162 抜け駆け
深夜。
野営のテントの中、毛布を捲り、そっと抜け出すマイル。
次の瞬間。
ぴぃん!
がしゃん!
「ぎゃあ!」
マイルは、紐に足を取られて派手に転んだ。
「な、ななな……」
狼狽えるマイルと、もぞもぞと起きだしてきた他の3人。
「そんなことだろうと思って、あんたが熟睡した後、足に紐を結びつけておいたのよ」
両手を腰に当ててふんぞり返り、偉そうにそうのたまうレーナ。
「ひ、酷いです!」
「酷いのはどっちですか! あれだけ言ったのに、また私達を置いて、ひとりで行こうとしてましたよね!」
「う……」
ぷんぷん、と怒りかけたマイルであるが、ポーリンにそう言われては、言い返せない。
レーナとメーヴィスはともかく、ポーリンに対しては、あの『ポーリンだけ置いてけぼり未遂事件』の負い目がある。
「……ごめんなさい……」
「大体、あんたが『今夜はこの近くで野営する』って言った時点で、見え見えよ」
「うぅ……」
既に、レーナとポーリンには、マイルの行動の大半は先読みされるようになっていた。マルセラ達ほどではないが……。
「さ、行くわよ!」
「はい……」
勿論、目指すはあの洞窟である。
「魔族の人達は、洞窟の中で野営している、って言ってましたね。多分、寝るのはあの一番奥のところで、入り口に近いあたりに不寝番が立つと思うのですが……」
「ま、そんなところでしょうね」
マイルの予想に、レーナが同意する。
そして洞窟の近くまで行ったところで、マイルが探査魔法を使用。
「入り口をはいってすぐのところに、ふたり。あとは、奥のようです。予想通りですね」
そして、マイルが睡眠魔法を使用した。魔族の顔の前に、昏睡するよう薬品を漂わせたのである。
テレビドラマのように、ハンカチに染み込ませたクロロホルムやエーテルで一瞬のうちに、ということは、現実にはあり得ない。吸気による麻酔にはもっと時間がかかるし、下手をすると呼吸機能まで麻痺して死んでしまう。
しかし、そこは、地球とは比べ物にならない技術の産物、ナノマシンである。マイルが希望する通りの、瞬間的に効果を現して、生命に影響なく、後遺症も残らない無色無臭の薬品、というリクエストに応えることなど造作もなかった。
そして、座ったまま、静かに意識を失うふたりの魔族。
これが、魔族が立っていた場合には、マイルも他の方法を考えたであろう。立っている状態から岩の地面に倒れたら、大怪我や、場合によっては死ぬこともあり得る。しかし、座った状態ならば安心であった。
眠り込んだ魔族を横目に、洞窟の奥へと進む『赤き誓い』の4人。
そしてしばらく進み、行き止まりの場所が近付いたところで、再びマイルが睡眠魔法を使用した。
元々全員が眠っていたので、見た目には何も変化はないが、これで、少々のことでは意識を取り戻すことはない。しかし、念の為にと、マイルは魔族達の周囲に遮音魔法も掛けておいた。
「じゃあ、行きましょう」
そう言って、マイルは扉の壊れた「エレベーターのように見えるもの」ではなく、そこから少し離れた岩壁を、何やらごそごそと弄り始めた。
「ええと、確か、こうやって……」
前回探査した時、階段らしき空間を探知し、ナノマシンに頼んで入り口が開くか調べて貰ったのである。その結果、入り口はカモフラージュされているだけであり、開閉機構は健在、施錠はされておらず、錆び付いて固着したりもしていない、ということであった。
非常用なのでロックしたりはしないのか、それとも最後に使った者がロックをし忘れたか、あるいはその余裕がなかったのか……。
かちり
マイルが岩の小さな出っ張りの下側を指で探っていると、小さな音がした。
「よし!」
岩の出っ張りを掴み、力を入れて横へと引っ張ると、岩壁の一部が音も無く動き、小さな空間が開いた。
「こ、これは……」
「非常口、の類いだと思います。非常口に鍵が掛かっていては意味がないからか、鍵を掛けるのを忘れたのかは分かりませんが、ま、私達にとっては都合が良かったですね」
これを作った連中の施錠技術がどのようなものなのか、想像もつかない。
まぁ、ナノマシンに機構を調べて貰うか、力尽くで破壊する、という方法はあるが、今まで長い年月を耐えて存続した遺跡を簡単に破壊するのは、マイルには心情的に抵抗がある。
マイルに続いて皆がその入り口から中にはいると、そこには地下へと続く階段があり、そしてやや暗めの明かりに満たされていた。
そう明るくないのは、ヨーロッパ人が色素や太陽光の強さの関係で日本人より暗い照明を好むのと同じ理由なのか、ただの通路なのでそこまで明るさを必要としないからなのか、はたまた単なる経費やエネルギーの節約のためなのか……。
そしてその照明は、松明や電灯ではなく、壁全体が、というか、空間そのものが明るい、というような、光源が分からない不思議な照明であった。魔法なのか、科学技術的なものなのかも分からない。
マイルは、前世で読んだ本の文章を思い出した。
『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』
そしてマイルは、考えるのをやめた。
いちいち何でもかんでもナノマシンに聞くのは面白くないし、今はそんな時間もない。
明かりがあるので、マイルは安心して入り口をそっと閉じた。
おそらく扉の外側では、またピッタリと閉じて、全く見分けがつかないただの岩壁になっているのだろう。
「行きますよ。多分すごく古いものだから、住人がいるとは思えませんけど、侵入者対策の罠があったり、古くて階段が崩れたりするかも知れません。ゆっくり、そっと静かに歩いて下さい。
そして、余計なものに触らない、大声を出さない、何かに気付いたらすぐにみんなに知らせる、ということを絶対に守って下さい」
マイルの言葉に、真剣な顔で頷くレーナ達3人。
ゆっくりと階段を降りながら、マイルは考えていた。
(前の遺跡とは違う……。あっちは、あの凄い壁画はともかくとして、全て今の技術でできるものばかりだった。膨大な手間と根気は別にして。でも、これは……)
そう、明らかに違っていた。この照明といい、床や壁の滑らかな加工といい、地下深くへと続く階段といい……。
洞窟の中は、あの「エレベーターに見えるもの」を除き、ある程度人の手が加えられているとはいえ現在の人間にも加工できる程度のものだ。「エレベーターに見えるもの」にしても、マイル以外の者が見れば、堅固な宝物庫か金庫室にしか見えず、そう見るならば別におかしな所はない。
万一人間、もしくはその系統の生物がここを発見した場合に備え、わざとそうしたのであろうか。ただの『宝を隠した洞窟、しかし既に宝は盗まれた後の、はずれ洞窟』と思わせ、これ以上の侵入を阻止するための。
(ならば、この先にあるのは、古竜やクーレレイア博士が言っていた、『先史文明』とやらの遺跡? でも、そんなに古いものなら、記録類も機械も、いや、金属そのものが腐食して、地面に粉末状の塵が積もっているだけなんじゃあ……。
洞窟とこの階段は、いくら加工技術や地下深くへと延びたその工事技術が優れていても、材質としては岩を削っただけだし、明かりは、もしかすると単なる発光性の鉱石があるだけなのかも知れないし。
岩は最も長持ちする建材だし、発光性は、半減期がウラン235や238のように、数億年とか数十億年とかのものも……、って、怖いわ!
いやいやいやいや、優れた文明なら、人体に有害な放射線なんか、使うはずが……)
歩きながら難しい顔で考え込むマイルに、レーナ達も、神妙な面持ちで、黙って歩いていた。
「長いわね……」
階段を降り始めて、既にかなり経っていた。街道や森の中を歩くのには慣れているレーナ達も、こんなに長い階段を降りることには慣れていない。当たり前である、この世界に、高層建築物など存在しないのだから。
お城であれば、そこそこの高さのものがあるが、それでも大した高さではないし、そもそもレーナ達がお城で上り下りをする機会などあるはずもない。そして、最大の問題点は。
「ひ、膝と腰が……」
そう、ポーリンから泣きが入ったとおり、長い階段を下ると、膝と腰に来る。特に、慣れていない者には。
更にしばらくして、ようやく終点らしき場所に辿り着いた『赤き誓い』の面々。
途中に扉や分岐路がなかったことから考えると、やはりこの階段は普段使いの実用的なものではなく、最下層から真っ直ぐ地上に向かうための、緊急用のものであった可能性が高い。
そして、突き当たりにある、ただひとつの扉。
「……行きますよ?」
マイルの言葉に、再び黙って頷くレーナ達3人。
そして、そっと、ほんの少しだけ扉を開けて、向こうを覗いたマイル。
ぱたん
そして、マイルはそっと扉を閉めた。
「……な、何かいた…………」
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某部分、加筆。湯気と光線、減筆。……らしいです。(^^)/