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169 オーラ家 1

「ちょっとすみません。これって、何の騒ぎなんでしょうか?」

 巨乳の可愛い少女に話し掛けられて、悪い気はしない。ポーリンに話し掛けられた17~18歳くらいの青年は、喜んで説明してくれた。


「ああ、あそこにいる3人な。ここの店主と、大きな商会の商会主、そして男爵家の執事さんらしいんだけどね。

 何でも、男爵家の御令嬢が病気とかで、入荷を待っていた生薬を受け取ろうとしたら、商会主がそれを買い取ろうと横から割り込んだらしいよ」

 青年は、何やら言い争いをしている3人の男達を指差して、そう教えてくれた。

「「「「え……」」」」

 それはないだろう。

 4人共、そう思った。

 そもそも、店主が「予約の品だから」、と、はっきりと断れば済む話である。

 ポーリンがそう青年に言うと。


「それはそうなんだけどね。ただ、一介の小さな商店主には、大きな商会にはなかなか逆らえないんだよ。商業ギルドでの派閥とか、権力とか、色々と難しい話があってね」

「でも、相手が一般庶民ならともかく、貴族様の使いの方じゃないですか! 貴族様に逆らっていいのですか?」

 ポーリンがそう問うと、青年は肩を竦めた。

「貴族様、とは言っても、貧乏な男爵家なら、大きな商会より立場が弱い、ってことも珍しくはないさ。地方の領地でならばともかく、いくら貴族とはいえ王都でそうそう平民を無礼打ちにするわけにも行かないからね。それも、相手が大商人となると、利益目当ての意図的な殺人と見なされて、ただじゃ済まないさ。

 それに、あれは貴族様本人じゃなく、そこの執事に過ぎないしね。立場は弱いさ」

「…………」


 ポーリンは、青年に礼を言うと、マイル達に向き直った。その顔には、明らかな不快の表情が浮かんでいた。

(((ああ、来た来た……)))

 マイル達は、ポーリンのその表情は何度か見ている。そう、それはマイルの無表情と同じであった。

 どうやらポーリンの『商人としての矜持きょうじ』に引っ掛かったらしいが、ポーリンも結構あくどいことをやっているし、今ひとつ、その判断基準が掴めなかった。また、『商人としての』と言っても、ポーリンは商人の娘であって、別に自分が商人だというわけではなかった。

 しかし、それを言うならば、マイルの判断基準もよく判らないし、メーヴィスも自分の価値判断を騎士の立場で行っているが、別に今は騎士だというわけではない。

 ……触れてはいけない話題。皆、それらについては決して触れようとはしなかった。



「だから、それは我が男爵家が、御病気であるお嬢様のためにと!」

「しかし、契約書を交わしたわけでも、事前に前金で支払い済みだというわけでもないのでしょう? ならば、高い値を付けた方に売るのが、商人として正しい選択肢でしょう。

 そうですよね、店主殿?」

 そう言われても、実直だが気弱な店主には有力商人を敵に回す勇気も、貴族家からの依頼を一方的に断る度胸もなかった。なので、言えたのはこれだけであった。

「そ、それは、お二方で決めて戴ければ……」

 そう、もう何度目かになる、店主のこの返答が、膠着状態を生み出した元凶であった。


 ポーリンは、ちらりと他の3人に目を遣り、皆がこくりと頷いたのを確認してから、3人の男達の会話に割り込んだ。

「ちょっといいですか?」


 普通ならば、商会主あたりが「関係ない者は引っ込んでいろ!」とか言いそうなものであるが、話が膠着状態であったからか、商会主が自分の優勢を確信しており余裕があったからか、それとも美少女4人組の参入に興味を引かれたからなのかは分からないが、思いがけない返事が返ってきた。

「ええ、いいですよ。何ですかな?」


 強引に割り込むつもりだったポーリンは少し意表を突かれたが、いいと言ってくれるならこれ幸いと、質問した。

「あの、執事さんが品物を欲しがっておられる理由は、お嬢様の御病気のためだから当然分かりますけど、商会主さんが欲しがっておられる理由は何なのですか? やはり、御病気の方が?」

 ポーリンの質問に、商会主は笑いながら答えた。

「いえいえ、そういうわけではありませんよ。私は商人ですから、商品価値があるものを仕入れる。ただ、それだけのことですよ」

「「「「「え?」」」」」


 ポーリンや『赤き誓い』の他のメンバー達だけでなく、執事、店主、そして見物に集まっていた人々からも、驚きと当惑の声が漏れた。

 皆、商会主も何らかの事情でその生薬を切望していて、だからこそ強引な手段でゴリ押ししているものだと思っていたのである。

 それが、単なる金儲けのため?

 病気の貴族家御令嬢のための生薬を横取りする理由が、それ?

 しかも、それを隠そうともせず、いけしゃあしゃあと広言する。……常識を疑う行為であった。


「……それ、そんなに高価な物なのですか?」

 ポーリンは、今度は店主にそう聞いた。

「い、いえ、あまり採れないものですから品薄ではありますが、そう売れるものではないし、生薬はほとんど加工していない、ほぼ採れたままのものですから、そんなにとんでもない価格というわけでは……。これ全部で6日分、金貨5枚程度ですが」

 効くかどうかも分からない生薬に、金貨5枚、日本円にして約50万円相当。しかしその程度、庶民にとっては決して安くはないが、貴族や金持ちの商人にとっては、大した額ではあるまい。


「その程度のもののために、貴族家に喧嘩を売るような真似を? それに、ぬけぬけとそれを広言しては、商会の評判が落ちるでしょう。どうしてわざわざそんなことを……」

 ポーリンの疑問に、商会主は平然と答えた。

「いえ、私のところは、大規模な取引や卸し専門で、貴族様相手を除き、小売りはやっていませんからね。平民の方々の評判など、関係ありませんよ。

 そして、そこの店主殿が言われる金貨5枚というのは、普通であれば、ということですよ。どうしても欲しい、という者がいた場合、値は売り手の言い値です。

 後で、この男爵家の方に『どうしても欲しい、今から手配しても入手がいつになるか分からない薬』を10倍の値で売ることも、男爵家と対立する貴族家にもっと高い値で売ることもできるわけですからね。

 その対立する貴族家の方が、買った薬をどう利用されるかは、私の与り知らぬことですが」

 それを聞き、蒼白になる男爵家の執事。

「た、確かに……。しかし、それは商人としては……」

「外道、ですかな?」

 ポーリンの言葉を先取りする商会主。

「ならば、オークションはどうなのですかな? 品物の価値や仕入れ値など関係なく、どうしても欲しい者から出せるだけのお金を搾り取る手法ですが、それを非難する者はおりませんよ?」

「う……」

 そう言われ、言葉に詰まるポーリン。


 レーナが、マイルの背中をつついて「助けてやれ」と合図するが、いくらマイルでも、良い返しを思いつかないことはある。

 マイルが、う~ん、う~ん、と反論を考えていると、商会主がある提案をしてきた。


「こうしていても、互いに譲らぬ者同士では、埓があきませんな。

 どうです、丁度『オークション』という言葉が出たことですし、今、ここでオークションを行い、それで勝った方が買い取る、ということでは如何ですかな? そうすれば、店主殿も儲かるし、文句はないのではないですかな?

 勿論、お金は今、ここで全額支払うものとし、後払いは無しです」

 そう言いながら、商会主は懐から巾着袋を取り出した。


(あの巾着袋の膨らみ具合から、中身が全て金貨であったとしても、そう大した金額ではない。

 生薬の買い取り代金として用意していた分と、いつ必要となるか分からない不測の事態に備えて常に用意している予備金、そして自分の個人的なお金も加えると、どう見てもあの巾着袋の中身を下回ることはあり得ない……)

 貴族家の執事は、鋭い眼でその巾着袋を見詰め、そう判断した。

「よろしかろう。それで決めることに同意する!」


((あちゃ~……))

 そして、額に手を当てるポーリンと、肩を竦めるマイル。

 レーナとメーヴィスは全く気付いていないようであるが、ポーリンとマイルは、勿論気付いていた。この手の商人がこういう場面で、勝ち目のない勝負を持ち掛けるわけがない、ということを。そして、そのやり口も、何となく察しがついていた。

 そして周囲の観衆達の多くが、特に商人らしき者達の大半が、同じように肩を竦めたり、苦笑したり、気の毒そうな顔で執事を見ていたのであった……。

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[一言] オーラ家・・・執事・・・なんか開か~れた~
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