164 遺跡の正体
そっと扉を開け、通路に出た『赤き誓い』の4人。
今はスカベンジャーの姿は無く、マイル達は扉を閉め、この場所をしっかりと覚え込んだ後、調査に向かうことにした。
「で、どっちに向かうんだい?」
メーヴィスに問われるまでもなく、マイルもそれを考えていた。
そしてしばらく考えた後、アイテムボックスから1本の錆びた剣を取り出した。いつか退治した盗賊から没収した品である。そしてそれを、そっと通路の床に置くと、皆にそこから少し離れるように指示した。
そして待つこと十数分。
1匹のスカベンジャーが通路の片方からやって来て、床にある剣に気付くと、すぐにそれを拾って、やってきた方向へと戻っていった。
「向こうです、行きましょう!」
レーナ達は、こくりと頷いた。
レーナはスカベンジャーは素早いと言っていたが、その移動速度はそう速くはなかった。おそらく、本気になれば速いのであろうが、普段はゆっくり移動するのであろう。速く動けばエネルギーの消費が多くなるし、身体の損耗も大きくなる。そもそも、時間は有り余っているだろうから、それらのデメリットを押してまで急ぐ必要は全くない。
なので、マイル達は無理なくスカベンジャーに付いていくことができた。
「あ、部屋にはいる……」
マイルが言う通り、スカベンジャーが部屋への入り口らしきところを通過した。
勿論、扉など付いていない。あの体格と身長では、いちいち扉を開けるのは大変だろうし。
いや、自動ドア、という方法はあるが、可動部分が多い機械はあまりにも長い年月を耐えられないだろうし、そもそもスカベンジャー達には扉というものの必要がないのであろう。
そして、そっとスカベンジャーの後に続いて4人は入り口をくぐった。
「な、何よ、あれ……」
「「「…………」」」
そして彼女達の前に広がっていたのは。
並べられたいくつかの大きな作業台の上に載せられたものに、工具らしきものを手にして群がるスカベンジャー。
レーナ、メーヴィス、ポーリンの3人には、全く理解できない光景。
そしてマイルには、こう見える光景であった。
「町工場……」
それは、決してそう大規模ではなく、せいぜいが田舎町の小さな工場、俗に『町工場』と呼ばれるレベルのものであった。
勿論、ベルトコンベアーによる流れ作業とかはなく、固定された台に載せられたものに向かい、何やら作業をしているらしき数匹のスカベンジャー達。
「ゴーレム……」
そう、作業台の上に載せられているのは、ゴーレム達であった。
ロックゴーレム、そして、アイアンゴーレム。
金属製のゴーレムは、鉄製であろうが銅製であろうが、全て『アイアンゴーレム』と呼ばれている。そして、その強さは、ロックゴーレムなどとは比較にもならない。『赤き誓い』も、おそらくマイル以外は太刀打ちできないであろう。
ハンター達にとっての救いは、ゴーレム達は全て縄張りから出ることはなく、人里に出てきて人間を襲う、というようなことがないことであった。
ゴーレムが人間を襲うのは、人間がゴーレムの縄張りに侵入した場合のみ。それでも、他の獲物や素材、そして時には金属製であるアイアンゴーレムの身体そのものを素材として狙うハンター達がゴーレムの縄張りに侵入し、戦いが起こることはある。そして、アイアンゴーレムと戦ったハンター達の勝率は、決してそう高くはなかった。
「な、何をしているのでしょうか……」
「修理、だろうね。ゴーレムに『治療』という言葉は似合わないからね」
ポーリンの呟きに、メーヴィスがそう答えた。
確かに、新規製造には見えないので、マイルも同意見であった。
数万年とかに渡って新規製造を続けられたら、大陸中にゴーレムが蔓延してしまうだろう。そうなっておらず、そして縄張りを広げている様子もないことから、それはほぼ間違いないと思われた。
「……そうか!」
マイルは、なぜゴーレムが視覚や聴覚のセンサーがあるだけの頭部を破壊されれば停止するのかという疑問の解答に行き当たった。
それはおそらく、外部からの情報入力が絶たれた状態で動くと、禁止されていること、つまり味方への攻撃や、おそらく今はもう存在していないであろう『御主人様』達に思わぬ被害を与えたりする可能性があるため、センサー類が全て破損した場合には作動を停止し、迎えが来るのを待つように設定されているのだ。そう、スカベンジャーが迎えに来るのを。
「何、ひとりで納得してるのよ!」
レーナが文句を言うが、説明は、また移動中か野営の時にでもゆっくりすればいい。
マイルはそう思い、レーナをスルーして探索魔法を発動させた。これだけの深さの施設を作っておいて、設備がこれだけ、ということはないであろうと考えて。
多分、この遺跡は様々な機能を複合的に結合させた施設に違いない。
「……イセキのコンバイン……」
マイルは、前世では機械のパンフレットを見るのが好きであった。あの機能美が良いのである。
そしてその興味は、大型農機具にも及んでいたのである。
「え……」
無かった。
探索魔法を発動させた結果、ここの他に、稼働している設備は無かった。
但し、岩や土砂で埋まった部屋、岩に押し潰された機械らしきものの残骸等、その名残りらしきものの反応は大量にあった。機械らしきもの、とは言っても、最早原形すら留めていない、錆の塊か粉末である。
埋まってしまってはいるが、時間をかければ掘り出せたはずである。それをしなかったということは、スカベンジャー達にとって、ここ以外は担当外なのか。そして金属材料として再利用しなかったのは、それが『御主人様』のものであるからか、全滅してしまい復旧させてくれる者すらいなくなってしまった、他の仲間達の担当資材であるからか……。
生き延びた僅かなスカベンジャーが、自分で自分を修理し、担当部署の仲間を修理し、なけなしの資材を使って自分達の複製を作りだし、そして担当部署を復活させた。
待つために。
御主人様からの命令に従い、『その時』を待つために。
その御主人様が、あの埋まった部屋で化石にでもなっているのか、それともマイル達が使った階段やエレベーターのようなもので脱出し、無事逃げ延びたのか。
マイル達には、そんな大昔のことなど知る由もなかった。
「……戻りましょう。ここには、これ以外の設備は無いようですし、ここは、このままそっとしておいてあげたいんです」
「「「…………」」」
「分かったわ。戻りましょう」
数秒の間の後、レーナがそう答え、メーヴィスとポーリンも頷いた。
ここを破壊すれば、この岩山のゴーレムの数は自然減し、そのうちいなくなるだろう。人間達のためには、そうした方が良いのではないか。しかし、彼女達は、そうする気は全く湧かなかった。
それは、自分の希望を言うことの少ないマイルがそう言ったからか、長い年月を生き延びてきた遺跡を今自分達が破壊するのは気が咎めたからか、それとも、彼女達も何か思うところがあったのか。それは、本人にしか分からなかった。
来たルートを逆に辿り、『赤き誓い』は洞窟の終点部分へと戻った。
帰りの階段は登りであり、体力的には往路よりキツかったが、腰と膝的には、往路より遥かにマシであった。休憩さえ挟めば、大したことはない。これでも、一応はCランクハンターなのである。
入り口の岩壁もきちんと元に戻し、魔族達には発見できないであろうことを確認した後、マイルは曲がり角まで戻った後で薬の効果が消える魔法を使った。
元々眠っていたのであるから、そのまま放置しておいて、自然に薬の効果が切れるのを待っても良かったのであるが、万一、たまたま魔獣や野獣が侵入してきた場合、薬が効いていたら全滅してしまう。無用な危険は冒したくないマイルであった。
そのため、洞窟の入り口を出た後、見張り番の薬も無効化し、自分達の姿が完全に見えなくなる場所から気付けの魔法を放った。
見張り番が眠ったまま、というのは、やはりマズいと思ったのである。
朝まで再び眠るため、野営場所へと戻る『赤き誓い』の4人。
「多分、あの入り口も岩で塞がって、そのためあの通路は使用されなくなって放置されていたんだと思います。それが、何かの弾みで入り口を塞いでいた岩が動き、再び隙間が開いたんでしょう。
今後もあのまま放置されるのか、スカベンジャーが入り口が開いたことに気付いて、再び出入り口として使用されることになるのか……。
まぁ、他にも出入り口はいくつかあるでしょうから、知っても放置するかも知れませんけど、あのエレベーターらしきものを修理してくれたら、次に行く時に楽なんですけどねぇ」
「次に、って、あんた、また行くつもりなの? いったい何をしに行くのよ?」
レーナに突っ込まれたが、マイルは考えていたのである。
今回はすっかり忘れていたけれど、いつか返してあげようかな、と。
そう、以前倒したロックゴーレムから回収し、アイテムボックスの中に入れてある、胴体の中心部から取り出した、あの球体。
マイルは何となく、それにゴーレムの心が宿っているような気がしていたのである。