179 手紙
あれから3日間、『赤き誓い』は常時依頼のみをこなしていた。
メーヴィスの新必殺技を実戦で練習させるためと、今までの仕事で少し目立ったような気がしないでもなかったため、少し地味な仕事をするか、と考えたためであった。
自分達はマイルと違って常識がある、と思っているメーヴィス、レーナ、ポーリンの3人であるが、銅貨斬りを含めて、あれで「少し目立ったような気がしないでもない」程度にしか考えていないところは、少し、いや、かなり、マイル側にズレてきていた。
「でも、頑張ったわね、メーヴィス。あの『ウィンド・エッジ』、ほとんど風魔法に匹敵するわよ。
あれなら、普通の風魔法だと思われて、マイルの実家の秘伝、『気功砲』の応用技だとは気付かれずに済むと思うわ。それに、『抗魔剣』の方も、ファイアー・ボールくらいなら弾き返せるし、火炎流を斬り裂いて相手に突っ込むなんて、魔術師殺しもいいとこよ」
そう、レーナが練習相手として魔法の攻撃役を引き受けてやったのであるが、手加減した攻撃だったとはいえ、メーヴィスは火炎を剣で斬り裂いてレーナに肉薄、剣をレーナの頭上ぎりぎりで寸止めしたのであった。
勿論、無傷とはいかず、少し髪の毛が縮れてしまい落ち込むメーヴィスに、慌ててマイルが修復魔法を掛けてやったのであるが。
「しかし、手加減した魔法相手でギリギリでは……」
「馬鹿ね、乱戦で、そうそう大魔法が乱発できるわけがないでしょうが。強力な魔法は、最初の一撃か、遠距離からの砲台役の場合くらいしか撃てないわよ。通常の戦いでは、速く撃てて連射が利く、ファイアー・ボールとかの初級魔法が中心よ。
それを剣士にいきなり弾き返されたり、火炎流を斬り裂いて目の前に躍り込まれちゃ、初見の相手なら一刀両断、間違いなしよ」
「……そうか?」
レーナの言葉に、頭を掻いて照れるメーヴィス。
そして、その会話が聞こえない振りをするマイル。
『普通の風魔法だと思われて』も何も、あれは、正真正銘、普通の風魔法そのものである。少なくとも、秘伝の秘密が露見する心配だけは、全くない。
ただし、別の秘密、すなわち『魔法が使えないはずのメーヴィスが魔法を使っている』という方の秘密が露見する可能性はあった。
まぁ、その場合には、メーヴィスの剣を『風魔法が撃てる、魔法剣』ということにすればいい。
それも、剣に認められた真の騎士にしか使えない、とかいうことにして。
あとは、剣の出所を「片目の謎の老人から貰った」とか、「湖から現れた、神々しい貴婦人から授かった」とか適当なことを言って、『人間の振りをした神々から賜った』という、神剣授受をでっち上げればいいだろう。
さすがに、神から与えられた剣を、神意に背いて奪おうとする権力者はいないだろう。
神剣の存在を信じるということは、すなわち神の関与を信じるということである。その上で、神意に逆らってそれを奪えばどのような神罰が、ということに思いが至らない者はいるまい。
この世界は、魔法が存在する未発達な世界なのである。神の存在は普通に信じられている。
いや、事実、神に匹敵する存在による大規模な干渉を受け、その結果として魔法が存在するのであるから、信じられていて当然であった。
(あ、でも、その場合、メーヴィスさんは神様から神剣を賜った、神選の勇者、ってことに?
……まぁいいや、大したことじゃないし)
大したことであった。
国中が、いや、大陸中が大騒ぎになる程の、大したことであった。
そしてギルドへと到着し、収納から獲物を出して買い取りカウンターに並べるマイル。
「今日も、無事、あの人達には出会わずに済みましたね」
「ああ、そうだね」
マイルとメーヴィスが言っているのは、勿論、あの女性5人のパーティ、『女神のしもべ』のことであった。それを聞いた買い取り受付のおじさんも苦笑している。
まぁ、どちらもここの飲食コーナーで長居するわけではないので、出会う確率はそう高いものではない。それぞれ休養も取るし、泊まり掛けで遠出をすることもあるのだから。
「ほれ、買い取り金だ。
しかし、稼ぐよなぁ、お前ら……。やはり、大容量の収納持ちは宝箱、か」
そう言う買い取り受付のおじさんの言葉に、他のハンター達の耳がぴくぴくっと動いた。
そう、効率よく稼ぐためには、マイルの収納のことを隠しておくことはできない。なので、既にそのことは公表済みであった。そしてそれを知ったハンター達は、ますます『赤き誓い』を欲しがったのである。
しかし、初日のあの銅貨斬りのインパクトと、『契約の護り手』と『白銀の爪』の惨状に、あの後『赤き誓い』に合併、もしくは合同受注を持ち掛けるパーティはいなかった。少なくとも、銅貨斬りに匹敵する腕を見せて、なおかつ『白銀の爪』がついて行けなかったという行軍速度について行けるという自信を持つパーティはいなかったのである。
しかし、皆が『赤き誓い』と仲良くなることを諦めたというわけではない。
上から目線で話を持ち掛けるのではなく、友好的なパーティとしてなら、合同受注を受けてくれるかも知れない。
そして、パーティ同士ではなく、メンバーの誰かと個人的に仲良くなるとか、あわよくば自分が『赤き誓い』に入れて貰い、ハーレム状態に……。
『赤き誓い』は4人なので、理想的なパーティの人数である5~6人には、ひとりふたり足りない。メンバー補充の可能性はある。いや、そう勧めればいい。そして、別に補充が男であってはいけない理由もないだろう。男4人に女がひとりかふたり、というようなパーティは珍しくもない。その逆があって、何が悪い?
今の仲間? 知るか、そんなもの! 4人のうちの誰かをモノにした後、合同の飲み会でも開いてやれば、泣いて感謝してくれるだろう。
狙うなら、誰か?
剣士同士で話が合いそうな、凜々しいメーヴィスちゃんか? 収納持ちで剣技も抜群、素直そうなマイルちゃんか? 結婚できるまで3~4年待たなきゃならないけど、なに、そんなのすぐだ。
巨乳のポーリンちゃんと、ちっぱいレーナちゃんも、捨てがたい。魔術師の彼女がいれば、怪我も安心、色々と便利だしなぁ。
等々と、希望、願望、欲望、妄想に満ちた空間に、何か居心地の悪さを感じた『赤き誓い』一行は、用事を終えたギルドからさっさと引き揚げようとした。
しかしその時、マイルが思い出したように言った。
「あ、ちょっとすみません、用事があるので、ここで待っていて下さい」
そう言うと、いつもはあまり馴染みがない窓口、ハンターの受注窓口ではなく、依頼の受け付けや、その他諸々の一般の人を相手にする窓口へと向かうマイル。
以前にも、そういうことはあった。そう、手紙、というにはいささか分厚い紙束の発送の時である。なので、レーナ達は特に何も考えず、出口の手前でマイルの用事が終わるのを待っていた。
「すみません、荷物は届いていませんか? ギルド支部留めの、『ミアマ・サトデイル』宛てで……」
他の者に聞こえないよう、マイルは小声で受付嬢にそう言った。ここはハンター達の受注や依頼完了報告の窓口ではなく、一般の者用の窓口なので、勿論受付嬢は『このすべフェリシア』ではない。
あんなのに普通の王都民の相手をさせるわけがない。ギルドマスターも、馬鹿ではないのである。
「しばらくお待ち下さい」
受付嬢は、席を立って奥の方のドアの向こうへ消えた後、しばらく経って、小さな小包を持って戻ってきた。そして席に着くと、マイルに向かって問い掛けた。
「眼の病気の特効薬の素材となる、海中に棲み船を襲う巨大生物の通称は?」
「眼科の敵!」
「はい、認証単語、クリアです。どうぞ」
受付嬢は、そう言って小包を渡してくれた。
……ちなみに、本当にそういう生物がいるわけではない。送り主に、そう問えばマイルが、いや、『ミアマ・サトデイル』が、そう答える、と分かっている。それだけのことであるため、他の者が正解を答えられるわけではない。
「お待たせしました!」
「じゃ、宿に戻るわよ。明日と明後日は、休養日で自由行動だからね」
レーナの言葉に、男性ハンター達の耳が、ぴくぴくっ、と動く。
多分、『赤き誓い』のみんなが単独行動になると聞いて、接触の機会が得られないかとでも考えているのであろう。こんなところで不用意に情報を与えるなど、レーナとしては大失態であった。
宿に戻ったあと、小包を開けたマイルは、中にはいっていたふたつの封書を確認すると、そのうちのひとつを収納に戻し、もう片方をみんなの前で開いた。
「レニーちゃんからのお手紙です!」
「あんた、いつの間に私達の連絡先を……、って、前の町での小包ね。まぁ、あの時には、ここの王都にしばらく滞在することはもう決めてたものね。
じゃあ、みんなで読みましょうか」
そして、みんなでレニーちゃんからの手紙を回し読みするのであった。