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136 宿屋 1

「次の町は少し離れているから、少し早いけど、今夜はこの町で泊まるわよ」

 香辛料を売った街を出発してから3日。1泊は小さな村の宿屋、残りの2泊は野営で、時々狩猟や下級の魔物の討伐、薬草や高価な食材の採取等をしながら移動してきた『赤き誓い』の面々は、夕方までにはまだ少し時間があるが、今夜はこの町で宿を取ることにした。

 国境は既に越えており、ここはマイルの母国の隣国の、『他国との国境線に近い、地方の小さな町』である。マイルも、母国からの追っ手の心配をせずに済み、ようやく安心した様子であった。


「小さな町だから、宿屋は2~3軒もあればいい方かしらね。一番良さそうなところに泊まるわよ」

 レーナの言葉に、皆が頷いた。

 宿の良し悪しは、翌朝の出発時の体調に大きく影響する。料理の質、ベッドのクッションの柔らかさ、静かで安眠できるかどうか等、野営の多い旅人がわざわざお金を払って宿に泊まる時には、それらを満足させてくれる宿でないと不満が出る。

 せっかく宿に泊まるのに、1~2割のお金を惜しんで安いところを選んだが為に後悔することになっては意味がない。

 かといって、高い宿なら良い宿、と決まったわけでもない。それに、それぞれの宿の売り……たとえば料理が良いとか、お風呂があるとか……や、費用対効果、個人的な好み等もある。

 要は、自分でじっくり調べて選ぶしかないのである。


 この町は小さいため、ハンターギルドの支部は無く、代わりに出張所があった。

 普通のハンターであれば、道中で狩った獲物や採取した薬草の売却、討伐証明部位の換金等を行うところであるが、マイル達は、わざわざ売却価格が下がるこんな田舎町で売る必要はない。マイルの収納アイテムボックスに入れておけば傷むことはないのだから、大きな街に着いた時に換金すれば良いのである。

 しかし、一応ギルド出張所に顔だけは出した。もしかすると、何か面白い依頼があるかも知れないし、何かハンター達に知らせておくべき情報が回ってきているかも知れないからである。

 そして伝達ボードと依頼ボードを確認したマイル達であるが。


 ……無かった。重要な伝達情報も、面白そうな依頼も、割の良い依頼も、何も。

 あるのは、ごく普通のありふれた依頼や常時依頼のみ。

 そう、ゴブリン狩りとか薬草採取とか、そういう類いのやつである。

「……今夜1泊するだけにして、明朝には出発しましょうか?」

 レーナの言葉に、こくこくと頷く3人であった。


 そして、マイル達がハンターギルドの出張所に顔を出したのは、各ボードの確認のためだけではなかった。

 そう、『宿の情報を入手する』という、重要な用事があったのである。

 『赤き誓い』の面々は、ボードの確認後、早速受付で宿についての話を聞いた。



「……どういうことなのよ」

 ギルド出張所を後にした『赤き誓い』一行は、中央通りを歩きながら、困惑した顔で話していた。

「う~ん……。ここは、自分達で確認するしかないでしょうねぇ……」

 レーナの言葉に、そう答えるポーリン。

 実は、ギルド出張所で聞いた宿屋の情報が、どうもおかしいのである。

 この町には、2軒の宿屋があるらしい。

 それは良い。予想の範囲内である。しかし、どちらの宿がお勧めか、という話になると、出張所の者達の意見が分かれたのである。


 当初、メーヴィスが手空きの若い男性に尋ねたところ、『乙女の祈り亭』を勧められた。

 それで、いくら地方の出張所とはいえ、ハンターギルドの下部組織の者がハンターを騙すとは思えなかったため、『乙女の祈り亭』にしようと思っていたら、奥の方にいた20歳台前半くらいの女性事務員から『待った』が掛けられたのである。

 女性事務員曰く、『「乙女の祈り亭」はお勧めできない、「荒熊亭」の方がいい』とのことであった。

 どちらも嘘を吐いている様子はなく、それぞれ、本当に自分が勧める方が良い宿屋だと確信しているようであった。

 ならば、どちらも決定的な良否はなく、個人の感覚による僅かな差しかないのだろうと思い、それならば、自分達と年齢が近い、まだ10代と思われる若い男性が勧める『乙女の祈り亭』にしようかと思ったら、他の客の相手をしていた、15~16歳くらいの少女がそれを否定した。それも、かなり強く。


「『乙女の祈り亭』はやめた方がいいです! 『荒熊亭』にするべきですよ!」

 しかし、それを聞いていた30歳前後の男性ハンターが『いや、絶対「乙女の祈り亭」だろう!』と言いだし、更に中年の男性ハンターが『何を言ってやがる、あんなクソ宿! 「荒熊亭」に決まってるだろうが!』と言いだして……。

 皆、そう険悪な雰囲気になったわけではないが、ぐぬぬ、と互いに主張を譲らず、何か変なことになってしまったため、慌てて退散した『赤き誓い』一行であった。



「どうも、僅かな差だから人の好みで出た違い、というわけじゃなさそうでしたよねぇ」

「ああ、みんな、『絶対こっち、向こうはカス』というような言い方だったね。人によってそんなに評価が正反対になるなんて、あまり考えられないよねぇ」

 ポーリンとメーヴィスの言葉に、腕を組んで考え込むレーナ。そして……。


「よし、予定変更! 両方の宿に1泊ずつするわよ。そうして、なぜそんなに評価が分かれるのか、その原因を確かめましょう!」

 完全に『お楽しみモード』となったレーナが、にしし、と笑った。

「面白そうですね。私も、どうしてそう人によって極端に評価が違うのか、是非知りたいです。もしかすると、実家のお店の経営に役立つかも知れませんし……」

「いいですね! そういう『面白そうなこと』をやってみたかったんですよ、私は!」

 ポーリンとマイルも、乗り気であった。

「決定ね! じゃあ、まずは『乙女の祈り亭』から行きましょうか!」

 そう言って歩き出したレーナ、ポーリン、そしてマイルに、メーヴィスも、肩をすくめて、ついていった。



 そしてやって来た、『乙女の祈り亭』。

 なんと、『荒熊亭』はその向かいの2軒隣、徒歩20秒そこそこの場所にあった。

「どうして、また……」

 そう言って驚くメーヴィスであるが、ここは小さな町なので、町の中心部であり、ハンターギルド出張所や商業ギルド支部等の主要な機関、商店街等に近く、大通りに面していて、等の条件を色々と考えると、地元住民ではなく外来者を主な対象とする宿屋が似たような立地条件のところに集中するのは当たり前であった。


「4人部屋、空いてるかしら?」

「いらっしゃいませ! 大丈夫です、空いてますよ!」

 宿にはいり、受付のカウンターにいる15~16歳くらいの少女に向かってレーナが尋ねると、受付の少女は笑顔で応対してくれた。客への態度は悪くない。



「え、食事別で、小金貨2枚?」

 少女に料金を確認して、その金額に少し驚いたレーナ。

 素泊まりでひとり1泊銀貨5枚、日本円にして約5000円相当、というのは、かなり高い。

 現代日本でビジネスホテルに宿泊すればそれくらいはかかるが、日本のホテルと違い電気ポットも冷蔵庫もテレビも電話も無く、家具や調度品にかかる金額が違う。そもそも、一人部屋4つではなく、4人部屋である。

 しかし、ギルド出張所にいた人のうち半数が絶賛していたのだから、何かそれに値するだけの良いところがあるのかも知れない。それに、そもそも興味本位の確認のために来たのであるから、多少高くても宿を変えるつもりもなかった。

 勿論前払いであるため、懐から巾着袋を出して2枚の小金貨をカウンターの少女に渡すレーナ。


「お湯は、洗面器1杯が小銀貨4枚、貸しタオルは小銀貨1枚です」

「「「「高っ!」」」」

 思わず声を漏らす4人。

 少女は、客のそういう反応には慣れているのか、気にした素振りもない。


「夕食は、そちらの壁にメニューが貼ってあります。もういつでも大丈夫ですよ。オーダーストップは夜2の鐘(21時)です」

 そう言われて、みんなが壁に貼られたメニューに目をやると……。


 野菜煮込みスープ   銀貨1枚

 野菜炒め定食     銀貨1枚

 シチューとパン2個  銀貨1枚と小銀貨2枚

 オーク肉のステーキ  銀貨3枚と小銀貨5枚

 エール        小銀貨5枚


「「「「高っっ!!」」」」

 再び声を漏らす4人と、動じた素振りもなく笑顔を浮かべる宿の少女であった。

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