かばず……」
「この方が楽なので……」
((((おいおい!))))
「どこのズボラ女よ! さっさと着替えなさいよ!」
(((おいおいおいおい!)))
女の子としての先輩、という立場でそう言い放ったレーナであるが、見た目はレーナの方が年下であるし、そもそも相手は貴族である。しかも、父親の真ん前。
引き攣るメーヴィスであったが、男爵様は苦笑しただけで、執事のバンダインに着替えの手配を任せると、自ら『赤き誓い』を案内して客間へと移動した。
「見ての通り、依頼完了だ。感謝する」
客間に戻ってすぐ、男爵は懐から取り出した依頼完了証明書をメーヴィスに渡した。どうやら、レーナの態度の大きさには惑わされず、ちゃんとリーダーがメーヴィスであると見破っていたらしい。
いや、ただ単にメーヴィスが最年長だからとか、貴族だと思ったからかも知れないが。レーナは、見た目は12~13歳くらいにしか見えないので。
いやいや、よく考えてみると、前回、自己紹介でリーダーはメーヴィスだと言っていた、確か。
メーヴィスが渡された依頼完了証明書を確認すると、評価はAであった。まぁ、それ以外の評価はあり得なかったが。
「ありがとうございます」
メーヴィスの言葉に合わせて、他の者達も一斉に頭を下げた。皆、それくらいの礼儀は弁えているし、これは一種の儀式のようなものでもある。
「それで、実は頼みがあるのだが……」
改まってそう言う男爵に、メーヴィスがにこやかに答えた。
「新たな指名依頼ですか? 内容をお聞かせ戴ければ……」
いくら貴族家からの依頼であっても、無茶な依頼やハンターを舐めた依頼は受けない。それが、『赤き誓い』の皆で決めたルールである。いくら良い人らしい男爵様の依頼であっても、依頼内容も聞かずに安請け合いはしない。
しかし、メーヴィスの言葉を聞いた男爵は、少し困ったような、躊躇うような様子を見せた。
「依頼……、依頼ということになるのか? いや、確かにハンターは慈善事業ではないのだ、貴族から頼み事をされれば、それは仕事ということになるのか……」
何やらブツブツと呟いていた男爵は、遂に思い切ったようにその言葉を口にした。
「頼む、リートリアの友人になってやってくれ!」
「お断りします!」
「えええええっ!」
即答で、しかも予想外のマイルの言葉に、男爵から驚きの声が上がった。
「ど、どうして……」
まさか即答で断られるとは思ってもいなかった男爵が、動揺も露わにそう尋ねると。
「お友達は、親に頼まれてなるものではありません。それに……」
「それに?」
「リートリアは、もうとっくにお友達だから、って言うんでしょ、どうせ!」
「あ、えへへ……」
横からレーナに答えを言われ、照れ臭そうに頭を掻くマイル。
「ま、マイルのことだからね」
「それ以外の答えはあり得ないですよね」
メーヴィスとポーリンにも、完全に読まれていた模様である。
前世を含めて、最近まで、年齢イコール友達いない歴であったマイルに断れるはずがなかった。そしてそれは、そのことを知らないレーナ達3人にも丸分かりであった。
「判り易いのよ、マイルは……」
「え……」
驚いたような声が聞こえ、皆がドアの方を見ると、そこには、普通の室内着に着替えたリートリアが、驚きと喜びに眼をキラキラさせて立っていた。
「お、お友達……。わ、私に、お友達が……」
(((あ~……)))
これは、マイルでなくても、断れそうになかった。
「これで私も、皆さんと一緒にハンターとして冒険ができるのですね!」
「「「「「「えええええええ~~っっ!」」」」」」
男爵様と『赤き誓い』だけでなく、執事のバンダインも、思わず一緒に叫んでしまった。
主家の者と客との会話を聞き驚きの声をあげるなど、執事バンダイン、一生の不覚であった。
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書店で見掛けたら、とりあえず手に取ってみて下さい。(^^)/