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153 移動

「それじゃ、失礼しますね」

 ポーリンがフェリシアにそう言って軽く頭を下げ、受注手続きを終えた『赤き誓い』はギルドを後にした。

 しばらく呆けていたフェリシアは、はっと我に返ると、一連の騒ぎを隅の方のテーブル席から眺めていたBランクパーティ、『白銀しろがねの爪』に向かって顎をしゃくった。

 それを受けて、おもむろに立ち上がる、5人の男達。


 剣士ふたり、槍士ひとり、そして魔術師ふたり。

 前衛から後衛の魔術師まで、全員が革鎧レザーアーマーの上から白銀色のブレストアーマーを装着しており、勿論それがパーティ名の由来である。

 Bランクだけあって財政状況には余裕があり、全員が壮年ということもあり、小娘にがっつくようなこともない。なので一連の騒ぎを微笑ましく眺めていたのであるが、さすがに、あの銅貨斬りには驚いていた。

 そして今、あの『このすべフェリシア』からの、顎による「付いていけ」との指示を受け、慌てて立ち上がったのである。


『このすべ』。

 それは、『この者に睨まれた者、全ての希望を捨てよ』の略であった。

 そして勿論、彼らには、顎で示されたその指示に逆らうつもりはなかった。これっぽっちも。

 少し遠出をしようかと思い、必要物資を用意して、最後にギルドに顔を出したところであった『白銀の爪』は、いつでも出立できる状態であった。フェリシアは、当然それを知っていて彼らを指名したのである。

 急いでギルドを後にした『白銀の爪』は、すぐに『赤き誓い』を視界内に捉えた。

 彼女達は何やら立ち止まって話をしているようであり、先程ギルドで聞いていた話の流れから、『白銀の爪』の面々は直接彼女達と接触するのはやめ、距離を空けて付いていくことにした。



「じゃ、『そにっくむーぶ』で行くわよ」

「「「おぉ!」」」

 レーナの言葉に揃って返事し、マイル発案の『赤き誓い』高速移動モード、『ソニックムーブ』の態勢に移行する4人。

 まず、レーナ、メーヴィス、ポーリンの3人が剣や杖、そして背負っていたダミーの荷物を降ろし、全てをマイルの前に置いた。

 マイルは自分の剣や荷物と共にそれらを収納に入れ、代わりに小型の水筒を取り出して、みんなに手渡した。

 そう、みんなの手持ちの荷物を最少にして、移動速度を上げるのである。

 急に賊が現れても、マイルが収納から武器を出して皆に手渡すのには1秒もかからない。それに、魔法を使用する分には関係ないので、視界の良い街道上を歩いている限り、危険が増すこともない。

「目的地、ゴーレムの岩山。『赤き誓い』、出発!」



「あ、歩き出したぞ。いったい何をやっていたのかな?」

「さぁな。さ、付いていくぞ!」

 一定間隔を空けて『赤き誓い』に付いていく、『白銀の爪』。

 しかし、歩き始めてすぐ、彼らは異変に気付いた。

「は、速い……」

「このペースだと、付いていけんぞ!」

「だ、だが、少女の足だ、こんな速度が続けられるわけがない! 何かの事情で一時的に飛ばしているだけだろう、すぐにペースを落とすはずだ」


 そう希望的観測をする『白銀の爪』の面々であったが、そのうち、ひとりがあることに気が付いた。

「……なぁ、あいつら、荷物を持っていないような気がするんだが、俺の気のせいか?」

 追跡に気付かれないよう、そしてたとえ気付かれたとしても、文句を言われる筋合いはない、と突っぱねられるだけの間隔を空けているため、彼女達の姿の細かいところまでは判別できない。しかし、言われてみれば、確かに荷物を背負っているようには見えなかった。


「ギルドを出る時には、確かに全員が荷物を背負っていたよな?」

「ああ。それに、そもそも手ぶらでゴーレムの岩山へ行くはずがないだろう」

「「「…………」」」


 そして、いつまで経っても緩む様子がない『赤き誓い』の移動速度。

 いくら壮年の男性とはいえ、武器と防具を身に付け、水と食料、医薬品、野営用具にその他色々を背負っての徒歩移動は、それ程の速度が出せるものではない。そう、たとえば、小さな水筒ひとつを腰に付けただけの少女達の、軽やかな足取り程の速度は……。


 『白銀の爪』。そのパーティ名の由来となった、白銀色のブレストアーマー。

 お揃いであるその防具は、防御力を上げるだけでなく、パーティの結束の証であり、皆の誇りでもあった。しかし今、それが『白銀の爪』の足を引っ張っていた。

 美しく輝くその金属製の防具は、それなりに重かった。

 ハンターの大半は革の防具しか着けないのには、それなりの理由がある。しかし、それを承知で、後衛の魔術師まで全員が金属製のブレストアーマーを着用しているのはパーティのポリシーであり、機動力の低下より防御力を重視したその方針は、全員が生き延びてBランクになれていることから、決して悪い選択ではなかった。いや、それどころか、このパーティにとっては最適の選択だったのであろう。

 だが、今はそれが裏目に出ていた。


「……駄目だ。すまん、先行してくれ。彼女達が休憩を取っている間に追いつく……」

 魔術師がひとり、脱落した。


「……悪い。置いて行ってくれ。彼女達が野営場所を決めたら、街道まで戻って、俺達が追いつくのを待っていてくれ」

 ふたりめの魔術師も脱落した。

 元々、魔術師は前衛組ほどの体力はないのである。他のパーティと違い魔術師も金属製のブレストアーマーを着けているため、戦いの時には心強いものの、荷物を背負っての移動時には、その負担は馬鹿にならなかった。


「くそ、全然速度が落ちやがらない……」

 魔術師がふたりとも脱落してからしばらく経ち、リーダーがそう愚痴った時、前方の『赤き誓い』が突然駆け出した。

「「「なっ!」」」

 みるみる距離が開く。

「駄目だ、もう付いていけん! 限界だ!」

「ばっ! このままおめおめと戻ったら、フェリシアに……。

 分かってるのか! アレだぞ、アレ! 『このすべフェリシア』だぞ!!」

「そんなこと言ったって……。じゃあ、リーダー、追いかけて下さいよ。そして、野営場所が決まったら、案内しに戻ってきて下さい」

「…………」


 『白銀の爪』の皆は、ようやく理解した。

 あの時、彼女達『赤き誓い』のリーダーらしき剣士の女性が言った、あの言葉の意味を。

『私達の移動には、ついて来れないんじゃないかな……』

 それは、他のハンター達を馬鹿にした傲慢な言葉ではなく、ただ単に、事実を述べただけであったのだということを。



「マイル、そろそろ振り切ったかしら?」

「え……」

「他のパーティが付いてきてたんでしょ。分かるわよ、それくらい。

 でないと、あんたが急に『ちょっと、駆けっこをしませんか』なんて言うはずがないでしょうが」

「あはは……」

 レーナに図星を指され、頭を掻くマイル。

「疲れました。もう、歩いてもいいんでしょう?」

 4人の中では一番体力がないポーリンの泣きが入ったので、そろそろいいかと、マイルは皆に徒歩に戻すよう言った。




「ここね……」

 そして翌日の日没頃、『赤き誓い』は、ゴーレムの岩山と呼ばれる場所へと辿り着いた。ギルド支部で貰った地図と、途中で出会った旅人に道を教えて貰ったおかげである。

 普通のハンターならばもう少し時間がかかるため、暗くなる前には到着できず、更に1泊の野営を行い、翌日の昼前頃に着くことになったであろう。半日の差に過ぎないが、疲れた身体で午後から行動するのと、ゆっくり休んだ身体で朝から行動できるということの差は大きい。


「じゃ、明日に備えて、今日はゆっくり休むわよ。まずは食事の準備をして……」

「その後、日本フカシ話、ですね!」

 何がマイルをそこまで『フカシ話』に駆り立てるのであろうか……。

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― 新着の感想 ―
[一言] ソニックブームっていうから音速擬きのスピードで足元から風魔法出して、3人を抱えて空を飛ぶのかと思っちゃったじゃないですか(笑) 高校生の頃、友達に「なぁ、マッハ1って秒速340mだっけ?」…
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