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180 ミアマ・サトデイル

 ある日の早朝、レニーちゃんが宿屋の玄関前で掃き掃除をしていると、ひとりの男性が声を掛けてきた。

「ここに、レニーという名の人はおられますか?」

「レニーは、私ですけど……」

 宿屋に用のある人ならばともかく、子供であるレニーちゃんに用事がある見知らぬ大人など、いるはずがない。一応答えはしたものの、警戒心バリバリ、箒を握り締めて戦闘体勢にはいるレニーちゃん。


「いやいや、怪しい者ではありませんよ! ただの、お届け物を渡しに来ただけの使い走りです!」

 男性は、慌ててそう言うと、肩に掛けていたバッグから手紙らしきものを取り出してレニーちゃんに渡した。

「これは?」

「いえ、ただのお届け物なので、私に聞かれましても……。

 代金は差出人持ちなので、ただ、お受け取り戴ければ」


 その封書の表には、確かに宛先として宿と自分の名前が書いてある。

 裏返してみても、差出人の名前はない。他の者に見られる封書の外部には名前を書きたくなかったのであろうか。


「これは、誰からの? そして、あなたはどこからのお使いの方ですか?」

 そう問うレニーちゃんに、男性は頭を横に振った。

「それはお答えできません。また、その手紙の差出人名も、私には分かりません。

 いえ、私のところに差し出された方の名前は勿論承知しておりますが、それが、あなたに宛てられたその手紙の差出人名と同じとは限りませんし、それを私に教えたくはないのかも知れません。なので、その名前を私には聞かせないで下さい。

 そして、あなたは私の名も所属も聞かない。それによって、情報を手繰たぐさかのぼろうとする者の糸は途切れ、秘密が保たれるのです」


 それを聞いて、頭の良いレニーちゃんにはピンと来た。

 その場で封を切ると、中にはいっていた手紙の最初の数行を読み、そしてすぐに手紙を封筒に戻した。

「あ、あの、あなたは受け取った手紙に返信をされますか! それに、私からの手紙を同封して戴けますか!」

 その男性は、ほんの少し考えた後、優しく微笑んだ。

「今すぐ返信を書いて戴けるならば、お受け取り致しましょう」

「来て下さい!」


 そしてレニーちゃんは、男性の手を引っ張って開店前の食堂へと連れ込み、席に座らせると、呆気にとられた大将を無視してジョッキ3杯のエールとおつまみをその前に並べて、必死で手紙を書き始めるのであった。


「これを全部飲むのには、少し時間がかかりますか……」

 朝っぱらからジョッキ3杯のエールを飲むのは、その男性のポリシーには反する。

「ま、いいか。ゆっくり飲むとしますか……。

 別に、これくらいで酔っ払うということもないし、飲んで帰っても、文句を言う者はいません。まぁ、あまり示しがつかないですが、店や作業場には顔を出さず、裏口から事務所に廻れば済むことです。あの方にとって大事な人らしいあの少女を、あまりかすのも可哀想ですからね」

 そう考え、その男性は、ゆっくりと1杯目を口にするのであった。




 レニーちゃんから手紙を受け取った男性は、何度もお礼を言うレニーちゃんに一礼して、宿を後にした。

 そして、そのまま人が増え始めた王都の街路を歩き回り、時には雑踏をすり抜け、時には狭い裏路地を駆け抜け、到底尾行などできそうにない無茶で強引な移動を続けた後、とある店の裏木戸へと姿を消した。

「しかし、何だってこんな慎重に……。まぁ、あの方の御指示ですから、守りますけどねぇ。

 いったい、何と戦っておられるのやら、あの方は……。

 ま、慣れてますけどね、おかしな先生方のお相手をするのには……」

 そうして男性は、エール3杯分の酒気が抜けるまでは従業員の前には出られないため、事務仕事に専念するのであった。




「マイル、あんた、本読むの好きだったわよね。これ、読む?」

 そう言ってレーナが差し出したのは、2冊の娯楽本であった。

「え? どうしてレーナさんが本なんか持っているのですか! すごく高いのに!」

 そう、この世界では、本は馬鹿高い。マイルですら、本は買わずに図書館頼りなのである。

 そして、この世界では、娯楽本の数は少ない。

 学術書や貴族の自伝等は、「本を出し、内容を広め、名誉を得る」ということが目的であるため、採算は度外視して、ある程度の数は出される。その内容が、真実であるかどうかは別として。また、歴史書の類いも、国の事業として、同じく採算度外視で作られる。

 しかし、娯楽本は、そうはいかない。1冊1冊を筆耕(ひっこう)屋が手書きで書き写すため、そう簡単に単価を下げられようはずもなく、採算が取れるだけの価格で充分な売り上げを確保できる作品など、書籍文化が未成熟なこの世界ではそうそうあるものではなかった。

 それに、旅生活においては、本などすぐにボロボロになってしまう。マイルのように、容量無限のアイテムボックスでも持っていない限り。なので、レーナが本を買う、ということは、考えづらかった。


「借りたのよ。ここの図書館、保証金として1冊につき金貨1枚預ければ、銀貨1枚で3日間貸し出してくれるのよ。

 で、みんなが黙りこくって怖い顔をして本を読んでる図書館って居心地悪いから、どうせ入館料を払うのなら大して変わらないからと思って、借りてきたのよ。どうせお金を払って借りてるんだから、大勢で読んだ方がお得じゃないの。

 この作家の本、面白くてね。以前から何冊か読んでるんだけど、新刊が出ていたから2冊共借りてきちゃったのよね」

 そして、差し出された本を手に取り、そのタイトルを見るマイル。


『リア充王』。お父さん大好きっである3人の娘にモテモテの老王の物語。

『若きハムテルの悩み』。自宅の庭に住み着いた凶暴なコカトリスに勝てず、悩む青年の物語。

 作者 ミアマ・サトデイル


 2冊の本を凝視し、ぷるぷると震えるマイル。

「わ、私は、さ、最後でいいですから……。さ、先に、ポーリンさんとメーヴィスさんに渡してあげて下さい……」

「そう? ま、あんたは読むの速そうだから、後でいいか。

 メーヴィス、ポーリン、これ読む?」

 そう言いながらマイルから離れるレーナ。

 そして、だらだらと汗を流すマイルであった。




 レーナ達が寝静まった後。

 例によって、いつも夜更かしして寝るのが一番遅いマイルは、遮光結界の中でライティングの魔法を使い、書き物をしていた。

 そして書き物が一段落したらしいマイルは、アイテムボックスから1通の手紙を取り出して、再び目を通した。あの、レニーちゃんから届いた手紙と同じ小包にはいっていた、もう1通の方である。


【ミアマ・サトデイル先生へ

 原稿、確かにお受け取り致しました。直ちに筆耕屋を総動員して生産にかかります。

 前作の売り上げは好調で、芝居化のお話も来ております。原稿料は、商業ギルドの口座に振り込み済みです。

 なお、ご依頼のお手紙は、無事、先方にお渡し致しました。お預かりしました返信を御同封しておりますので、言うまでもないとは思いますが。

 では、次作の原稿をお待ちしております。

 オルフィス出版 メルサクス】


 小遣い稼ぎというより、この世界に面白い話を広めたかった。自分の手で物語を生み出し、みんなに楽しんで貰いたかった。

 そして、みんなに自分のギャグネタを理解して貰えるための下地を刷り込みたかった。

 この世界に、『あにめーじゅ とてちてけんじゃ(アニメージュを取ってきてちょうだい、賢治おにいちゃん)』というネタを分かってくれる者がひとりもいないというのは、あまりにも辛く、悲しいことである。


 ミアマ・サトデイル。それは、ミサト、アデル、マイルの、3つの名前を混ぜたものである。マイルの3つの人生の集大成。それが、ミアマ・サトデイルなのであった。

「私はやります! 必ず、この世界に『日本フカシ話』を、いえ、『世界フカシ話』を広めてみせます!」


 しかし、マイルは知らなかった。

 レーナから借りた本を読んだメーヴィスとポーリンが、今までマイルから聞かされた『日本フカシ話』と似通ったノリであることに気付き、それが切っ掛けとなり、秘密が露見する時が近付いているということを……。



『平均値』コミックス1巻、店頭から姿を消し、Amazonも品切れが続いていましたが、昨日からAmazonが「在庫あり」に戻ったようです。

ということは、書店店頭にもそろそろ重版分が並び始めている?

店頭にない場合は、店員さんに聞いて、「売れているようだから、発注かけるか……」と思わせるよう、みんなで頑張ろう!(^^)/


みんな「何で読者が営業活動せなアカンねん!」


十三代目FUNA「……それが、読者の宿命!」(^^)/

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― 新着の感想 ―
[一言] 謎の男性はデビュー以来の付き合いの編集(長)さんがモデルでしょうか? ご本人にも尾行をまく特技が?
[一言] ハムテルの話しにはシベリアンな犬と姉御な猫も出て来るんだろうなぁ…。
[一言] 動物のお医者さんですかぁ。ジャンルが幅広いですねぇ。
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