13 灼熱の男 2
「今回も、ケルビンへの処罰は無しだ。あれには俺でも耐えられん」
バージェスの裁定に、クラスの全員が頷いていた。アデル以外。
「後は、そうだな……。」
バージェスはマルセラ達の方を向いて言った。
「ワンダースリー、フォローしといてくれ」
「わ、ワンダースリー? 私達のことですの? 何ですのそれ……?」
おかしな呼び名で呼ばれ、きょとんとするマルセラ達3人。
「ああ、すまんすまん。教師の間ではそう呼ばれてるんだよ、お前達。
平民、商家の娘、貴族と、身分が違うのに仲良しで、しかも信じられない事に同時に魔法の才能が開花しただろう? 魔法を司る精霊に気に入られた、とか、その身分を越えた友情に女神様が祝福を与えられた、とかいって、ワンダースリーとかミラクルスリーとかマジックスリーとか、いろんな名前で呼ばれてるぞ」
「「「え………」」」
驚き、顔を赤くする3人。
「そこでだ、モテモテの『Aクラス美少女三人娘プラスワン』のお前達に傷心の繊細な少年を慰めて貰いたい、ってことだ」
「何ですか、それは……」
呆れる3人であるが、まぁ、ケルビンのあの姿を見たあとでは断るわけにも行かない。
「仕方ないですわね……。でも、これは『貸し』ですわよ」
クラスメイトのためと一応引き受けるが、しっかり対価を要求するあたり、さすが苦労の多い貧乏貴族の3女であった。
「仕方ねぇな…。今度、何かあったら融通を利かせてやるよ」
「約束ですわよ。ところで……」
「ん? 何だ?」
「その、『プラスワン』っていうのは何ですの?」
「ああ、あれだ。張本人は連れて行っちゃマズいだろ」
そう言って、バージェスはアデルを指差した。
そして、三人娘がどのようなミラクルでワンダーなマジックを使ったのか、ケルビンは午後の授業にはちゃんと出ていた。
午後の最後の座学が終わり教室から教師が出て行った直後、ケルビンがアデルの席へやって来た。
面倒なことになりそうな予感がして顔を顰めるアデル。
(もう、いい加減にして欲しい!)
そう思うと、どんどん腹が立って来た。
「俺は負けん! 俺は、ベイリアム男爵家の五男として、家名にかけてお前を……」
「ハァ?」
アデルの、とても不機嫌そうな低い声が、静まり返った教室に響いた。
そして、クラスメイトの皆は理解した。
ああ、午前中の一時間弱に亘る教育は無駄に終わったのだな、ということを。
「……あなた、誰?」
((((えええええ~~っ!))))
そして、あまりに予想外のアデルの言葉に、あっけにとられているケルビンだけでなく、クラスメイト全員が驚いた。
「な、何、を、言って……」
動揺を必死で抑えて喋るケルビンを無視して、アデルは言葉を続ける。
「私は、何度負けてもその度に更なる訓練を続けて再度挑んでくる、クラスメイトのケルビンという男の子の相手をしていたんですよ。身に覚えのない恨みを買って、毎回毎回憎々しげな眼で睨まれても我慢して。
それが、何? 私が相手していたのは、ケルビンという名の、騎士を目指して努力を続けているクラスメイトの男の子じゃなくて、『男爵家の五男』とかいう、私に何の関係もない生物だったってわけ?」
「え……」
「そもそも、男爵家の五男がどうしたの? 偉いの? 何か意味でもあるの、それ?
大体、貴族って、大昔の御先祖様が何か手柄を立てて貴族にして貰ったってだけでしょ、それまで普通の平民だった人が。
その人は確かに立派だけど、その子孫っていうだけのあなたが立派なわけじゃないでしょう?
それとも何か、平民とは違う色の血でも流れているの?」
((((うわあぁぁぁぁ~~!!))))
凄まじい貴族批判に、ドン引きのクラスメイト達。
「あのね、貴族っていうのは、貴族に生まれるんじゃないの。生まれてから、『貴族になる』のよ。親を見て育ち、貴族としての教育を受け、そして貴族としての精神である、ノブレス・オブリージュ、『高貴なる者の義務』をその心に宿して」
((((あ、一応、フォローがはいるんだ……))))
少し安堵するクラスメイト達。
「で、今のあなたは何? 平民と一緒に勉強中の、まだ貴族としての心構えもできておらず、国にも領民にも何も貢献しておらず、税金を使わせて貰っているだけのあなたが、貴族の子として何を宣言するつもりなの?
それは、貴族の名を使うことに値することであり、あなたにはそれに大切な家名をかけるだけの資格があるの? 本当に? 家名を汚すかも知れない覚悟があるの?」
「ぐぅ………」
((((ああっ、マズいぃ!))))
追い詰められたケルビンの様子に、焦るクラスメイト達。
このままでは、昼前の二の舞になる。
「……あなた、心は燃えているの?」
「え……」
アデルの言葉の意味が分からず、ぽかんとするケルビン。
「あなたの今までの訓練に対する熱意は、あなたが本当に自分で望んでやっていたものなの? それとも、貴族の五男とかいう肩書きのプライドを守るために義務感で仕方なくやっていたものなの?
鍛錬していて楽しかった? 強くなるのが嬉しかった? それとも、辛くて苦しいのを我慢して嫌々やっていたの?
その時、あなたの心は暗く冷たく冷えていたの? それとも、身分とか家名とかは関係なく、己の強さと輝ける未来を信じ、熱く滾り、燃えさかっていたの?」
無言で顔を赤くするケルビン。
「私にとって、あなたは『貴族の子息』とか『男爵家の五男』とかじゃない。自分の力を信じ、自らの意志で鍛錬を続け、身分とかは関係なく自分自身の力でのし上がるべく挑戦を続ける、ひとりの男の子なの。そう思っていたから、毎回試合に応じていたの。
知ってる? 『ケルビン』というのは、ある国で使われている温度の単位なの。それは、氷が零度、水が沸騰する温度が100度、なんて甘っちょろいものじゃない。
零下273度。それは全ての物質が凍り付き、時間さえも凍てついた、時が止まった世界。そこを零度、『絶対零度』とする恐るべき単位。
そして高温は、岩や鉄をも溶かし蒸発させる灼熱の世界!」
アデルは、びしぃっ、とケルビンに人差し指を突きつけた。
「あなたは、『男爵家の五男』という札を下げただけの、それ以外は何の価値も意味もない男なの? それとも、そんなものは関係ない、灼熱に燃え滾る心と眩く光り輝く魂を持ったひとりの男、そう、『灼熱の男、ケルビン』なの?」
「お、俺は、俺は………」
ぽろぽろと涙を溢し始めたケルビンに、はっと我に返ったアデルが周りを見回すと、そこには、『信じられないものを見た』という顔をして呆然とするクラスメイト達の姿が。
(や、ヤバい? もしかして、やらかした?)
焦ったアデルがマルセラの方を見ると、マルセラは肩を竦めたあと、黙って扉の方を指差した。
その非常に的確なアドバイスに従って、アデルは大急ぎで教室から逃げ出した。
翌日、アデルが恐る恐る教室にはいると、意外にも教室内は落ち着いており、アデルに対しても普段の通り普通に挨拶が返された。
ほっとするアデル。
しかし、異変はその後にやって来た。
いや、別に悪い事ではない。
ただ、なぜかやけに皆がやる気を出している。
座学に、武術に、そして魔法実技に。
熱心に取り組むし、積極的に質問も出る。特に、貴族の子女にその傾向が強かった。
それは良い事である。しかし、前日までの様子との違いに、アデルは戸惑っていた。
そしてケルビンも、なぜか落ち着いた様子で、普通に授業を受けていた。昨日までの苛ついた様子や興奮した様子の欠片も見当たらない。
教師のバージェスは三人娘の手腕に感心し、教師の間で『あの三人は使える』との噂を広めた。そのためマルセラ達三人は教師達から様々な頼み事をされるようになり大迷惑を被ったのであった……。
「……何か最近、せっかくマルセラさん達の方に行っていた一部男子の攻撃、また私の方に戻ってきていない?」
アデルの問いに、マルセラは肩を竦めて答えた。
「自業自得、って言葉を御存知かしら、アデルさん……」
すみません、つい先程電話がありまして、母の容態が悪化したとのことで・・・。
26日の始発で帰省します。
数日間更新が停止しますが、御容赦下さい。