161 第2の遺跡
護衛班の者達から事情説明を受け、呆れ果てた、という顔をする調査班の面々。
「ザウィン、お前なぁ……」
「言うな! 頼む、何も言わないでくれ!」
責める調査班員に、ただ頭を下げる護衛班のリーダー。
どうやら、名はザウィンというらしい。
ここまでの道すがらにマイル達が聞いた話では、魔族達の調査隊は指揮系統が護衛班と調査班に分かれており、調査に関する判断は調査班のリーダーが、戦闘やそれに付随する撤退等の判断は護衛班のリーダーが決定権を持っており、それには全員が従うことになっているらしい。
つまり、護衛班のリーダーであるザウィンが降伏すると決定した場合、調査班も含め、全員がその決定に従わなければならないそうである。
「しかし、どうするんだよ! 俺達が捕虜になって人間達に尋問されるのかよ! そんなことが許されるはずがないだろうが!
そうだ、お前達は負けて捕虜になったとしても、俺達、新たな戦力が出現したわけだから、俺達が勝てばいいんだろう? そして捕虜を奪還すれば、何の問題も無いわけだ」
調査班のリーダー、ヘルストの言葉に、うんうんと頷く調査班員ふたりと、ふるふると首を横に振る護衛班の5人。
「やめとけ……」
「しかし、お前達は相手が人間の小娘だからと油断していたり、たまたま隙を衝かれただけだろう。まともにやり合えば……」
そう言い募るヘルストに、ザウィンが呆れたような顔で言った。
「さっきの話、ちゃんと聞いていたのか? 戦いは順番にやったと言っただろう。次々と敗北を重ねていくのを見ていて、それでも油断したと言うのか? そして、『たまたま』が4回、いや、見張りのコーイアルを先制で倒されたのも入れると、5回か、それだけ続いたと?
お前、俺達を馬鹿にしていないか?」
「……」
護衛班のザウィンの言葉に、黙り込む調査班のヘルスト。
「これは、護衛班リーダーとしての判断であり、命令だ。
俺達は彼女達には勝てない。本気での戦いになれば、全滅、もしくは半殺しにされて捕らえられ、人間の街へ連れて行かれる。そうなると、その後どうなるか、分かるな?」
「…………」
黙ったままの調査班員達を見て、ザウィンは仕方なくマイルの方を向いた。
「すまん、ちょっと何か見せてやってくれないか?」
マイルは、ザウィンの言いたいことを察して、黙って岩壁の方を指差した。
ちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅん!
場が、しん、と静まり返った。
頭の中で詠唱したにしても、あまりにも早過ぎる魔法の発動。
そして、完全無詠唱での、恐るべき速さでの連射。
岩壁に空いた、深さも分からぬ8個の穴。
……8個。ここにいる魔族の人数と同じ数。
この連射速度、魔法の飛翔の速さ、そして威力。
防げるわけがない。
「………………悪かった」
ヘルストは、ザウィンに謝罪し、頭を下げた。
「お前の実力を知っているのに、その判断を疑った。すまない」
「……」
ザウィンなら、ちゃんと誠意を持って謝罪すれば許してくれる。そう思っていたのに、ザウィンの返事がない。そんなに怒らせたのか、と、ヘルストが頭を上げると。
「お、お、おま、おま……」
ザウィンが、人間の少女を指差して、ぷるぷると震えていた。
「お前、手を抜いてやがったのかあぁっ!」
「じゃあ、事情が分かり問題ないと判断すれば、別に俺達を捕らえようとかいう気はないんだな?」
マイルが何とか言い訳をして激昂するザウィンを宥め、一同はようやく話し合いを始めることができた。話は、主に魔族側はザウィン、『赤き誓い』側はマイルが行っている。
「はい、大体のことは古竜の、えぇと、ベレデテス、とかいう使い走りの竜から聞きました。なので、人間側もそれを知っており、今頃はその情報を各国に知らせている最中だと思います。
だから、皆さんもその範囲内で行動されており、人間の領地に手出しされるつもりがない、ということが確認できれば、そのように報告して終わりです。
いえ、ここの領主や国王がどう判断し、どう対処されるかは分かりませんけど、少なくとも、調査を請け負った私達の任務はそれで終わりますから、このまま帰りますよ。多分、国や領主も、下手な手出しはしないだろうとは思いますが……」
「ベレデテス様を知っているのか! し、しかし、『使い走り』とは……」
「え、自分で言ってましたよ、『ただの連絡員に過ぎぬ』って」
「連絡員と使い走りは違うだろう……」
ザウィンはそう言うが、上位種の古竜であるベレデテスをフォローしただけであり、本当は「言われてみれば、確かに使い走りだよな、ベレデテス様がされている役割は……」と、マイルの言葉に納得していた。
そして、マイル達が本当にある程度の事情を知っていることが確認されたため、ザウィンは『喋っても問題ないこと』、『既にマイル達が知っていること』の範疇で話してくれ、マイル達にとってはそれで充分であった。但し、いつまでここに滞在するか、ということは、調査の進展状況によるため、未定であるが。
その、調査の状況であるが。
今、マイル達が話をしている、少し広くなった場所。その突き当たりの岩壁に、あるのである。あるものが……。
「あの、あれは……」
マイルが、とうとう我慢できずに調査班のヘルストに聞いた。
あの、ザウィンが声を掛けて曲がり角を曲がり、調査班の3人の姿を見た瞬間。その時から、ずっとマイルの視界にはいっていた、それのことを。
「ああ、行き止まりにあった、宝物庫と思われる小部屋だ。金属のようなものでできているし、小さいから、金庫と言った方が良いかも知れないがな。
苦労してようやく開けたというのに、中身は空っぽだった。まぁ、宝物なら、ここを放棄するときに持っていくのは当然だからな」
「…………」
あの、遺跡の時と同じであった。
魔族やレーナ達には、それは宝物庫か金庫に見えた。
しかしマイルには、それはこう見えていた。
ドアを無理矢理こじ開けて壊された、エレベーター……。
地球より遥かに進んでいたと思われる先史文明の人々が、マイルがひと目でエレベーターと分かるようなレベルのものを使うだろうか。もっと想像を絶した移動手段を使っていたのではないか。
一瞬そう考えたマイルであったが、すぐに考え直した。
別に、先史文明は一夜にして滅んだわけではあるまい。徐々に衰退していったならば、末期には技術力も器材もその大半が失われていたかも知れない。
それに、いくら科学が進んでいても、古い技術を用いることもあるだろう。必要性、安全性、持久性、維持経費、その他様々な理由で。
いくら科学が進んでいても、隣の部屋へ行くのに転送機は使わないだろう。また、地球でも、デパートにはエレベーターやエスカレーターがあるが、階段も必ずついている。更に非常階段があったり、緊急脱出用の避難器具も装備されていたりもする。もしかすると、これは非常用の脱出シューターに当たるのかも知れない。
また、見た目は地球のエレベーターに似ているが、実は転送装置だったり、ケーブルではなく重力制御や磁気浮上式かも知れないし、動力源は対消滅エンジンだったりするのかも知れない。
ただひとつ、言えることがあるとすれば。
この年季の入り具合からすると、とても動くとは思えなかった。
もし動く素振りがあったとしても、怖くてとても乗る気にはなれない。
そしてそもそも、たとえつい先程まで機能を失っていなかったとしても、扉が破壊された今の状態では、恐らく安全機構が働いて稼働しないであろう。
そしてマイルは、こっそりと探査魔法を発動させた。
そう、もしこれがエレベーターに相当するならば、階段や、点検用の作業坑に相当するものがあるかも知れない、と考えて。
「では、我々はこれで。今夜はこの近くで野営して、明朝、出発します。
ただの調査らしく、問題はない、と報告しておきますが、調査や交渉のための使者が来る可能性があることは念頭に置いておいて下さいね。しばらくすれば前の遺跡の話が伝わって、人間側の対応も統一されるとは思いますが……」
『赤き誓い』を代表してのマイルの言葉に、魔族達は頷いた。
そしてマイル達が立ち去ろうとした時。
「ひとつだけ、教えてくれ。今の人間達は、お前達くらい強い奴が大勢いるのか?」
そう問い掛けたザウィンに、マイルが答えた。
「私達ハンターは、見習いのGランクを除いて、下からF、E、D、C、B、A、Sの7つのランクに分かれていることは御存じですか?」
「あ、ああ、それは聞いたことがあるが……」
「私達は、その内の、Cランクハンターです」
「なん……だと……」
唖然、呆然、愕然。
マイル達が去ったあとには、口をぱかりと開けた8つの石像が立っていた。