133 やっぱりねぇ・・・
「一応、トウガラシの相場は知っているのですが。その値段の根拠は?」
無表情になったポーリンの感情の抜けた声に、少したじろいだ様子の店主であったが、たかが小娘と思い、すぐに強気に戻った。
「トウガラシの原形がなく、細かく砕かれ過ぎているから、価値が落ちる。それに、ただ辛いだけで、トウガラシとしての雑味や風味が全くない。3流以下の粗悪品の値段としては、これでも高い値を付けてやっているほうだ。
ま、せっかく依頼を受けてくれたんだから、少しはイロを付けてやろうと思ってな。ははは!」
わざとらしく笑う店主を、冷たい目で見るポーリン。
「辛味が強くて、使用量が少量で済むという点については、どうなります?」
「あ? そんなのは誤差のうちだろう? ただ単に、少し辛い品種、というだけだ」
「仕入れにいくらかかっているかは?」
「駆け出しのお前達が、仕入れのカネをそんなに持っていたはずがないだろう。どうせどこかで盗んだか、格安で仕入れたか、だろう? さ、ごたごた言ってないで、さっさと渡せ。それと、入手先を教えて貰おうか」
「マイル、回収!」
「はい!」
「え?」
レーナがマイルに回収を命じ、マイルはすぐに香辛料がはいった木桶を収納した。
そして、一瞬で姿を消した木桶に、目を剥く店主。
「では、成果はなし、ということで」
そう言って引き揚げようとする『赤き誓い』に、店主は大慌てで引き留めた。
「なっ! ま、待て、それはうちが依頼した……」
「……で、値段の折り合いがつかなくて交渉不成立、ですよね。お互いにペナルティ無しで、依頼契約は終了。
元々そういう契約ですし、契約書はギルドに提出してありますから」
「うっ……」
ポーリンに論破され、慌てる店主。
「い、いや、今手元にあるのが、金貨10枚、ってことだ! まさかこんなに大量に手に入るとは思ってもいなかったからな。
いつもそんな大金を店に置いているはずがないだろう。そんなことをしていたら、盗賊に襲われちまう。商業ギルドで下ろしてこなきゃならないし、少し時間がかかるんだ!
だから、夕方、また来てくれ。それまでに用意しておく!」
胡散臭い。
そう思いながらも、『赤き誓い』はそれを了承して、引き揚げた。
「……どう思います?」
「望み薄、ですね。結局、いくら払うか明言を避けていましたし、こちらを甘く見ているでしょうから、とにかく買い叩き、そして入手ルートを聞き出そうとするでしょうねぇ」
マイルの問いに、肩を竦めてそう答えるポーリン。
「味に拘る、職人気質の料理人だと思ったんですけどねぇ……。
舐めた態度や、入手先を無理矢理聞き出そうとかしなければ、相場より安く譲ってあげても良かったんですけど。辛味は確かに凄いけど、風味や香り、使い勝手とかは落ちますからねぇ」
「ま、人間、誰でも大金を前にすれば欲が出るものよ」
がっくりしたマイルにそう言いながら、ちらりと横目でポーリンを見るレーナであった。
「夕方まで待っても、時間の無駄になりそうな気がするんですけどねぇ」
そういって、うんざりした顔をするポーリン。
「では、少しでも時間を有効活用するために、夕方まで、何か狩りに行こうか?」
「「「おお!」」」
メーヴィスの提案に、皆の声が揃った。
そして夕方。
再び高級食堂『カラミティ』にやって来た『赤き誓い』の面々は、店内のテーブル席で店主と向き合って座っていた。
「では、午前中の交渉の続きを。
結局、まだ再提示額をお聞きしていませんが、今度は如何ほどの値段を提示なさいますか?」
ポーリンの声は冷たかった。もう、この店主を『良き取引相手』とはみなしていないのだろう。
「その前に、現物を出してくれ。大金なんだ、カネだけ取られて、『もうよそに売った』とか言われちゃ堪らないからな」
ポーリンが頷き、マイルがアイテムボックスから香辛料がはいった木桶を出して、テーブルの上に置いた。
そしてそれを見た店主が、にやりと嗤って言った。
「では、これの出所を喋って貰おうか。その情報込みで、金貨11枚を払ってやる」
「「「「はあああああぁ……」」」」
深いため息をつく4人。
やはり、時間の無駄であった。
『赤き誓い』の皆が引き揚げようとした時、店主が、ぱんぱん、と両手を打ち鳴らした。すると、横手のドアが開いて、そこから30~40歳くらいの5人のハンター風の男達が現れた。
男達は、ふたりが出入り口を塞ぐ形で、3人が店主を護る態勢で位置についた。
「せっかく穏便に済ませてやろうと思ったのに、そういう態度ならば仕方ない。
さ、こいつらを早く取り押さえろ!」
「「「「はあああああぁ……」」」」
「いや、取り押さえろと言われても、別にあんたに危害を加える様子もないし、ただ単に取引が決裂しただけじゃないのか?
そんなの取り押さえたら、俺達が犯罪者になっちまうだろうが……」
どうやら、カネで雇われたごろつき、というわけではないらしい。見た目通りの、普通のハンターのようである。
「こいつらは、荷馬車を襲撃した盗賊の一味だ!
そこにあるのは、奪われた、うちの香辛料だ。うちに買い取れとずうずうしく現れたから、金貨11枚で買い戻そうとしたのに、吹っ掛けてきやがったから、捕らえて警吏に突き出すことにしたんだ。いいから、早く捕まえろ!」
そう言われても、不用意に取り押さえて、間違いだったら大変である。特に、相手が若い少女となると、不名誉な罪状がついて、ハンター資格剥奪とかもあり得る。下手なことはできなかった。
「俺達は、護衛として雇われたんだ。あんたに危害を加える様子もない女性を取り押さえる理由がない。たとえそれが盗賊相手であってもな。
まぁ、本当に盗賊の一味なら、褒賞金も出るし、善良な『良きハンター』として協力するのもやぶさかではないが……。
で、何か、証拠はあるのか?」
そう言われた店主は、テーブルの上に置かれた木桶を指差した。
「これだ! これは、儂が注文して遠国から取り寄せた香辛料で、盗賊共に奪われたものだ!」
そう言われたハンター達は、マイル達に向かって聞いた。
「ああ言っているが、本当か?」
ぶんぶんぶん!
揃って首を振る4人。
「そもそも、それは私達が入手した特殊な香辛料なんですよ。よそで手に入るとは思えません。
店主さんに、どこに注文したか確認してみて下さいよ。
発注先に確認するのは時間がかかるかも知れないですけど、近隣のお店や商業ギルドに問い合わせれば、そういうお店があるかどうかや、そういう製品が今までに出回っていたかどうか、そしてこの店で使われていたかどうかは、すぐに分かると思いますけど?」
マイルの言葉に、視線を店主に向けるハンター達。
「し、食材の購入先は、店の秘密だ! ぺらぺらと喋れるものか!
お前達こそ、入手先を喋って潔白を証明したらどうだ!」
「え? 入手先はぺらぺらと喋るものではない、と言ったの、御自分ですよね?」
呆れたような顔で、そう言い返すマイル。ハンター達も苦笑している。
「な……」
「それで、盗賊に奪われた御自分の香辛料、って言われてますけど、受け取る前に奪われたからお金は払わずに済んだ、って言われてましたよね、昨日の午前中。
じゃ、あなたのものじゃなくて、香辛料販売店さんのものじゃないですか。あなたに、何の権利があるんですか?」
マイルの言葉に、うっ、と口籠もる店主を、呆れた顔で見るハンター達。
「それに、そもそも、本当にこんなに大量に発注されたのですか? 発注したものとこの木桶にはいった香辛料、量は一致するのですか?」
「お、おお、注文した5キログラム、ぴったり一致している!」
店主のその回答に、にっこりと笑うマイル。
「じゃあ……、これで私達への疑いは晴れましたね!」
そう言いながら、マイルはアイテムボックスから次々と取り出してテーブルの上へと並べた。大量の香辛料がはいった、様々な容器を。
「「「「「「ええええええぇ~~っっ!」」」」」」
店主だけでなく、ハンター達も驚きの叫び声をあげた。
「「「「「しゅ、収納魔法!」」」」」
「これで、この香辛料は私達が荷馬車から奪ったものではない、ということが証明されましたよね?」
店主ではなく自分達に向かってそう言ったマイルに、こくこくと頷くハンター達であった。