160 流星雨
迫り来る、まるで流星雨のような火球の群れ。
しかし、マイルは慌てず、その両手に握り締めた剣を振った。
「秘剣、雑魚Bに流星打法!」
雑魚であっても、この技が使えればBランクになれる、という秘剣。勿論、マイル考案である。
マイルはカクカクと剣筋を鋭角で素早く動かし、爆発させることなく次々と火球を消し去った。
そして、別に、剣が砕けて破片が飛ぶようなことはなかった。
「な……」
「次は、こちらから行きます!」
そう言ってマイルが振った剣から、真空の衝撃波が発生して魔族リーダーに向かって飛んでいった。即死させないよう、その飛ばされた真空の衝撃波は、相手の膝のあたりを狙って放たれていた。
「対魔族剣、真空飛び膝斬り!」
「うおっ!」
自分の膝のあたりを狙って飛来した、三日月形の白いものを全力の跳躍により躱した、魔族リーダー。まともに喰らえば両足が落ちそうな気がしたので、必死であった。
「あ、危ねぇ!」
しかし、安心したのも束の間、既にマイルは次の魔法を撃つ準備を終えていた。
「悪ガキの雪合戦!」
マイルが魔法名のみの詠唱省略魔法を唱えたが、『雪合戦』という魔法名に反して、マイルの頭上に現れたのは10数個の握り拳ほどの大きさの火球であった。
握り拳と言っても、マイルの手での話なので、そう大きくはない。そして炎の色は、赤。ということは、温度も、火魔法としては低い方である。
「シュート!」
一斉に魔族のリーダーに向かう火球の群れ。
(あの数では、避け切れん。しかし、ひとつひとつは小さいし、速度もそう大したことはない。
火魔法は氷魔法と違い、物質としての実体があるわけじゃない。魔力塊による熱と火焔だけなので魔法障壁で防げるし、もし障壁を抜かれたところで、あれならば障壁で弱まったものを一発や二発喰らったところで、大したことはない!)
このまま距離を取って魔法の撃ち合いを続ければ、劣勢になる。
そう判断したリーダーは、勝負に出た。
そう、火球の群れを突破して、相手が苦手とする近接戦闘に持ち込むのである。
「魔法障壁!」
前方に障壁を形成した魔族のリーダーは、左腕で顔面を守り、右手に握ったスタッフを構えて、マイルに向かって突進した。
「うおおおおおぉ!」
そして、あっさりと魔法障壁を突破し、あまり威力が落ちたようにも見えず飛び続ける火球の群れ。
(くそ、思ったより向こうの魔力が強かったか! しかし、障壁で弱まった火球であれば、数発喰らっても耐えられる! 杖の一撃さえ加えられれば、勝負は決ま……)
どすっ!
その時、腹に当たった火球の衝撃と痛み、そしてその運動エネルギーによって、魔族リーダーの足が止まった。腹を手で押さえ身体を屈めたため、左腕がずれて正面に晒された顔面。
がんっ!
そして、良い音を立てて額に命中した、2発目の火球。
どす、ごん、がき!
更に立て続けに3発が命中し、魔族のリーダーの身体はゆっくりと後ろへと傾き、そして倒れた。
そう、マイルが詠唱した魔法名は、火魔法にも拘わらず、『悪ガキの雪合戦』であった。
そして悪ガキというものは、雪合戦において、雪玉の中に石を仕込むものであった。
その名を冠されたマイルの火球も、勿論その意図を読み取ったナノマシン達の手によって、その中心に石が仕込まれていた。
なので、魔力関係は防ぐが物質は防げない魔法障壁は火球の外縁部を少し弱めたに留まり、その質量と運動エネルギーという『物理的な力』には殆ど影響を及ぼさなかったのである。
頭部に受けた、少女の握り拳大の石の一撃。
大人を気絶させるには、充分過ぎるインパクトであった。
地面に転がり、外縁部に纏っていた炎が消え、その正体を現した、元・火球、現・石。
「「「「酷ええええええぇ!!」」」」
観戦組の魔族達から、一斉に叫び声が上がった。
「『赤き誓い』、完全勝利です!」
「「「おおおおお!」」」
そして、30分後。
「……ここだ」
魔族達に案内されてやってきた、岩山の一角。そこには、何やら目立たぬ感じの小さな洞窟、というか、岩の隙間のようなものが、隠れるような形で口を開いていた。どうやら、大きな岩で塞がれていたものが、何かの原因でその岩がずれて隙間が開いたらしい。
最初から捜すつもりで来たのならばともかく、滅多に人が来ない岩山の、それも通常の登りやすいルートから完全に外れた場所で、しかも張り出した岩で隠されるようになったこのような隙間、そうそう発見されるものではないだろう。
「この中に、調査班の連中がいる」
このチームは、護衛としてこの5人、調査員として他に3人がいるらしい。
情報に基づいて遺跡を捜す時は、3人の調査員にそれぞれ護衛がひとりずつ付き、あとのふたりはバラバラで遊撃、つまり人間や魔物の接近を事前に発見するために前進警戒に当たっていたらしい。しかし今は、それらしいものが発見されたため調査員は全員が集結し、護衛達は調査員のところに3名、周辺警備に2名が出ていたが、『赤き誓い』を発見したため護衛全員が出張ってきた、とのことであった。
魔族達の案内で、少し狭い入り口から洞窟の中にはいると、すぐに立って歩けるだけの高さと、人間ふたりが並んで歩けるだけの広さになった。床や壁は、岩肌そのままである。
しかし、少し歩くと、様子が変わってきた。
「……人の手が入っている?」
そう、レーナが呟いた通り、床や壁、天井に、明らかに加工された様子が現れてきたのである。
「あの遺跡と同じようなものかしら……」
しかし、それに答える者はいない。マイル達にも分からないし、魔族達は、そもそも『あの遺跡』というのが何なのかを知らないので、当たり前である。
通路らしきこの道は、魔族達が何度も往復したからか真ん中寄りは岩の地肌が出ているものの、外側は塵や埃が積もっており、とても普段から使われているとは思えなかった。
こういう洞窟は、獣や魔物が住み着いていてもおかしくないが、その様子もない。それはたまたまなのか、何らかの理由があるのか……。
「俺だ!」
曲がり角の手前で、リーダーの男が大声で叫んだ。侵入者かと警戒させないためであろう。
「おぅ、お帰り! 人間の美少女ハンターとやらはどうだった?」
奥から返された声に、『美少女』と言われて、てれてれする『赤き誓い』の4人。
そしてそれを見て、「お前らが、そんなタマかよ!」という、呆れ顔の5人の魔族。
「な、何だそいつらは!」
曲がり角から姿を現した護衛の魔族達と『赤き誓い』を見て、調査担当の3人の魔族達が驚いた顔で声を上げ、反射的に身構えた。
「捕らえたのか? しかし、どうしてここへ連れてきた! 追い払うだけ、という話だったろう。
わざわざここのことを教えてどうする! いったい何を考えて……」
そう言って非難する調査班の3人に対して、護衛リーダーは情けなさそうな顔で説明した。
「いや、捕らえられたのは俺達の方だ。つまり、捕虜にされて、案内させられた。
すまん。本っ当に、すまん……」
リーダーと一緒に、頭を下げる他の4人。
「「「え……」」」
調査班の3人は、その、あまりにも予想外の信じがたい話に、ただ呆然と突っ立っているだけであった。