168 必殺技 3
(『真空斬り』。『魔刃斬り』。『魔刃が絶倒』。あああ、いい名前が浮かばないぃ……)
メーヴィスの鍛錬を見ながら、苦しむマイル。これは一過性のものではなく、これからずっとメーヴィスが人前で名乗る技名なので、あまりネタに走るわけには行かないのである。
そしてその時。
ひゅっ!
メーヴィスが振った剣から半透明の歪みのようなものが離れ、数メートル先の灌木に当たった。
「あ……」
口を開け、呆然と立ち尽くすメーヴィス。
「おめでとうございます、『ウィンド・エッジ』、会得です!
あとは、自主鍛錬で速度と威力、そして応用技を磨き上げるだけです」
「う、うぁ。うあああぁ……」
地面に膝をつき、涙を流すメーヴィス。
「喜ぶのはまだ早いですよ、メーヴィスさん。次は、剣に気の力を滞留させて敵の魔力弾を打ち消したり弾き返したりする、破魔剣流奥義、『抗魔剣』です。これを会得しないと、魔術師相手に対等に戦うことはできませんよ!」
「あ、ああ! 会得する。勿論、会得するとも!」
涙を流しながらも、メーヴィスは笑い、その瞳は輝いていた。
そしてマイルは思う。
(よ、良かった! ギリギリで、いい名前が浮かんで、良かったあぁ!)
ウィンド・エッジという名にしたのは、その名を聞いた者がただの風魔法だと思ってくれるようにであった。いちいち「気による技で」とか説明するのは面倒だし、魔法を使えない者にも使える技だと思われたら、大変なことになる。
もしそうなれば、世界中の魔法が使えない剣士が教えを請うべくメーヴィスのところに殺到するに決まっているだろう。
そしてその日の夜。
夜2の鐘(21時)が過ぎた、『赤き誓い』の居室では。
「うむ、苦しゅうない。もっと近う寄れ」
メーヴィスが、ファリルちゃんを独占していた。
「ちょっと、マイル! どうしてメーヴィスがあんなに自信たっぷりで、しかもメチャクチャ偉そうなのよ!」
「あはは……」
いつも苦労しているのだ、こんな日くらい、少し調子に乗らせてあげても良いだろう。
そう思う、マイルであった……。
(メーヴィスさんの剣のナノマシンさん?)
『は!』
『はい!』
その夜、皆が寝静まった後、マイルが思念波でメーヴィスの主武器であるショートソードと予備武器である短剣を管理しているナノマシン達に話し掛け、それぞれの代表者が返事した。
(色々と、よろしくお願いします。
で、もし剣が使い物にならなくなったり、火山の火口に落ちたり、盗まれてメーヴィスさんの元に戻る可能性がほぼなくなったりした場合には、すぐさま専属を解除して、剣を使用不能にしてから離脱、メーヴィスさんの次の剣に移動して戴けますか? そして、再び外部アンテナとしての処理を……)
『しかと承りました。なに、我らにとって、メーヴィス殿の一生に付き合うことなど、刹那の間。我らも、その間、せいぜい楽しませて戴きます故、御心配無きよう……』
『しかと、お任せあれ!』
両方の剣の代表者に快諾して貰え、ひと安心のマイルであった。
今回の秘伝は、『ミクロス』無しで、メーヴィスの『気』の力だけで行使できる。剣がアンテナとなって思考波を放射できるので、体外のナノマシンにも働きかけることができるからである。尤も、元々放射力が弱いため、剣を利用した2つの秘伝以外の魔法はまともには使えないが。
しかしそれも、今の剣を失えば使えなくなる、というのでは、それは「剣の力に頼ったもの」になってしまうし、剣を失ったメーヴィスが力を大きく落としてしまっては、命に拘わる。
なので、少々こじつけというか、ズルというか、反則っぽい気はするが、「メーヴィスが手にする愛剣は、代が替わっても、全て必殺技が使用可能になる」という手を打ったのである。
多分その時が来れば、メーヴィスの血が剣身にかかるように、うまく操作してくれるのであろう。そのあたりは、ナノマシンを信頼しているマイルであった。
そして結局、精神的には高揚しているものの、メーヴィスの肉体的な疲弊があまりにも激しいため、『赤き誓い』は休養を更に3日間延長したのであった。
「大丈夫ですか、メーヴィスさん……」
「ああ、もう、大したことはないよ」
大したことはない、ということは、まだ影響が残っている、ということである。
あの3日間の特訓の後、メーヴィスは臥せっていた。激しい筋肉痛で。
年寄りではないのだ、痛みが3日遅れで来たとは思えない。おそらく、特訓開始の翌日から痛んでいたのであろうが、それを精神力で抑さえ込んでいたのであろう。
それが、目的を達成して気が緩んだため、一挙に来た。
秘伝会得の翌日、メーヴィスはベッドから起き上がることができなかったのである。
治癒魔法を使うわけにはいかなかった。
筋肉痛は、自然に治るのを待つべき。マイルが、そう主張したからである。
激しい運動で損傷した筋繊維が修復され、より強い筋肉となる。その時に発生するのが筋肉痛であり、それを治癒魔法で「元の状態に戻す」ということは、せっかくの鍛錬の成果を無に帰すこととなる。
それに、疲れたら回復魔法、筋肉痛になったら治癒魔法、ということを延々と繰り返すのは、人間としてどうか、とマイルが思ったのである。
かくして、メーヴィスの3日間の安静生活が決定したのであった。
そして、3日後。
今日は、休暇を延長しようと言う3人に、「自分のために、これ以上みんなに迷惑をかけるわけにはいかない」とメーヴィスが強く主張し、半ば無理矢理のようにギルド支部へと向かうこととなったのであった。
但し、朝一番の早朝ではなく、少し遅めの時間帯である。
さすがにメーヴィスも、まだ朝一番の「割の良い依頼の奪い合い」の大喧噪の中に突入する元気はないらしく、皆の意見に反論することはなかった。
「あれは何でしょう?」
ポーリンの言葉に、皆がその視線の先を見ると、ある商店の前に人集りができていた。
この辺りは、個人客向けの商店、つまり小売りの小規模商店が集中している区域である。人集りができているのも、そんな個人商店のひとつであり、どうやら薬種店のようであった。
薬種店。
早い話が、薬屋である。
この世界には治癒魔法というものがあるが、勿論、いつも近くに治癒魔術師がいてくれるわけではない。元々実用レベルの魔術師が少ない上、ただ単に水や炎を出すだけの魔法と違い、治癒魔法は難しいのである。そう、攻撃魔法のように……。
攻撃魔法が『同時に、複数の工程をイメージする』という難しさであるのに対し、治癒魔法は『治癒という、過程がよく判っていない現象を具体的にイメージする』という困難さであり、その難しさの方向性は異なるものの、共に高等技術であることに変わりはない。
マイルから人体の構造や細胞分裂、神経や血管等について教わった『ワンダースリー』と『赤き誓い』の面々は、怪我の修復過程を具体的にイメージ(無意識でナノマシンに指示)することが可能であるため、圧倒的に効率が上がるが、ただ単に「治れ!」と念ずるだけの普通の魔術師では、骨が折れたまま固定されてしまったり、傷の開放部が塞がっただけで神経や血管、腱等は切れたまま、というようなことがある。
また、怪我ではなく病気の場合は、下手に回復呪文を唱えたりすると、病気の原因の方まで活性化して、一気に悪化することも少なくない。そのため、病気に対しては、魔法による治癒は『駄目で元々』というような場合を除き、あまり使用されることはない。
それに、魔法で病気を治癒すると、たとえ治ったとしても抵抗力(抗体)を身に付けることができず、少し残った病原菌によりすぐに再発することも多かった。治癒魔法も、決して万能ではないのである。……かなりの医学知識を持つ、マイルが行使した場合を除いて。
マイルも、『赤き誓い』には病気の治癒に関しては教えていなかった。せいぜいが、『宿に戻った時には手を洗え』、『落とした食べ物は拾って食べるな』等の、基本的な衛生観念についてうるさく指導した程度である。
病気なら、時間的余裕があるからマイルが自分で対処すれば良いし、逆に、下手なことをされて致命的な結果を招くことの方が怖かったのである。
その危険性は、かなり高い。マイルはそう判断していたし、それは正しい判断であろう。ガン細胞に対して、治癒のために細胞増殖促進魔法をかけられたりしたら、目も当てられない。
それに、中規模以上の商隊を除いて、旅の者が常に治癒魔術師を同行させられるわけではないし、慢性的な病や体調不良もある。
そういうわけで、治癒魔法があるこの世界においても、医者と薬屋は健在であった。
そして、薬を調合する薬師ではなく、その素材となるものや、生薬を取り扱い、販売しているのが、薬種問屋や薬種店である。
今、人集りができているのは、そんな薬種店のうちのひとつである。
面白そうなことに首を突っ込むのが、『赤き誓い』のポリシーである。
それに、メーヴィスが強硬に主張するため依頼を受けにギルドへと向かっていたが、他の3人は、メーヴィスをもう少し休ませるべきだと思っていたため、渡りに船であった。
メーヴィスに気付かれないよう、素早く目配せする3人。
「ちょっと、事情を聞いてみましょう!」
そしてポーリンが、わざとらしくそう提案するのであった。