138 宿屋 3
しばらくすると、カウンターに入っていた少女がラフィアとかいう次女を呼び、会計の仕事を任せると、客席へとやって来た。
「皆さん、いつもありがとうございます。両親を失った私達3姉妹がこうやって何とか生きていけるのも、全て皆さんのおかげです。
妹達が成人して良い男性に嫁ぐまで、私がもっと頑張らないと……」
目頭を押さえながらの少女の言葉に、うんうん、と頷く男性達。そして、何人かの男性達の視線が、それぞれの目当ての少女達に注がれる。
((((うわああぁ~!))))
マイル達は、ドン引きであった。
一番下の、7~8歳の少女に注がれる視線もいくつかあることにもドン引きであるが、それはただ単に、両親がいない幼女に対する保護意識、父性愛であると思いたい。
しかし、それ以上に引いたのは……。
((((胡散臭いし、わざとらしいし、媚び媚びだし、……『養殖』だあぁ!))))
そう、その表情といい、口調といい、涙も出ていないのにわざとらしく目頭を押さえる仕草といい、明らかに意図された、『餌をちらつかせた釣り行為』であった。
『役者やのぅ』とか、『恐ろしい子!』とかいうやつである。
女性や年配者は寄りつかないはずである。
同じ女性にはそんな技は通用しないし、年配の男性もまた、小娘の小技や演技など通用するはずもない。
だから、地元の食事客としては、若い男性だけが釣れる。
旅人の宿泊客は、ハンターギルドや商業ギルドで若い男性のギルド職員に勧められるか、適当に選んではいり、若い3姉妹が懸命にやっている宿、と言われては、多少高くとも、宿替えするのも気が引けるのであろう……。
ようやく、全てを理解できた『赤き誓い』の面々であった。
「謎が解けましたね……」
部屋へ戻った『赤き誓い』の面々は、マイルの言葉に大きく頷いた。
「……全く、クソの役にも立たない小技でした。高い宿泊料や料理代金で、大損ですよ!」
不愉快さを隠そうともしないポーリン。
商売人の娘として、ああいうやり方は気に入らないのであろう。
「でも、両親を亡くして、まだ幼い妹を抱えた3姉妹が自分達だけで宿と食堂を切り盛りして生きていくためには、多少の小狡さは許されるんじゃないのかい?
別に人に迷惑をかけているわけでも、嘘を吐いているわけでも、ましてや法を犯しているわけでもないのだろう? 皆、全て承知で、高めの料金を喜んで払っているわけだから。
慈善行為をしているようなつもりで、善行を積めて良い気分になれているなら、互いに幸せになれて良いことなんじゃないかな。
それに、おかしな奴に目を付けられないためには、ハンター達を味方につけておくのは得策だろう。事実、嫌がらせを受けているとか言っていたしな。何も非難される筋合いはないと思うのだが」
メーヴィスの言葉に、うっ、と言葉に詰まるポーリン。
確かに、被害者は誰もいない。
あの釣りっぽい言葉にしても、確かに妹達を見捨てて自分だけさっさと嫁に行くことはできないだろうし、3人共、いずれはこの町の誰かと結婚するのだろうから、全て本当のことである。
しかし、ああいうやり方を認めたくないポーリンは、ぐぬぬ、と唸った。
「でも、相場より高くする必要はないでしょう! あれだけのお客さんが来てくれるなら、普通の料金で問題ないのでは? 料理人を雇うお金くらい稼げているだろうから、ちゃんとした料理を出せるはずなのに、人を雇わず、ひと目で判る程の安い材料で、量も少ない料理。これはいったい、どういうことですか!」
どういうこと、と言われても、返事のしようがない。
ただ、そういう経営方針の宿なんだね、としか言いようがない。
そして、その理由がどうあろうと、『赤き誓い』が口出しをするような話でもない。嫌なら、よそに泊まればいい。それだけのことである。
「とにかく、調査は半分終了! 明日は、もう一軒の方、『穴熊亭』だっけ、あっちに行くわよ」
「『荒熊亭』です、レーナさん……」
マイルが、レーナの言葉をそっと訂正した。
翌朝は、朝食を摂った後、宿を引き払った。
どうせ荷物は全てマイルの収納の中なので、荷物を置いておく必要もなく、身軽なのは助かる。
朝食も期待できないのは分かっていたが、後でどこかで食べるのも面倒だし、お金がなくて朝食抜き、と思われるのも面白くない。それに、面白半分で始めたとはいえ、これも調査の一環である。
そして、あまり、いや、全然期待せずに注文した朝食4人前であったが、運ばれてきたプレートを見て、4人は驚いた。いや、本当に、心底驚いたのである。
小さなパン2個、茹で卵1個、リンゴ4分の1、ミルクがカップ半分。
予想を遥かに超えて、酷かった。
「で、でも、まぁ、さすがにこれだと大したお金は取れないでしょ」
そう言うレーナに、ポーリンが、黙って壁の貼り紙を指差した。
朝食一人前 小銀貨5枚
「「「高っ!」」」
夕方、近くの森で、素材採取として角ウサギや鳥、そして大物の猪を仕留めた『赤き誓い』は、町へ戻ってきた。
今回は、この町にあまり長居するつもりもなく、面白そうな依頼も無かったため、ごく普通の常時依頼である食材採取を選んだのであった。
一日中何もしないのも暇すぎて退屈だし、観光するには、この町は小さすぎ、そして田舎すぎた。珍しいものなど何もない。
かといって、時間がかかるかも知れない退屈な依頼を受けるのも面倒であり、そういう時には、事前の受注手続きがなくて自由が利く、採取系の常時依頼が一番である。何なら、マイルのアイテムボックスに入れておいて、この町で納品せずに後日他の街で納品するとか、自分達で食べるとか、どうとでもできる。
さすがに、値が上がる季節まで待って、というようなことをするつもりはないが。
そういうわけで、ギルドの出張所へは寄らず、そのまま真っ直ぐにもう1軒の宿屋、『荒熊亭』へと向かう、『赤き誓い』の4人であった。
「……ここね」
レーナが、例によって宿の前で腕を組み、仁王立ちになってそう呟くが……。
「ここね、も何も、昨夜泊まった『乙女の祈り亭』のすぐ前じゃないですか!」
そう突っ込んだマイルの口が、慌てたメーヴィスによってすぐに塞がれた。
「宿の者に聞こえたらどうする! 昨夜1泊したのに今日は宿を替えたと知ったら、あの姉妹にとって、いい気はしないだろう?」
「あ……」
いくら暴利……、いや、『姉妹のための協力価格』だったとはいえ、意味もなく人を不快にさせる必要はない。反省するマイルであった。
「じゃ、行くわよ」
レーナに続き、皆は2軒目の宿、『荒熊亭』のドアを開けて店内にはいった。
「くま?」
「クマ?」
「熊?」
「ベアー?」
そして、熊さんに出会った。
いよいよ、明後日、15日(火)に、本作3巻目が発売されます。
もしかすると、もう少し早く書店に並ぶ可能性も……。
あ、でも、書泉のアース・スターノベルフェアは15日からですよ。(^^ゞ
コミック アース・スター(無料web誌)では、コミカライズ第4話も掲載!
遂に、皆さんお待ち兼ねの、あの3人が登場です!(^^)/




