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15 女神顕現

 アデルの偉そうな態度に、騎士は激昂した。

「な、何を訳の分からないことを言っている! おい、お前達、さっさとそいつを捕らえろ!」


 騎士に命じられ、兵士達が恐る恐るアデルに近付こうとした時。


「雷よ、神に刃向かう愚か者共に怒りを示せ!」


 どどぉん!


 アデルの言葉と共に4条の稲妻が走り、兵士達の槍の穂先を打った。

「「「「うわあぁぁ!!」」」」

 慌てて槍を放り投げ、尻餅をついた4人の兵士達。


「な、なにが………」

 炎の魔法ではなく、天から落ちた本物の雷。

 魔法ではない何かの力。


「神の……、ちから……?」

 騎士は驚愕に身体を固まらせた。それは、戦いを生業とする者にあってはならない隙。棒立ちである。



 アデルは、雲の下方に負電荷、上方に正電荷を集め、地面に集めた正電荷を槍の穂先に誘導して落雷を起こさせたのであった。

 槍の柄から地面まで電気抵抗の低い電路を繋ぎ、槍を握る兵士の手の平には絶縁皮膜を形成させ、電気ショックは受けるが生命には別状無いよう配慮したアデルは、次の無詠唱魔法に取りかかった。


(よし、次、光線屈折、散乱! 水分凝結、冷却して結晶化、形成! 重力中和、形成維持……)

 アデルはイメージを固め、具体的な現象と完成形を思念として放射した。

 するとすぐにアデルの身体の周りに煌めく光の粒子が舞い始め、背には白くふわふわした雪の結晶が集まり始めた。


「め…がみ……、だと………」


 騎士が弱々しく呟いたとおり、その眼前には、背に白銀の翼を背負い、身体に煌めく光の粒子を纏った少女の姿があった。



「神罰はどれくらいが良いのだ?

 王宮を消し飛ばせば良いか? 貴族と王族、そして兵士共を根絶やしにすれば良いか? それとも国民全てを……」


「お待ち下さい!」


 引き止める2騎の騎士を振り切って、豪奢な馬車から飛び降りた少女が必死に駆け寄って来た。

 十四~十五歳くらいに見えるその金髪の少女は、勿論三の姫、第三王女である。

 騎士の横まで来ると、王女はその場で片膝をついて頭を下げた。


「女神様、どうかお許し下さい! この馬車は私のためのもの。なのでその罰は私ひとりで受けます故、どうか他の者は御容赦下さいませ!」

「ひ、姫様、何ということを! これは全て護衛隊長である私の不徳、責は私が受けるのが当然です! 姫様はただ馬車に乗っておられただけではないですか!」

「いえ、責はその場の最高位の者が取るのが常識です。違いますか!」


(う~ん、責任の押し付け合いじゃなくて、奪い合いか……。ふたりとも、そう悪い人間じゃないのかな……)

 場が混乱して来たし、アデルの目的は男の子を助けてこの場を誤魔化し何も無かったことにすることである。こんな事はさっさと終わらせたい。

 男の子の治療は、既に無詠唱で治癒魔法を発動させている。特に頭部に損傷や内部出血等がないかと、石突きに突かれた部分の骨や内臓はしっかり確認して治癒するよう思念している。



「静まれ! 我は騒がしいのは好かぬ!

 仕方ない、この場は臣下思いの姫に免じて見逃してやろう。だが、次は無いぞ、良いな!」

「承知致してございます! 御寛恕、感謝致します……」


 姫様に対して、何と言う態度。

 バレたら打ち首確実である。


(あと、最後の仕上げ、と)

 アデルは、へたり込んだままの、男の子を突いた兵士に向かって言った。


「そこな者。自らの職務を全うしようとした気持ちは分からぬでもないが、あれはなかろう。そなたが行った非道は、姫が行った非道として伝わるのじゃぞ。

 各国に、『あの国の三の姫は邪魔な子供を殺させる非道の姫である』という話が広まったらどうする。そなた、その責任が取れるのか?」


 アデルの指摘に、己がしでかした事の意味が分かり呆然とする兵士。


「では、我はそろそろ引っ込むとするか……。

 おお、そうじゃ! この者は、我が宿っておることを知らぬのじゃ。決して教えるでないぞ。分かったな! それと、このことは決して誰にも喋ってはならぬぞ!」

 そう言って、兵士達だけでなく周囲の群衆も睨み付けるアデル。

 皆、蒼い顔をしてこくこくと頷いている。


「め、女神様、お願いがございます!」

「何じゃ?」

「国王にだけは、このことを伝える許可を戴きたく……」


 護衛隊長の頼みに、アデルはしばらく考えた後に許可することにした。

 複数の兵士が知ってしまったのだ、国王に教えないわけには行かないだろう。


「仕方ない、許可しよう。但し、国王だけじゃぞ。他の貴族共はダメじゃ」

「はっ、必ずそのように…」


 その時、アデルの頭に名案が閃いた。

 アデルは護衛隊長の方を向き、少し困ったような顔をした。


「のう、この者、貧乏故、少々栄養が足りておらぬのじゃ。

 『その勇気に感服した』とか何とか適当な理由をつけて、そなたの巾着袋から少し支援してやってはくれぬか?」

「は、ははっ、承知致しましてございます!」


 ぽんぽん、と少し自虐的に自分の胸を軽く叩くアデルの言葉に、二つ返事で了承する護衛隊長。

 ……断れるわけがない。


(よし、やった! 支援金、ゲット! あとは幕引きのみ、と……)


 顔が緩みそうになるのを抑えて、アデルは男の子の方に両手を翳した。

「治癒の光よ、傷を癒せ!」


 男の子の身体が光の粒子に包まれるが、それはただの見た目だけであり、効果は目覚ましのみ。治療そのものは既に終了している。

 アデルは光の粒子と背中の翼を消したあと、男の子の上に覆い被さり、先程の『格子力バリア』を張った時の態勢を取った。


「うむ、こんな感じじゃったな。

 では、皆、しっかりと約束を守るのじゃぞ!」


 こくこくと頷く兵士や群衆にちらりと目をやった後、アデルはしばらく目を瞑ったあと、ぱちぱちと数度瞬きをし、驚いたような顔をした。


「……あ、あれ? 痛くない? 槍は? 兵士さんは?」

 そう言って、アデルはきょろきょろと周りを見回した。

 一年前に較べ、演技力は幾分向上したようである。


「う~ん、あれ? お姉ちゃん、誰?」

 魔法の効果で目を覚ました男の子は、痛みを感じている様子はない。

 それを見た人々がざわざわとしているが、迂闊なことは言えないので騒ぎにはならなかった。



「あ、あの、……いや、そこの娘!」

「え? 私のことですか?」

 白々しく、軽く握った両手を口のあたりに当てて眼を見開くアデル。

 今回は、天然ではなく完全に養殖である。


「う、うむ。部下のやり過ぎを諫め、その少年を守ろうとしたその勇気、天晴れである。褒美としてこれを与えよう」 

 そう言いながら懐から巾着袋を取り出す護衛隊長。


(よし、計画通り!)

 アデルが笑いを抑えるのに苦労していると、何と護衛隊長は巾着袋ごと放って寄越した。

 その太っ腹振りに驚くアデル。

 しかし、ふと気が付くと。


 みんなが見ている。

 自分と、その隣りにいる貧しそうな男の子を。

 どう見ても、学園の制服を着た自分より貧しそうに見える男の子。

 その横で、自分がお金を貰って立ち去る?

 ハードルたか~い……。


「こ、これを持って行きなさい!」

「え?」

「騎士のおじさんが、怖がらせたお詫びに、って!」

「いいの? ありがとう!」


(あああああ、せっかくの逃亡資金が……)

 アデルは断腸の思いで巾着袋を男の子に手渡した。少し手が震えている。


 それを見て、護衛隊長は焦った。

 女神様の指示を破ることになるのだから、当然である。

 顔面蒼白となるが、巾着袋が渡されるのを止めるわけにも行かない。

 その時、汗をだらだら流す護衛隊長に助けの声がはいった。


「では、勇敢な少女には、隊長に代わって副隊長である私から褒美を渡しましょう」

(助かったあぁ~!! 副隊長、あとで必ず礼はするぞ!)

 命拾いして安堵する護衛隊長であった。



(らっきー! これで逃亡用の貯金が大幅アップするよ!)


 子供を助けるために反射的に『この世界では知られていない魔法』であるバリアを使ってしまったアデルは、開き直ってこの世界で知られていない魔法を連発することにより『魔法ではない、神の御業』と思わせて女神の振りをすることにしたのである。

 そしてその御威光により、強制的に『事件を無かったことにする』。


 咄嗟の思いつきによる作戦がうまく行き、資金まで手に入れられて無邪気に喜ぶアデル。



 世間知らず。

 経験不足。

 人間の小狡さというものをよく分かっていない。

 それらの欠点が全開であった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 名文句ですね『だが、次は無いぞ』。これ、一度言ってみたい文句。“養殖”の意味を初めて知りました。この小説む、勉強になるなあ。
[一言]  国王に知らされる…なんか嫌なフラグが立った気が…。
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