130 世の中、カネが全てではない! まぁ、99パーセントくらいかな?
とある街に到着した、『赤き誓い』一行。
まだブランデル王国を抜けてはいないが、マイルのことがバレた様子もなく、そう急ぐ必要もなかった。それに、たとえバレたとしても、少し本気を出せば、振り切ることはそう難しくはないだろう。
「この街に、数日間滞在しましょうか。今まで歩き通しだったし、少しは仕事もしなきゃならないからね。せっかくこの国を通過するのに、何もせずに突っ切るだけじゃあ諸国を廻る意味がないわ。この国でも仕事をした、という実績も欲しいしね。
もしマイルのことで何かあれば、その時はすぐに国境を目指すことにすればいいでしょ」
レーナの言葉に、そういえばしばらく依頼を受けていないな、と反省する3人であった。
そして皆がそのまま真っ直ぐにギルドへと向かい、依頼ボードを眺めていると……。
「香辛料?」
マイルの声に、皆がその視線を辿ると。
『香辛料の入手。依頼料は、入手できた香辛料の種類と量による。詳細は面談にて』
「……これ、受けようって言うの? 香辛料なんてどうやって入手するのよ。
あんたも初めての街なんでしょ、ここ。コネも知り合いもないし、そのあたりでいくらでも自生してるってもんじゃ……、って、料理が得意なマイルが知らないわけないでしょ、そんなの」
レーナがそう言って難色を示したが、マイルはにっこりと微笑んだ。
「大丈夫ですよ、少しは在庫がありますし。
それに、香辛料なら専門のお店か市場へ行って買うか、入手の依頼をするにも商業ギルドへ頼むのが普通だと思うんですよね。なのに、ハンターギルドに依頼が出ているということは……」
「訳あり、ということかい?」
メーヴィスの言葉に、マイルはこっくりと頷いた。
「他に面白そうな依頼もないわね。今更ゴブリン討伐でもないし、たまには変わった依頼を受けるのもいい経験になるかも知れないし。みんな、それでいいかしら?」
メーヴィスとポーリン、そして当然のことながら、マイルも頷いた。
「よし、じゃあ、この街での最初の依頼は、これに決定よ!」
そう言って、レーナは依頼ボードからその依頼用紙を剥ぎ取ろうとしたが、ポーリンが慌ててそれを止めた。
「これ、複数の人が受注してもいい依頼ですよ、剥がしちゃ駄目です! それに、面談で条件が折り合えば、その時点で受注成立です。今ここで受注処理が完了するわけじゃありませんから!」
「あ……」
そして『赤き誓い』一行は、受付嬢にこの依頼の面談に行く旨を告げ、ギルドを後にした。
「……ここね」
レーナが、とある食堂の前で、仁王立ちになって看板を見上げながら呟いた。
「さ、はいるわよ!」
そして、『臨時休業』の札が掛かったドアを開けたレーナに続いて、店内にはいる3人。
そう、ここ、ごく普通の、いや、普通より少し高級そうな食堂『カラミティ』の店主が、あの依頼の依頼主であった。
(香辛料を欲しがるカラミティ……辛味亭?
カラミティ、アクション!
じゃない、カラミティって、英語で災厄・惨事・疫病神のことじゃない! 縁起悪いなぁ……)
そう心の中で呟くマイルであるが、ここの人達は英語など知らないのだから、仕方ない。ただの偶然である。
「すみません、ハンターギルドで依頼を受けて来たんですけど……」
対外的な交渉は、メーヴィスの役目である。最年長で誠実そうなので……、いや、パーティリーダーなので。
このパーティのリーダーは、メーヴィスである。皆、時々忘れそうになるが。
「おお、あの依頼を受けてくれるのか! このあたりでは香辛料など作っておらんし、次の入荷予定はずっと先だから、困り果てていたのだ!
……しかし、あてはあるのか? そのあたりで簡単に採取できるものではないし、当然、商店や商業ギルドに行っても売ってはいないぞ。そのあたりのは、儂がもうとっくに買い漁ったからな。そんなに簡単に手に入るなら、わざわざ割高になるハンターギルドに依頼したりはせん」
メーヴィスの声に厨房の奥から出てきた40代と覚しき店主が、喜び半分、不安半分の表情でそう言った。
店主の説明によると、この店は、高価な香辛料を贅沢に使い……とは言っても、マイルの前世での感覚からすると、かなりしみったれた使い方であるが……、値段はかなり高いものの、高級料理店として、かなりの利益を出しているらしい。
そして順調に行っていた経営であるが、先日、災厄に見舞われた。遠くの街から運ばれてくる、この店の売りである香辛料が、盗賊に襲われて丸々失われたのである。
滅多に盗賊に襲われるようなことのないルートであるが、襲われたものは仕方ない。
幸い荷を受け取ったわけではないので支払いの必要はなく、直ちに発注し直したものの、遠方であることと、向こうも予定外の大量注文にすぐに対応できるわけでもなく、しばらくの間、品切れの状態が続くこととなってしまったらしい。
しかし、香辛料が売りの高級料理店に、香辛料が無くては話にならない。そこで、多少の品質の低下には眼を瞑って、近場で掻き集めることにしたらしいのだが。
「元々、高価な香辛料を使う料理など、貴族か羽振りの良い商人くらいしか食べん。一般家庭は勿論、料理店でも、大抵は使わん。原価が跳ね上がって、定価をかなり高く設定しないと利幅が小さくなって商売にならんからな。
うちは、香辛料の使用が売りの、『庶民が年に数度の贅沢をする店』だから、高くても当然、いや、高いからこそ有難味がある、という店だから問題ないがな。
そういうわけで、香辛料は、元々の流通量が少ないのだ。既にうちが掻き集めた今、更に香辛料を手に入れるのは難しいぞ。それに、隣街は、王都側、国境側共に、既に掻き集め終えているしな」
なかなかハードルが高そうな依頼であった。
そして、普通のハンターにはどうこうできる問題では無さそうな気がする、と思う、『赤き誓い』の3人であった。
そう、『3人』である。
そして、『普通のハンターには』、であった。
「そこは、こちらのやり方の問題ですから、御心配なく。
で、依頼条件の詳細ですが……」
メーヴィスから話の主導権を取り、ポーリンが店主と具体的な話し合いにはいった。
そしてその結果、確保できる香辛料の種類や質、量等が分からないのに依頼料を決めるのは困難なため、依頼料方式ではなく、買い取り方式とすることに決まった。
いくら香辛料が欲しいとはいえ、あまり高い値段で仕入れて来られても店主が困るため、買い取り価格は通常価格の1.5倍。それ以上になると、さすがに店の収益的に問題が出るため、そんなものであろう。
そして交渉の結果、困難な依頼である上、『赤き誓い』がこの依頼に失敗しても店としては何の損失もないこと、この依頼は併行して他のハンターにも募集をかけたままであること等から、失敗してもペナルティとしての違約金はなし、そしてその場合は、元々困難な依頼だったとして、失敗扱いではなく、「成果ゼロなれど、依頼は完了」という扱いになることで合意した。
高級食堂『カラミティ』を後にし、ハンターギルドに戻って受付嬢に受注報告をし、合意したとおりに作成された契約書を渡した『赤き誓い』一行は、街の近郊の森へと向かっていた。
「……で、ポーリンさん、どうして依頼失敗の時の条件に、あんなに拘ったんですか?
知ってますよね、私の収納には常時かなりの量の香辛料を入れてあるということは。最低でも、それを出せば依頼失敗、ということはあり得ないのに……」
「保険ですよ、保険!」
「え……」
驚くべきことに、この世界には、既に『保険』という概念があった。
勿論、現代地球のようなものではなく、互助会的な役割のものであったが、それでも、ここでポーリンがその言葉を口にしたことと、そして元々失敗はあり得ない依頼に、なぜそんなことをしたのかが分からず、ぽかんとするマイルであった。