178 ライバル登場 2
『契約の護り手』、『白銀の爪』、その両方の名に、全く心当たりがない『赤き誓い』の面々。
そして、現場に居合わせたわけではなく、様々な伝聞や噂話を聞いただけの『女神のしもべ』では、話が噛み合わない。なので、彼女達が大声で話しているため話の内容が丸聞こえであった他のハンター達のうち、当日の様子を直接見ていた者が彼女達に声を掛け、詳しく状況を説明してくれた。
……勿論、ただの親切心だけではなく、彼女達に顔を覚えて貰い、お近づきになれるようにとの下心満載であったが。
「じゃあ、あの、私達より格下のくせに、偉そうに『不確定要素の多い危険な依頼を単独で受けるのは感心しないな』とか言って私達の仕事に割り込もうとした、足手まといになりそうな連中が『契約の護り手』とやらで、私達の後をつけてきた不審な連中が『白銀の爪』ってわけね?」
「な、なっ……」
レーナの、あまりにも身も蓋もない言い方に、絶句するテリュシア。
「ジョーンズは、『契約の護り手』は、そんな軟弱なパーティじゃないわよ!」
「『白銀の爪』のおじさま達を、変質者みたいに言わないで下さい!」
ムキになって反論するテリュシアとタシアであったが、『赤き誓い』には、毒舌ポーリンが控えていた。
「でも、自分達は受けなかった依頼なのに、私達が受けたとみるや強引に合同を持ち掛けてきたり、メーヴィスとマイルちゃんの銅貨斬りのデモンストレーションくらいで簡単に引き下がったりしたのですから、何やら思惑があった上に、ヘタレ。そうとしか受け取れませんが?」
「うっ……」
「そして、若い女性ばかりのパーティを、一定の間隔を空けてこっそりと後をつける男性パーティ。これを不審者と言わずに、何と言うのでしょうか?」
「ううっ……」
ポーリンの正論に、反論出来ず黙り込むテリュシアとタシア。
他のハンター達は、『契約の護り手』と『白銀の爪』があまりにも不憫で、その両方のパーティをけしかけたフェリシアが何かフォローをするかと思いカウンターに目をやった。
しかし、フェリシアは顔色ひとつ変えず、眉も動かさずに受付の席に着いていた。
(((((さすが、『このすべフェリシア』!!)))))
この場に、『契約の護り手』と『白銀の爪』が共に不在であったことだけが、せめてもの救いであった……。
「で、もういいかしら? そのふたつのパーティと私達は何の関係もないということがはっきりしたんだから、もう関係ないわよね?」
「う……、『契約の護り手』と『白銀の爪』については、一応、納得したわ。いえ、あの人達がそういう人達だ、って納得したわけじゃないわよ。あなた達に悪気があったわけじゃない、ということが分かったと言っているだけですからね!
でも、肝心なことが、まだ終わっていません!」
レーナが話を終わらせようとしたのに、『女神のしもべ』のリーダーらしき女性テリュシアは、まだ話は終わっていない、という顔であった。というか、はっきりそう口に出している。
そして、テリュシアから、続いて他のパーティメンバー達から、挑戦の言葉が宣告された。
「どちらがより優れたパーティか、はっきりさせて貰うわよ!」
「「「「おお!」」」」
「「「「あ~……」」」」
『女神のしもべ』のテンションに対し、『赤き誓い』側のテンションはダダ下がりであった……。
別に、どちらが強かろうが、関係ない。
今まで『女神のしもべ』が男性達にちやほやされていたのは、別に彼女達が強いからというわけではない。ただ単に、「恋人になって欲しいから」。それ以上でも、それ以下でもない。
そもそも、Cランクになったばかりの彼女達は、Cランクハンターの中では下層である。そんな彼女達5人をパーティに入れれば、受けられる仕事が限られ、そして分け前は半減する。つまり、Bランク並みの剣技を持っているとか貴重な実戦レベルの魔術師とかの人材が揃っている『赤き誓い』とは違い、『女神のしもべ』をパーティ丸ごと勧誘して合併する、ということは、他のパーティにとってデメリットが大きすぎるのである。
では、気に入った数名だけを勧誘する?
そうなれば、誰を選ぶかで、揉める。
更に、引き抜きをされた『女神のしもべ』の残りメンバーから怒りを買う。……そもそも、引き抜きを打診された者が、仲間を裏切ってパーティを抜けるとも思えないが。
そして、もし移籍してくれたとしても、その娘を巡っての凄絶な争いが……。
そう、もしそんなことをすれば、パーティ崩壊間違いなしであった。
これが、同じ村の出身で、全員が幼馴染み同士だとか、パーティ結成時からのメンバー同士であれば、女性が1~2名混じっていても問題なかったり、誰かとくっついても祝福されたりするのであるが……。
いや、勿論、そういう場合であっても、ドロドロのぐちゃぐちゃの人間関係が繰り広げられることも、決して少なくはないのであるが。
つまり、有能なパーティ仲間兼恋人候補として丸ごと目を付けられている『赤き誓い』と違って、『女神のしもべ』は、完全に「プライベートなお付き合い用の恋人候補」なのであった。
それでも、ハンターの中では女性比率は低いし、普通の若い娘の中には、ハンターはごろつきでカネが無くていつ死ぬか分からない、と、あの宿屋の長女のような考えの者が多いため、若い女性ばかりの『女神のしもべ』は、恋人候補、そして結婚相手としては、最有望株だったのである。
結婚してしまえば、夫のパーティに移籍しても文句は言われないだろうし、ハンターを引退させて専業主婦かどこかの商店の店番とかの安全な仕事をしながら夫の帰りを待つ、というような生活をさせるのも、悪くはないだろう。
しかし、そこに現れたのが、『赤き誓い』である。
オーガも一撃で倒せそうな剣技の持ち主がふたり。そして貴重なCランクの魔術師が、同じくふたり。しかも、可愛くて若くてあまり世間ずれしていなさそうで、自分達のほぼ全員に行き渡る、4人組。男共のターゲットが変更になるのも、仕方なかった。
なので、ここでもし『女神のしもべ』が模擬戦で『赤き誓い』を降したとしても、その評価が変わるわけもない。
そもそも、『女神のしもべ』が勝てる可能性など全くないし、そのことはギルド職員と他のハンター達の大半が知っていた。
「いいわよ。それじゃあ、中庭で、うぐぅ!」
何やら喋りかけたレーナの口を、慌てて塞いだメーヴィス。
「い、いや、私達はまだ新米、とても先輩達のような実力はありません! 試すどころか、考えるまでもありませんよ!」
せっかく自分達のことが知られていない街に来たのである。ここでは目立たず、ごく普通の新米Cランクハンターとして地道に活動し、修行する。そう思ったメーヴィスは、うまく誤魔化そうとした。前回の『銅貨斬り』のデモンストレーションのことは完全に忘れ果てて。
そして、マイルもポーリンもそれには同意見だったため、他のハンターに舐められたくない、と思い反論しようとするレーナの頭部をマイルが遮音結界で包み、ポーリンが身体でレーナを『女神のしもべ』の面々の視界から遮った。
目立たぬようマイルの怪力でそれとなく拘束されたレーナがじたばたと暴れるが、マイルの拘束がびくともしないため、ぱくぱくと無駄に開閉される口と共に、あまり目立つことなくスルーされた。
「わ、分かればいいのよ。じゃあ、これからはあまり大きな顔をするんじゃないわよ!」
既に受注は終わっていたのか、それとも『赤き誓い』に文句を言うためだけにギルドに顔を出していたのか、そう言って去って行く『女神のしもべ』のリーダーと、それに続く4人。
(((((おいおいおいおいおいおいおいおいおい!)))))
ギルドにいた他のハンター達とギルド職員全員が、心の中で突っ込んだ。
(さっき聞いただろうが、あの「銅貨斬り」の話と、『契約の護り手』が格下扱い、ってことを!
そして、『白銀の爪』がついて行けない行軍速度に、赤い依頼の完遂に、貴族家からの指名依頼!
それで、どうしてそうあっさりと納得するんだよ!!)
さすが、鉈やひのきの棒を手に、村を飛び出した面々である。頭に血が上っていたせいかどうか、少し前の会話を覚えていなかったようである。いや、最初から「自分達の方が上だと思い知らせる」ということが目的であり、それに矛盾する情報は頭にはいらなかったのか……。
ともかく、居合わせたハンターやギルド職員達の思いは、ひとつであった。
(まぁ、他人のことだ。深く考えても仕方ないや……)
そして皆は元の作業、つまりギルド職員は仕事、ハンター達は依頼の物色や飲み食いにと戻った。
『赤き誓い』は……。
「今日は、メーヴィスのアレの練習を兼ねるから、常時依頼の魔物討伐で行くわよ」
「「「おお!」」」
レーナも、一応は考えているようであった。さすがリーダー……、は、メーヴィスであった。
「それで、さっきのことについて、説明して貰おうかしら?」
レーナは、どうやら先程取り押さえられたり口を塞がれたりしたことに、ご立腹のようであった。
やはり、リーダーとしては、メーヴィスの方が相応しい。
そう思う、マイルとポーリンであった。
そして、みんなが口には出さないけれど、何となく思っていることがあった。
((((さっきの連中、これからも色々と絡んで来そうな気がするなぁ……))))