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159 魔族とは『魔法が苦手な種族』の略ではないかという疑惑

 マイルはちらりと視線を外し、レーナが皆をバリアの圏内に入れているのを確認した。これで、どんな魔法を使っても大丈夫である。自分の目の前にいる男以外は。

 周囲も、貧相な樹木がまばらに立ってはいるが、大半は岩場であり、環境破壊の心配もない。

「行きます!」


 ぶぅん……

 マイルが構えた剣から振動音が聞こえ、そして剣身が青く輝いた。

「なっ!」


 魔法剣。

 魔法も剣術も使えない、お飾りの身分が高いだけの少女、と思っていたところに、先程の目にも留まらぬ高速の魔力弾。魔法の腕はそこそこあるのか、と思っていたら、今度はどうやら剣を使うらしい。それも、剣身に魔力を纏わせるという高等技術を使って。

 しかし、いくら魔法剣が使えても、剣技がお粗末では、あまり意味がない。

 そして剣技の才がないことは、先程判断した通り、身のこなし、筋肉の付き方、そして傷ひとつ無いすべすべの手足と華奢な体格から、確実に、間違いのないことである。

 魔法の才がないと思ったのは、剣を装備している、ということからそう判断しただけであり、それが間違っていたのは仕方ない。しかし、今度は観察による客観的事実である。間違いはない。

 そこそこ使えるであろう魔法ではなく剣に切り替えたのは、魔力が少なく、先程の1発が精一杯だったのか。

 いや、それならば、持続的に使用している、あの魔法剣は何なのか。それに、そもそも先程の魔法の一撃を俺に命中させれば良かっただけのことだ。

 いったい、何を考えている?


 その時、魔族のリーダーの頭に、嫌な考えが浮かんだ。


 ……遊ばれている?

 まさか。まさかそんな……。

 俺が。調査隊の護衛リーダーを任された、この俺が、脆弱な人間の、しかも、年端も行かぬ小娘に?

 馬鹿な。馬鹿な馬鹿な馬鹿な!


 リーダーの頭の中が、一瞬、真っ白になった。そして無意識のうちに、頭の中で攻撃呪文を詠唱していた。

「ファイアー・ランスうぅ!」

 一瞬のうちに燃え上がった怒りに任せた、過剰なまでの魔力を込めた詠唱省略による攻撃魔法。

(しまった!)

 撃った瞬間に正気を取り戻したが、もう遅い。致死性の強力な炎系攻撃魔法が、少女に向かって突き進む。最早、誰にも止められない。その攻撃を放った本人を含めて。

(死んだ!)

 5人の魔族が皆、そう思った瞬間。


 ばしぃっ!

 炎の槍が、剣によって薙ぎ払われた。いとも容易く、無造作に。

「「「「「馬鹿な!!」」」」」


 マイルは、口をきゅっと一文字に結んでいた。

 普通、これは不安や緊張を表す動作であるが、マイルの場合は、少し違う。

 そう、それは、マイルが緩みそうになる顔を保つための行為であった。

「どうやら、機嫌が直ったみたいね」

 レーナが言う通りであった。

 やっと面白くなってきた。

 それは、マイルがそう思っている顔であった。


 バリアは使わない。相手の攻撃を全部バリアで弾き返しては面白くないから。

 そして、攻撃魔法の威力は落とす。相手の防御を簡単に抜いては面白くないから。

 舐めプ? いやいや、これはハンデ戦だ。

 これがみんなの勝敗に拘わるなら、決してそんなことはしない。でも、団体戦の勝敗は既に決しているのだから、少しくらいは楽しんでもいいだろう。

 マイルは、そう考えていたのである。


「炎弾!」

 リーダーが詠唱省略で放ったのは、ただの炎弾ではなかった。

 4発同時。頭部と下腹部と身体の両脇を狙ったそれは、しゃがもうがジャンプしようが左右に避けようが、必ず1発は当たるというものであった。しかも、ファイヤーボールと違って、当たれば爆発する。素早く撃てて必中、爆裂効果付き。

 最早、手加減する気はカケラもなかった。そんなことをして勝てる相手ではない。ようやくそれに気付いたのである。

 殺しさえしなければいい。そうすれば、怪我は治癒魔法で何とでもなる。


 4つの炎の弾がマイルに向かう。高速ではあるが、しかしそれは銃弾に較べると非常に遅かった。マイルであれば、体捌きだけで簡単に避けられたであろう。しかし、それでは面白くない。

 マイルは、敢えてそれに正面から立ち向かった。剣を握って。


 ひゅひゅん!


「え……」

 消えた。

 4つの炎弾が、一瞬の内に。

 レーナとポーリンには、マイルが剣を振ったらしい、ということしか分からなかった。しかし、優れた動体視力を持つメーヴィスと5人の魔族達には、かろうじて判別できた。マイルが剣を縦、横の2回振り、魔族のリーダーによって放たれた炎弾の全てを斬り、消滅させたということを。


「なぜ、なぜ爆発しない!」

 リーダーが叫んだ。

 そう、爆裂性の炎弾なのだ、剣で斬れば、その時点で爆発する。そして多少の被害を与えるか、悪くても相手の体勢を崩し、かつ一瞬でも視界を遮ってくれたはずである。そしてそれは、次なる攻撃を確実なものとしてくれたはずであった。

 それが、消滅した。爆発することなく、ただ、消え去ったのである。


 普通に剣で斬れば、確かにその瞬間に爆発したであろう。しかし、マイルは剣に魔力を纏わせていた。その魔力により炎弾の魔力を相殺したのである。

 その時、マイルの頭の中には『対消滅』という物騒な単語が浮かんでいたが、ナノマシン達はちゃんと、マイルは別に反物質を生成して、などと考えているわけではないことを察して、普通にエネルギーの相殺を行っただけである。このあたりの融通が利くところがナノマシン達の凄いところなのであるが、マイルは全く気付いていなかった。


「炎弾!」

 そして、今度はマイルが、全く同じ魔法を放った。上下左右、4発の同時発射である。

 戦艦は、普通、自分の主砲と同じ威力の攻撃に耐えられるよう装甲強度が設計される。ならば、この魔族も、自分と同じ攻撃に耐えられるだけの技を身に付けているはず。それを見せて貰おうと思ったのであった。


「くっ!」

 魔法が得意であれば、前面に魔法障壁を張れば済むことである。

 しかし、しょぱなのマイルのあの攻撃の貫通力を見た以上、無用な危険は冒せない。ここは、安全策である。

 被弾数を極力減らし、そして急所への被弾を避ける。そのためには、左へ避け、頭部と下腹部、そして心臓を弾幕から外し、唯一残った右胸部への被弾コースの炎弾に向けて迎撃を行う。

「フレア・ランス!」

 相手の攻撃の強度が分からない。その場合には、強めの魔法を撃つしかない。それも、速く撃てるものを。

 魔力の無駄遣いになるが、仕方ない。それが、「情報量に劣る者の、自業自得」なのであるから。

 それが嫌なら、相手の情報を充分手に入れておくか、自分の魔法に自信を持てば済むことであり、それをしなかった者に文句を言う資格はない。


(相殺したか! 次は、ファイヤー・ジャベリンかファイヤー・ボールでいいか? いや、強度を落とした迎撃で、もし万一抜かれたら……)

 悩ましい。もし判断を誤れば、格下の者の攻撃を受けて敗北する。かといって、毎回過剰な威力の魔法で迎撃していては、相手の魔力量が人間としてはかなり多かった場合、魔力が尽きて人間に負けるという、およそ考えられる限り最悪の結果を招いてしまう。もしそんなことになれば、それこそ、末代までの笑いものである。


(いや、待て! 俺は、何を弱気なことを考えている!

 防御のことなど考える必要はない、相手に攻撃の暇など与えなければ良いのだ。

 攻めて攻めて、主導権を取る!)


 魔族のリーダーは、なぜか攻撃の手が止まった対戦相手の隙を衝いて、全力攻撃に出た。

 一発ずつの威力より、手数を重視した連続攻撃。そう、先程の、レルトバードと相手側の女性剣士との戦いのように。

 今度は、撃ち勝つのは自分の方である。

 そして、威力より連射速度重視の攻撃魔法ならば、基本中の基本、これしかない。戦闘中なのであるから無詠唱にする必要はない。速く、そして威力を上げるには、詠唱本体は頭の中で素早く唱え、口に出すのは魔法名だけ、つまり詠唱省略魔法である。

「……ファイヤー・ボール!」

 ひゅん!

 小振りではあるが、同時に5発の赤い火球が相手に向かって飛んでいった。


 しかし、それだけでは終わらない。

 「ファイヤー・ボール! ファイヤー・ボール! ファイヤー・ボール!」

 連続で放たれる、5発ずつの火球。

 最初に頭の中で詠唱して、後は同じ魔法なので、魔法名を連続して口にするだけで連発できる。魔族お得意の、連続発射である。これが使える者が多いため、魔法対決では魔族に勝てない、という定説が流布されたとも言える、魔族定番の攻撃方法である。

 考えてみれば、それを上回る連続攻撃を行ったメーヴィスは、持久力を除けば、ある意味「魔族を超えた」と言えなくもない。魔族達が愕然としたはずである。


 そして、多数の火球が、流星雨のようにマイルに向かって降り注いだ。

 このうちの数発が命中すれば、華奢な少女はひとたまりもなく戦闘力を喪失するであろう。

 しかし、マイルは剣を握り締めたまま動かず、それを避けようとする様子はなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] マイルの初対人魔法戦が熱い! レーナとポーリンの出番を奪わないように、滅多に魔法戦しないのだろうけど。 メーヴィスのような、魔法剣士戦も見たかったな。 剣技と魔法の二頭追う者は一頭得ずとど…
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