124 いつか見た服
「いい加減に出てきやがれ! さっさと出て来ないと……」
いくら恫喝しても乗客達が馬車から全く降りようとしないため、いよいよ焦れてきた盗賊達の頭目が、手下に顎で合図した。
それを見て、手下のひとりが、乗客を引き摺り出すべく、馬車の客室後部に手を掛けて身体を持ち上げ、幌を捲って身体をねじ入れようとして……。
「ぎゃっ!」
馬車から転げ落ちた。
「ぎゃあああ! 眼が! 眼がああっ!!」
落ちた時に、地面にかなり強く身体を打ち付けたはずであるが、そんなことには関係なく、両眼を手で押さえてのたうち回る、手下の男。
「なっ! てめぇら、何しやがった!」
頭目がわざわざ聞くまでもない。見れば分かる。
両眼を突かれた。ただ、それだけである。
両手が塞がった状態で、幌に頭を突っ込む。全くの無防備状態で差し出された絶好の目標を突くことは、幼児にでも可能であったろう。
これで、乗客側の戦力を知られることなく、無傷で、相手側の戦力をひとり減らせた。
しかも、撤収する時には、この男の補助をするために、盗賊側は健在の者ひとり分の手が掛かる。
「クソがっ!」
頭目は激昂するが、馬車に積んであるであろう簡易階段を付けない限り、客室に乗り込むためには腕を使って身体を持ち上げざるを得ず、そうすると、客室内から斬り掛かられればどうしようもない。
しかし、火を放ったりすれば、金目の物も女も台無しになって、碌な稼ぎにもならない。かと言って、このまま手をこまねいていても仕方がない。
「幌を切れ! 乗ってる奴が怪我をしても、自業自得だ!」
頭目の命令に、手下達が剣や槍を振りかざして馬車に近付こうとした時。
「動くな!」
すぐ後ろの曲がり角から、ハンター装備の4人が現れた。
それに驚いて一瞬怯んだ盗賊達であるが、よく見れば、現れたのは12~13歳くらいの子供がふたりと、16~17歳の小娘がふたり。
ベテランのCランクハンターならばひとりで盗賊ふたりと戦えるが、これでは、自分達5人には到底敵うまい。しかも、4人揃って、なかなかの上玉揃い。
身の程知らずの馬鹿が、と思った頭目は、にやりと嗤い、迷わず叫んだ。
「馬車は後回しだ、生かして捕らえろ! なるべく傷を付けるなよ、値が落ちる!」
「……あんなことを言ってますけど?」
「じゃあ、こっちもなるべく殺さないように捕らえてあげましょう。多少傷を付けても構わないわよ、後で治癒魔法を掛ければ、犯罪奴隷に売る時の値も下がらないでしょうから」
ふふん、と鼻で笑って、マイルにそう告げるレーナ。
「みんなでやる程の相手じゃないですよね。誰がやります?」
「なるべく怪我をさせずに、充分反省して貰うには……、ポーリン、あんたがやりなさい」
マイルの問いにそう答えたレーナに、ポーリンが頷いた。
マイルは、盗賊が乗客を人質にしようとした場合に備えて、いつでも駆け出せるよう体勢を整えていた。まぁ、たとえ人質を取られたとしても、何とでもなるのであるが。
ポーリンは、声を出さず、頭の中で呪文を唱えている。
盗賊達は、こんな小娘が無詠唱で攻撃魔法を使えるとは思ってもおらず、詠唱が始まった瞬間に襲い掛かれば問題ないと考えているらしい。それに、もし攻撃魔法が使えたとしても、威力も速度もショボいファイアーボールくらいならば、油断さえしていなければ避けられる。
お子様ふたりは問題外らしく、盗賊達の注意の大半は、メーヴィスに向けられていた。
「……ぐ?」
「かはっ!」
「「「「くひいィィィィ!!」」」」
突然両手で顔を押さえ、悶絶する5人の盗賊達。
燃えるような、と言うのも生ぬるい、耐えがたい激烈な痛みとしか言いようのない、眼、鼻、口、そして喉。そして粘膜部分だけでなく、露出している頬や首回り、腕、足の部分にも痛みが走る。
そのうち、衣服の内部も、お尻のあそこまでが、燃えるように……。
「あひ、あひ、あひいィィ!!」
「ぎゃひいぃぃ! あ、悪魔、悪魔が出たあぁぁ~!」
地面を転げ回る5人。
ポーリンの魔法の効果範囲外で両眼を押さえて転げ回っていた男は、無害そうなのでそのまま放置していた。
「……空気中の魔力よ、分解し、その力を消滅させよ!」
中和魔法で空気中に漂う辛み成分を分解し、盗賊達の体内にはいったり付着したものはそのまま残留させたポーリン。
「乗客の皆さん、ハンター『赤き誓い』です! 盗賊達は倒しましたので、御安心下さい!」
マイルがそう叫ぶと、聞こえてきたのが少女の声なので少し安心してか、乗客のひとりが恐る恐る客室の幌から顔を出した。
「え……、ええ! うわ、本当だ! 皆さん、本当ですよ、賊達が倒れて、少女のハンター達が!」
外の様子を見て叫んだ商人らしき者の声に、幌が大きく開かれて、中の皆が頭を出した。
「おお! おおお!」
「あ、あんた! た、助かったんだね、私ら!」
次々と上がる、安堵と喜びの声。
そしてポーリンが、ぼそりと呟いた。
「……何か、吹っ掛けた救助料金の請求がしにくい雰囲気です……」
のたうち回り、暴れる盗賊達を縛り上げるため、腕力のあるマイルとメーヴィスが捕縛担当。勿論ロープはマイルの収納から。
今回は、ごく普通のロープである。必要以上にオーバーテクノロジー、つまり「時代を遥かに超えた技術」を使う必要はない。
ポーリンが商隊を呼びに行き、レーナが乗客達との折衝役。
こんなことで儲けるつもりはあまりないが、無料にするわけには行かない。そんな前例を作ると、他のハンター達に迷惑がかかるので、金額は安く抑えてやっても、「報酬を貰った」という事実だけは作っておく必要があった。
まず最初に、安全確認のためか、若手ハンターが降りて周りを確認し、続いて他の乗客達が次々と降りてきた。商人らしき中年男性、白髪に白い髭を蓄えた品の良さそうな老人、幼女の手を引いた若夫婦、そして10歳前後の、ひとり旅らしき少女。
「え……」
その少女を見たレーナが、驚いて声を上げた。
レーナの声に、マイルも捕縛の手を止めて馬車の方へと目をやり、驚愕の声を上げた。
「えええええ!」
長期休暇で地方都市の実家に帰省していたその少女は、私服ではなく、学園の制服を着ていた。
別に私服を買うお金がないわけではなかったが、地方の街では、王都の学園に入学するということはかなりのステイタスであり、両親から「帰省の時には、絶対に制服で!」と、何度も強く念を押されていたのである。
そしてレーナは、その制服に見覚えがあった。勿論、マイルにも。
マイルは、恐る恐るその少女に尋ねた。
「あ、あの。こ、ここって、何ていう名前の国でしたっけ……」
そして少女は、きょとんとした顔で答えた。
「え? あ、あの、ブランデル王国、ですけど?
ああ、ティルス王国側から来られたのですね! もう、国境線は越えられていますよ」
「ぎ…………」
「ぎ?」
「ぎゃああああぁ~~!!」