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151 依頼

 夜2の鐘からおよそ1時間後、大将がファリルちゃんを回収しに来た。

「な……」

 大将は、ノックをしてからドアを開け、室内を見て驚愕に眼を見開いた。

 そこには、マイル達4人に遊んで貰い、きゃっきゃと笑い転げるファリルちゃんの姿があった。

「ひ、人見知りする、内気なファリルが、まさか……」


 そう、この宿を利用する者は、獣人の血をはっきりと継いでいるファリルちゃんを別に差別したり苛めたりはしない。そういう者は、受付カウンターに座るファリルちゃんを見ただけで宿から出ていくか、その時点で騒ぐので、大将が追い出すからである。

 しかし、そうはいっても、やはり微妙なものがあり、あのレニーちゃんとお客さん達のような、馴れ馴れし……、客を客とも思わぬ……、いやいや、フレンドリーな関係とはちょっと違い、少しよそよそしい感じがしていた。

 まぁ、10歳のレニーちゃんに対し、ファリルちゃんはまだ6歳である。あまり世間話もできないし、冗談も通じないので、そういう点もあるのであろうが……。


 ともかく、ファリルちゃんが家族以外の者の前で笑うなど、しかもこんなに笑い転げるなど、大将は今まで見たことがなかった。

 いや、それを言うならば、恥ずかしいことではあるが、自分達家族の前ですら、ここまで楽しそうに笑う姿を見た記憶は、ほとんどなかった。

「…………」

 いくら宿の仕事が多忙とはいえ、少し問題があったかも知れない。

 そう思い、俯く大将であった。




 翌朝、マイル達が食事のため1階に下りると、大将は厨房の中らしく、食堂内で配膳や片付けをしているのは、ファリルちゃんと、やや年上らしきふたりの男の子であった。

(3人兄妹だったのかな? 女将さんは厨房かな?)

 そう思いながら子供達を見てみると、男の子達は、普通の人間に見えた。

(あれ?)


 疑問に思うマイル達であったが、忙しい朝食時にあれこれ詮索している暇はない。

 夕食時と違って、朝食は狭い時間帯に客が集中するので、いくら夕食よりメニューが絞られているとはいえ、結構忙しい。こんな時に余計なことで従業員に手間を取らせるのは非常識だし、さっさと食べてテーブルを空けるのが、良き客の在り方である。

 そう思い、黙って食事に専念する4人であったが……。


(あれ?)

 マイルは、再び首を傾げた。

 厨房の奥にちらりと見えた女性。

 おそらく、あれが女将さん、つまりファリルちゃん達の母親なのであろう。

 しかし、その女性もまた、普通の人間のように見えたのである。

 ちらりと見えただけであるし、ファリルちゃんは隔世遺伝なのかも知れないし、何か事情があるのかも知れない。それは、ただの宿泊客に過ぎない自分達が軽々しく口にすべきことではない。

 マイルは、何も見なかったことにして、黙って食事を続けるのであった。


 いったん部屋に戻った4人は、それぞれダミーの荷物を背負い、部屋を後にした。完全に部屋を引き払った状態である。

 今夜もこの宿に泊まるつもりではあったが、受けた仕事によっては、いったんこの街を離れる可能性もある。それに備えて、どうせ荷物を残すわけではないので、一応精算は済ませておくつもりなのであった。


「精算をお願い」

「え? お姉ちゃん達、出ていっちゃうの!」

 レーナの言葉に驚いたファリルちゃんが悲しそうな顔をしたので、横からメーヴィスが慌てて説明した。

「いや、依頼で遠出するかも知れないから、一応精算しておくだけだよ。いい依頼が無かったり、泊まり掛けじゃない依頼だったら今夜もここに泊まるし、遠出しても、また戻ってくるからね」

 それを聞いて、安心したような顔をするファリルちゃん。

 どうやら、懐かれたようである。

(計画通り……)

 新世界の神のようなことを考えていたマイルが、ふとカウンターの上に置いてある宿帳に目をやると、マイル達が名前を書いた横の空欄に、何やら幼い字で書き込みがしてあった。おそらく、ファリルちゃんが備考欄としてメモしているのだろう。

 何を書いているのか、ふと気になって読んでみると……。


メーヴィス せがたかくてむねがない。たぶんえるふ。

レーナ   きばがある。たぶんじゅうじんのちがまじってる。わたしとおんなじ。

ポーリン  じゃあくなけはいをかんじる。たぶんまぞく。

マイル   ちんちくりん。たぶんどわーふ。


(う、うるさいわ!)

 人間以外、オールスターキャストですか!、と、心の中でガルガルするマイルであったが、さすがに、6歳児相手にそれを表に出すことはない。

 しかし、これがレーナやポーリンの眼に触れたら大変なことになる。

 マイルは、それとなく宿帳のページを(めく)って、自分達の名前が書かれたページを隠すのであった。

(しかし、ポーリンさんの本性を見抜くとは! 凄いです、獣人のカン!)



 そして、精算を終えた『赤き誓い』一行は、ハンターギルド王都支部へ。

「ティルス王国の王都に登録している、Cランクハンターの『赤き誓い』です。

 経験を積むため、修行の旅に出まして、しばらくこの街に滞在する予定です。よろしくお願いします」

「あ、これはこれは、御丁寧に、ありがとうございます。私、受付のフェリシアと申します。

 ようこそ、王都シャレイラーズへ!」

 メーヴィスが窓口で『赤き誓い』がしばらくこの街を拠点として活動する旨を報告すると、受付嬢は満面の笑みで歓迎の言葉を返してくれた。


「御希望があれば、担当の者に、この街についてや、この街の周辺の魔物や採取場所等について御説明させますが、如何なさいますか?」

「……それは、有料ですか?」

「あ、いえ、遠方から来られてしばらくこの街で活動される方には、無料で色々な説明や、近隣の地図等の資料をお渡しすることになっていますので。ハンターの方々の安全を図ったり、無用なトラブルを事前に防ぐのも、我々ギルド職員の仕事ですから」

 無料となれば、文句はない。質問したポーリンを始め、皆の声が揃った。

「「「「お願いします!」」」」


 そして相談用のテーブルで担当者から説明を受ける『赤き誓い』に、多くの視線が向けられていた。

 17~18歳くらいに見える、スレンダーな美女。

 16~17歳くらいに見える、巨乳美女。

 12~13歳くらいに見える、可愛い少女がふたり。

 そして、その内ふたりが、貴重な魔術師である。

 更に、この構成でCランクパーティということは、少なくとも3人がCランクか、もしくは年少のふたりがDランクだとすれば、成人ふたりのうち片方、もしくは両方がBランクだということである。


 12~13歳の少女がCランクというのは、ハンター養成学校がないこの国の者にとっては、異様に見える。いや、養成学校があるティルス王国でも、そんな者は滅多にいない。

 それは、何か途轍もない才能か特殊な能力を持っているとしか思えない。そう、飛び抜けた魔法の才能とか……。


 また、20歳未満の美女がBランクということは、それを更に上回るあり得なさである。

 あれだけの実力と知名度を持っている、あの『ミスリルの咆哮』が、リーダーのグレン以外はBランクなのである。小娘が簡単になれるようなランクではない。

 つまり、このパーティは、『若いけれど一人前の強さと特別な才能を持ち、美女、美少女揃いで、そして男がくっついていない』という、それ、どこの吟遊詩人の『男の願望垂れ流しの詩曲』だよ、というシロモノなのである。


  あのティルス王国では、王都を拠点とするハンターの大半が、あの卒業検定を観ていた。だから、ほとんどの者が『赤き誓い』の新人としては桁外れの能力を知っていたし、だからこそ格下の実力しかない者がちょっかいをかけたり、格上の者が変に絡んだりもしなかった。

 それに、変に手出しをすると、上の方から警告が来そうで怖かった、というのもある。

 『上の方』。そう、高ランクハンターとか、ギルド上層部とか、王宮とか……。

 そして結局、「みんなで見守ろう」というところに落ち着いたのであるが。

 だが、そういう経緯を経ていない場所では、『赤き誓い』は、あまりにも美味しそうに見えた。


 そして今、ここ、ハンターギルドヴァノラーク王国王都支部では、その時ギルドにいた、男だけで構成されたパーティの全てが、『赤き誓い』に話し掛けるタイミングを計り、互いに牽制し合っていた。

 そして『赤き誓い』に対するギルド職員の説明が終わり、マイル達は情報ボードの記事を確認し始めたが、ハンターにとってそれは大事なことなので、邪魔しては印象が悪くなるため、まだ誰も声を掛けることはない。


 情報ボードの次に、依頼ボードの確認を始めた『赤き誓い』。

 声を掛けるのは、『赤き誓い』がどの依頼を受けるかを決め、受注のため受付窓口へと向かう瞬間である。そこで、アドバイスをし、狩り場のことをよく知らないだろうから最初はうちと合同でやらないか、色々と教えてあげられるから、と言って……。

 『赤き誓い』を狙っているパーティの大半が、同じようなことを考えていた。そして互いにそれを知っているからこそ、更に激しい牽制合戦が……。


「あ!」

 その時、マイルが思わず声を上げた。

「どうしたのよ、突然……」

 そう尋ねるレーナに、マイルはボードに貼られた依頼用紙の1つを指し示した。


『調査依頼 ゴーレムの岩山における、不審な行動をするグループの調査。場合によってはその捕縛または討伐』


 その依頼を見て、顔を見合わせる4人。

 その脳裏には、あの、遺跡における獣人達の姿が浮かんでいた。

 日数的に、まだ獣人達による遺跡調査の件はこのあたりには伝わっていないらしい。恐らく、伝える内容の検討やら会議やらに時間を取られているのだろう。


 そして、その依頼用紙をボードから剥がすレーナ。

「……いいのですか?」

 そう尋ねるマイルに、肩を竦めるレーナ。

「受けたいんでしょ。ついでとはいえ、あんたの旅の目的のひとつなんだから。

 ま、あの件とは全く関係のない別件かも知れないし、もしあの件だったとしても、獣人相手なら大したことはないでしょ。

 それに、万一またアレが出てきたとしても、前回のあいつらの名前を出せば、なんとか話し合いで収まりそうな気がするし。そんなに偶然が重なるとも思えないけどね」

 レーナのその言葉に、うんうん、と頷く、メーヴィスとポーリン。

 前回は丸く収まったが、次もうまく行くとは限らないのに、少し楽観的過ぎる。

 そう思いはしたが、この依頼を受けて調査したかったマイルもまた、黙って頷いた。


 報酬額はそこそこであるが、危険度が推定できず、そして目的の相手と出会えるかどうかも分からない不確実な依頼内容であるため、誰も受けようとせず貼りっぱなしになっていた依頼。

 どうやらそれを受けようとしているらしい『赤き誓い』の様子に、合同を持ち掛けようとしていたハンター達は戸惑い、受付へと向かう彼女達に声を掛けそびれていた。


 物事は、自分達が望む通りに動くとは限らない。

 そしてそれは、古竜の言葉、『代わりに各地で調査をさせておる魔族や獣人達の作業状況を確認したり、』という、あの言葉を失念し、今回の相手も獣人達であると思い込んでいた『赤き誓い』の4人にとっても、また同様であった……。

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