156 団体戦 次鋒
先鋒戦、勝者、『赤き誓い』ポーリン。
そして、第2戦、次鋒戦は、レーナ対12~13歳に見える魔族の少年。
先程と同じく、見た目はレーナと同じくらいであっても、本当の年齢がいくつなのかは分からない。しかし、それを言うなら、レーナも、実年齢は16歳なのであるが。
対峙する、見た目だけは同年齢に見えるふたり。共に、武術ではなく魔術専門のようである。
「ファイアー・ランス!」
今度は、魔族の少年からの先制攻撃であった。
先程の、あまりに悲惨な戦いを見せられた直後だけに、警戒したのであろう。それも、無理はなかった。
「バリアー!」
レーナの、マイル仕込みの強化版バリアは、他の者達の常識を上回る強度を誇る。そのため、いくら魔族の攻撃であっても、そう簡単には抜かれない。
「な……」
魔族である自分の攻撃が、たかが人間の小娘に簡単に防がれ、動揺する少年。
「炎爆!」
「魔力障壁!」
今度は、レーナの攻撃を少年が防いだ。
「フレア・ストーム!」
「バリア!」
「炎熱地獄!」
「障壁!」
互いの攻撃と防御が続くが、共に相手の防御を抜けず、自分の防御を抜かれずで、なかなか勝負がつかない。
しかし、このまま続くと、当然、そのうち魔力量で劣るレーナに破局が訪れる。そしてそのことは、魔族の少年も、そして当然ながらレーナも承知していた。
何度目かの攻防の後、レーナの攻撃の番になった時。
レーナは魔法の詠唱を行わず、相手に向かって全力で駆け出した。
「え……」
意表を衝かれて一瞬驚いたような顔をした少年であるが、すぐに平静を取り戻した。
「魔法戦では敵わないと判断して、杖による近接戦闘に出ましたか……。
でも、僕は魔族ですよ? いくら魔法戦闘が専門とはいえ、最低限の杖術くらいはマスターしていますし、同じ魔法戦闘専門の人間の少女相手に、武術や体術で後れを取るようなことは……」
余裕綽々の少年であったが、駆け寄るレーナが杖から手を離し、その杖が、からん、と地面を転がるのを見て、混乱した。
「え……?」
近接戦闘の直前で、武器を手放す?
意味が分からない。理解できない。
素手の人間の少女、それも身体はそれ程鍛えていない魔術師とあっては、殴られようが絞められようが、頑健な身体を持つ、魔族である自分が負けるとはとても思えない。混乱に加えてその精神的な余裕もあってか、少年の反応は遅れた。
そして更に、武器も持たない脆弱な人間の少女を杖で殴り倒すことに躊躇い、年齢故のその甘さが身体の動きを縛った。
ぎゅっ!
「え……」
気が付いた時には、少年はレーナにぎゅっと抱き締められていた。真正面から、まともに。
自分の胸に当たる、ふかっとした柔らかい感触。
(こ、これって……)
年齢イコール彼女いない歴であり、女の子に抱き締められるどころか、妹以外の少女には触れたこともない少年は、かあっと顔を赤らめた。
そして、自分の鼻腔をくすぐる、女の子の甘い匂い……。
頭が真っ白になった時、その耳に少女の声が聞こえた。
「じばく魔法、目が点!」
ごおっ!
「ぎゃああああぁ!」
ふたりの身体を、渦巻く炎が包み込んだ。
「しょ、障壁! 魔法障壁いいいいぃ!」
少年は必死で魔法障壁を張ろうとしたが、今まで、障壁というものは自分と相手の間に壁のように張るか、もしくは自分の周囲に半球型、つまりドーム状に張るかのどちらかであり、このように密着された状態で自分を護るような使い方はしたことがなかった。なので、せっかく張った障壁は、その中にレーナと炎も取り込む形となり、何の意味もなかった。
一方レーナは、マイルの指導の下、自分の身体に密着した形でのバリアを張る訓練を重ねていたし、自分の意志で発する炎が自分に対して害を及ぼさないのは当然のこと、と考えるようマイルに誘導されていた。
それらのことをレーナがマスターしたからこそ、マイルはレーナに伝授したのである。この、捨て身の必殺技、『自縛魔法、目が点』を。
自らの身体をもって相手を縛り、相手が驚きのあまり目が点になるような、驚異の魔法。
勿論、命名者はマイルである。
「ぎゃああああああぁ~~!!」
魔法障壁の効果もなく、ただ悲鳴を上げ続けるだけの、魔族の少年。
「や、やめろ! やめろおぉ~~!!」
あまりの光景に凍り付いていた魔族のリーダーが必死の表情で駆け寄り、炎をものともせずに飛び掛かって、ふたりを引き剥がした。魔族の他のふたりは、慌てて水魔法を詠唱して、燃えるふたりに水流を当て続ける。残るひとりも、完治していない怪我の痛みに耐えて、駆け寄った。
レーナを引き離したため、燃える衣服の火はすぐに消え、今度は必死で治癒魔法を掛け続ける魔族の男達。
「手を出したから、私の勝ちね」
そう言うレーナに構っている余裕のある魔族は、ひとりもいなかった。
「では、団体戦3戦目、副将戦です」
マイルの宣言に、苦い顔の魔族リーダー。
苦い顔なのは当たり前であった。何せ、もう魔族側勝利の目はないのであるから。
この後、副将戦、大将戦と連勝しても、2勝2敗で引き分けである。そして万一片方でも落とすようなことがあれば、敗北となる。
魔族である自分達が、それも、重要な任務を与えられた、選ばれし者である自分達が、年端も行かぬ人間の小娘に敗北。それは、生涯に亘って黒歴史として背負って生きねばならぬ、大恥である。
敗れたふたりは、魔族の頑健さと治癒魔法のおかげで何とかなった。一戦目の男性は、マイルが辛味成分を分解する魔法を掛けてやったおかげで、なんとか理性を取り戻している。
ふたりとも、火傷と粘膜は何とかなったものの、心の傷の方は、かなりの重症のようであったが……。
一応、ふたりとも試合の観戦はしている。というか、させている。将来のためには勉強になるであろうし、無理矢理にでも観戦させておかないと、隅の方で丸くなって泣いているから鬱陶しいのである。
まぁ、魔術師は才能があれば年齢は関係ない。しかし、武術はそうはいかない。
あとのふたりは剣士なのだから、もう大番狂わせはあるまい。
魔族のリーダーは、そう考えていた。そう、大抵の者が考えるように。
「『赤き誓い』リーダー、剣士、メーヴィス・フォン・オースティン、参ります!」
「剣士、レルトバードだ。行くぞ!」
魔族といっても、全員が魔術師というわけではない。獣人達の中にも魔術師がいるように、魔族の中にも魔術が苦手な者もおり、前衛の剣士や槍士、弓士等も当然いる。
そしてこの魔族の剣士、レルトバードもそんな中のひとりであり、人間より優れた魔族の身体能力は、彼を恐るべき使い手に成長させていた。
「真・神速剣!」
神速剣では、Bランクか、せいぜいがAランク下位のハンター程度の速度しかない。それでは、魔族の剣士には到底歯が立つまい。しかし、真・神速剣であれば、Aランク上位者並みの速度が出せる。あの上兄様と対等に戦える、この力ならば。
そう思ったメーヴィスであったが。
きぃん!
がきん、きん、きんっ!
数合打ち合って、すぐに理解した。
(……駄目だ、これでは話にならない! 遊ばれている!)
メーヴィスは、己の力を過信するタイプではなかったし、仲間達のためならば泥をすすることも厭わない。
そして、今すするのは、泥ではなく、これであった。
ポケットから取り出した、1つのカプセル。
そしてメーヴィスはそのフタを開けて、効果を高める祈念の言葉を呟いた。
「頼んだぞ、ミクロス!」
一気にその中身を飲み干したメーヴィスは、魔族剣士レルトバードに向かって叫んだ。
「行くぞ! EX・真・神速剣!」
明日、1月14日で、『平均値』連載開始から丁度一周年です。
この一年、ありがとうございました。
活動報告にて、10月31日にお約束しました通り、書籍化秘話の第2話を掲載しました。(^^ゞ
引き続き、『平均値』、そして同時連載中の『ポーション』と『8万枚』、よろしくお願い致します。(^^)/