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 ギルドでの手続きは、問題なく終わった。

 現地緊急依頼の事後処理も問題なく審査が通り、盗賊捕縛の報奨金、犯罪奴隷としての代金の分配金も、予想通りの金額であった。そして予想外だったのが、乗合馬車の御者さんから渡された封筒を出したところ、そう多くはないけれど、乗合馬車の組合からの報奨金が貰えたことである。

 金額は少なくても、こういうのを貰うと「ギルドの名を高めた」として功績ポイントが付くのが嬉しい。にこにこ顔でギルドを後にする『赤き誓い』の4人であった。



「ん~……」

 『赤き誓い』が引き揚げた後、彼女達の対応をしていた受付嬢が、なにやら考え込んでいた。

「どうかしたの、チェレン?」

 心配そうに話しかけた同僚に、その受付嬢は、どうもスッキリしない、というような顔をして答えた。

「う~ん、何か、見た事があるような気がするのよねぇ、さっきの子達……。

 あんなに若くて可愛い子達が、たった4人で6人もの盗賊を大した怪我もさせず、自分達も無傷で捕縛するなんて、そんなパーティなら、知っていたら絶対忘れないはずなんだけどなぁ……。

 ああ、思い出せない! モヤモヤするぅ!」


 思い出せなくても無理はない。

 見知った人にそっくりな人形であれば、それと気付くかも知れないが、逆に、人形に似た人間、というのでは、あまりピンと来ないであろう。それも、いつも見慣れている自分の人形ならばともかく、数度ちらりと見ただけの、上司の机の上にある人形などでは。

 しかも、中でも一際ひときわ目を引く銀髪の人形に相当する者が、姿を変えていたのでは。

「う~ん、う~ん……」

「もう! 諦めて、さっさと仕事に戻りなさいよ!」

 そしてチェレンという名の受付嬢は、同僚に叱られて、思い出すことは諦めた。

 くして、もしかするとあり得たかも知れない歴史の分岐点のひとつがついえたのであった。



 マイル達は、宿は取らなかった。できる限りマイルが発見される危険を避けるため、今夜の用事が終われば、そのまま王都を出る予定だからである。

「じゃあ、向こうの夕食後の時間を見計らって行くわよ。届ける手紙、出来てる?」

「は、はい、書き終えています……」

 レーナに、収納から取り出した手紙を渡すマイル。

「じゃ、私達も、早めに食事を済ませておきましょうか。マイル、そんなに心配そうな顔をしなくても大丈夫よ、うまく潜り込むから!」

 レーナは、マイルから預かった手紙を懐に収めながら、そう言って八重歯キバを出して笑っていた。




 夕方、既に授業はとっくに終わり、その後の課外活動も、そして寮生の夕食の時間もそろそろ終わろうかという時。

 エクランド学園の正門を、3人の少女が通過した。

 授業後の、短時間の外出から戻ってきた生徒であろう。学園の制服を着た赤髪の少女と、自主鍛錬に出ていたのか、運動着姿の、やや大柄な少女。上級生であろうが、とても12~13歳には見えないその身体つきに、門番の眼が吸い寄せられた。

 最後のひとりは、恐らく彼女達の姉か何かなのであろう、金髪の、剣士風の少女が、少し気恥ずかしそうな素振りで、一緒に門を通って行った。

 問題ない。自分が制止すべき対象である、不審者による侵入とは程遠い光景。

 門番の男は、そのまま警備を続けた。



 コンコン!


「どなたかしら?」

 マルセラが、自室のドアをノックされて誰何の声を出すと、ドアの向こうから声がした。

「泥棒で……」

「あんた、何言ってんのよ!」

「いや、マイルが、こういう時にはそう答えるのが慣わしだって……」

「どこの慣わしよっ! 怪しまれたらどうすんのよ!」


 既に、充分怪しかった。

 マルセラは、両手の中指でこめかみを揉んだ。

 何か、この種類の疲れ方をするのは久し振りのような気がして、少し懐かしかった。


「……どなたかしら?」

「泥棒……」

「それはもういいわよっ!」


 初級生が入学してきた頃には、こういうのがよく来ていた。

 お話がしたくて。

 お友達になりたくて。

 スールにして下さい!

 私にも、女神様の御加護を!

 私がワンダースリーにはいって差し上げましてよ。今日からはワンダーフォーですわね。ほほほ。


 しかし、そういうのは、全て排除した。今更来るとは思えない。

 どうしようかと考えていると、今度は小さな声が聞こえてきた。あれだけ大声で騒いでおきながら、どうして今更小さな声で……。

 そう思いつつも、人間の習性として、つい耳を澄ませて聞いてしまうマルセラ。


「パン屋。空気を絞って、かぎしっぽの骨。義母と連れ子。どこかの田舎町……」

 ばぁん!

「ぎゃあ!」


 ドアに顔を寄せて、小声で囁いていたレーナ。

 そして、思い切り、力いっぱい押し開けられたドア。

 レーナは、鼻血を吹いてひっくり返った。



「……悪かったですわ」

 数分後。

 ポーリンの治癒魔法で、ようやく鼻血が止まり、痛みも治まったレーナ。

「ま、まぁ、わざとじゃないだろうから、いいわよ……」


 あの後、慌てて3人の少女達を部屋に引き込んだマルセラは、すぐにモニカとオリアーナを呼んだ。そして、それぞれ自室の椅子を持ってマルセラの部屋へとやって来たふたり。

 レーナ、メーヴィス、ポーリンの3人がベッドに腰掛けて、マルセラ、モニカ、オリアーナの3人が、それぞれ椅子に座って向かい合う。

 対話は、視点が高い方が、威圧効果があって有利に運ぶ。マルセラは、そこまで考えてこの体勢に持ち込んだのであった。

 そして一応、怪我をさせたことを謝るマルセラ。

 他のことはともかく、それだけはきちんと謝罪しておかねば気が済まない、マルセラであった。

 だが、それが済めば、容赦はしない。


「では、本題にはいりますわよ。

 あなたのその制服のリボンタイの色、上級生のものですわね。私達の学年に、あなたのような方はおられませんわ。そして、運動着のあなた。それも、上級生の色であり、あなたもまた、私の学年にはおられません。つまり、偽学生、不法侵入者ですわね。

 この学園の学生は、半数以上が貴族の子女ですわ。そこに侵入なさいましたということは、勿論、死罪のお覚悟がある、ということに……」

 さあっ、と顔から血の気が引く3人。


「ま、待って! こ、これを!」

 慌ててレーナが懐から取り出したのは、竹の棒を割ったものに手紙を挟んだものであった。

 それを差し出しながら、レーナは叫んだ。

「お、おねげぇでごぜぇますだ!」

「な、何ですか、その、よく分からない口上は……」

「いや、こういう時にはこう言うんだと、マイルが……」

 レーナも、人の事は言えなかった。

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