141 宿屋 6
マイル達は理解した。
姉妹達は、もはや大人達は信じず、そのくせ、差し伸ばされる援助の手は最大限に利用しようとしたのだろう。そして、可哀想な可愛い少女、という、自分達の『売り』を活用することを覚えたのだ、多分。
「何人かが忠告したんだが、聞こうともしやがらなかった。家族ぐるみで仲の良かったうちからなら、と思って、俺とリリーゼも話をしたんだが、『乙女の祈り亭』を潰して乗っ取る気だと思われて、拒絶された。
まぁ、信用していた従業員に立て続けに裏切られたんじゃ無理もないが、あの子達が乳幼児の頃からの付き合いだっただけに、ちょっとヘコんだぞ……」
そう言って、悲しそうな顔をする大将。
「で、まぁ、うちも敵認定されちまってな。営業の妨害をしているだとか、柄の悪い連中を送り込んで邪魔をしているだとか、色々と噂を流されちまってな……。
妨害と言ったって、寝坊して遅れたメリザちゃんが市場に仕入れに行ったら、安くて良い食材を俺が先に買っちまっていた、とかだし、旅人の中には柄の悪い者が普通にいるだろう? それが、あの値段で、従業員が若い女の子だけとなれば、高すぎると文句を言う者や、ちょっと勘違いして悪さをしようとする者も、そりゃいるだろうよ。そういうのが全部、うちの仕業、ってことになってる」
「「「「ああ……」」」」
ご愁傷様です、という顔の、マイル達4人。
「まぁ、宿泊客も食事客も、昔から両方の店に分かれていたんだ、それくらい大したことはない。それに、小さな町だ、事情はみんな知ってるしな。今のままでも、うちは別に困らない。
ただ……」
「ただ?」
「保って、あと1年半だ」
そして大将は、その理由を説明した。
「みんな、まだ8歳のアリルちゃんを抱えた3姉妹に同情している。特に、アリルちゃんと、その面倒を見ながら一生懸命働いている13歳のラフィアちゃんにな。
そして、あと1年半経つと、そのふたりが、今から二度目の誕生日を迎える」
「「「「あ……」」」」
そう。13歳と8歳の少女が2度の誕生日を迎えるということは、それぞれ、15歳と10歳になる、ということである。
成人である、15歳。そして、多くの者が正式に職に就く年齢である、10歳。
10歳ならばハンターギルドにハンターとして正式登録できるし、商家で働く丁稚、技術工房等で親方の教えを受けながら働く徒弟等、皆10歳で仕事を始める。……つまり、成人ではなくとも、社会の一員として認められた、立派な働き手であった。
姉妹3人全員が、普通に働く年齢。自分達が所有する宿屋で3馬力で働いて稼ぐ姉妹に、誰も同情したりはしない。自分達より世帯収入が多い社会人3人組に余分なお金を渡さねばならない理由など、どこにもない。
そこにはもう、同情心だけで割高なお金を出してくれる者が存在する余地はない。
そしてこの町には、宿屋は2軒しかないが、小さな飯屋や居酒屋ならば他にもある。その中で、あの料理と価格で食事客を維持することは難しいだろう。
また、旅人達も、料金を聞けば、平気で宿を替えるだろう。荒熊亭が満室ならば次の町まで足を伸ばすか、次の機会には最初から他の町で宿泊する計画で動くだろう。
それにそもそも、旅人の多くは、何度もここを通過する商人や、大きな街へ行った者が地元と往復する等の、常連さんだ。既に今でも、『乙女の祈り亭』の宿泊客は徐々に減少し始めている。
つまり、『乙女の祈り亭』は、大将が言う通り、保ってあと1年半、なのであった。
「確実に潰れますね」
そして、ポーリンが無慈悲な宣告をした。
「長女と次女狙いの男は通い続けるかも知れませんけど、それだけじゃ、経営が成り立たないでしょう。それに、そういう客だけになれば、互いに牽制し合ったり、新規の客が来ると、ライバルかと思ってガンを飛ばしたりするから、他の客がますます寄りつかなくなります。
結局、毎日、碌にお金を落とさない常連客の溜まり場になって、すぐに最期を迎えますね、間違いなく」
大将は、残念そうな顔で頷いた。
「何とかしてやりたいが、拒絶されてはどうにもならん。
無理矢理説教しようとすると、警吏を呼ばれたり、あそこの常連連中に追い払われる。そしてそれもまた、妨害行為だと吹聴されるってわけだ。まぁ、町の連中の大半は分かってくれているから問題ないんだが……。
あいつら、姉妹を守り助けているつもりでいい気になってやがるが、自分達が姉妹の首を絞め、将来の可能性を潰そうとしていることになんか全然気付いちゃいねぇ。
せいぜい、入り婿になって嫁と義妹に働かせて、とでも考えているんだろうが、その前に宿屋が潰れちまうよ」
「「「……」」」
「じゃ、謎も解けたことですし、そろそろ部屋に戻りましょうか。明日は次の町へ向かって出発ですし!」
「「え?」」
ポーリンの言葉に、ぽかんとする大将と女将さん。
「そ、相談に乗ってくれるんじゃあ……」
興味津々で話を聞き、問題点を理解してくれている様子の、聡明で商売に詳しそうな少女達。
話の途中から、てっきり解決策の相談に乗ってくれるものと期待していたふたりは、ポーリンの予想外の言葉に戸惑った様子。
「いや、知りませんよ、そんなの。
私達はただ、暴利なのに客がはいる宿屋の謎が気になっていただけですから。
その謎が分かってすっきりしましたから、もうこの町に用はありません。
商売というものを舐めてかかった店が潰れようがどうしようが、私達には何の関係もありませんし、そもそも忠告を聞かない相手にはどうしようもないでしょう?
この宿に泊まった以上、どうせもう私達も敵認定なのでしょうから……」
ポーリンの突き放したような言葉に、反論できず黙り込む大将と女将さん。
そして、みんなの間に気まずい空気が流れた時。
「ていっ!」
「きゃっ!」
メーヴィスが、ポーリンの脳天に軽くチョップを喰らわせた。
「困っている人を、あまり苛めるもんじゃないよ」
「…………」
そう、親を亡くし、残された店を必死で守ろうとしている子供達。
それを、ポーリンが見捨てられるはずがなかった。
先程の言葉は、ただ商売人としての道を外れたやり方に少し腹が立ったか、自分の個人的な感情でみんなをこの町に無駄に足止めすることを嫌がったかの、どちらかなのであろう。
そして、それくらいのことが分からないメーヴィスやレーナではなかった。
……ポーリンの言葉を額面通りに受け取っていたマイルを除いて。
「……いいのですか?」
「好きにやりなさいよ。急ぐ旅でもないし、すぐに仕事をしなきゃならない程お金に困っているわけでもなし。
今回は、始めから『面白そうだから、少し首を突っ込んで楽しもう』ってことで滞在を延ばしたんだから、途中でやめずに最後までやるわよ。
遊びや楽しいことは、手を抜いたり途中で投げ出したりしちゃ駄目なのよ」
そう言ってにやりと笑うレーナに、ポーリンも釣られて笑った。
「ふふふ……」
その、あまりにも邪悪な笑みに、メーヴィス、そして大将夫婦が顔を引き攣らせた。
「あの、お仕事の方も、あまり手を抜いたり途中で投げ出したりはしない方が……」
そしてマイルの呟きは、誰も聞いてはいなかった。
「と、とにかく、相談に乗ってくれるんだな?
で、何かいい考えは……」
大将の言葉に、ポーリンは笑顔のまま答えた。
「勿論、ありますよ。
このまま放置していると、あと1年半で潰れるんですよね、向こうの宿屋は。
それを防ぐのは、簡単なことです。
一年半後に潰れないようにするには、今、潰してしまえばいいんですよ」
「「「「「ええええええぇ~~!!」」」」」
言葉のレトリック的には、何となく正しいように聞こえる。
しかし、それに納得する者はいなかった。
……ただのひとりも。