123 乗合馬車
「いやぁ、すみませんねぇ……」
にこにこと笑顔を浮かべ、焼けた肉を頬張る商人と御者達。
そう、いつものように、途中で狩った獲物を調理して振る舞う、『赤き誓い』の面々であった。
「しかし、収納魔法、ですか……。以前、少しだけ収納できる魔術師を見たことがあるのですが、それとは比べ物にもならん容量ですな。いや、羨ましい……」
商人にとっては、それは羨ましいであろう。しかも、組み立てたままのテントをそのまま出すという、常軌を逸した使い方。収納限界は、いったいどれくらいなのか。
「いやぁ、正直言いまして、若い女性ばかりなので、その、少々心配していたのですが、まさか、これ程とは……」
他の商人が、燃えさかる焚き火、その横に積まれた薪、元気そうな馬車馬、そしてたっぷりとある角ウサギの肉を眺めながら呟いた。
メーヴィスが、生木は燃えにくいので倒木を選び、剣で一瞬で切って作った薪。
レーナが、無詠唱で一瞬の内に燃え上がらせた焚き火。
ポーリンの回復魔法で、元気いっぱいの馬たち。
そして、マイルが出した、テントと獲物。
商人達も、今まで何度も護衛を雇っているのである。Cランクハンターの平均的な能力というものは、充分に把握している。そして『赤き誓い』は、あきらかにそれを凌駕していた。戦闘場面を見るまでもない。
国境線は、既に夕方前に越えている。
国境線と言っても、別に壁や鉄条網で区切られていたり、見張りの兵士がいたりはしない。無人の荒れ地を走る長大な国境線にそんなものを配備するだけの予算も人員も、そして意味もない。
重要な都市は、壁で囲んで城郭都市とする。戦略的重要性のない町には、そこまでの手間はかけない。そういう町の守りは、兵士や傭兵、ハンター達による戦闘力頼りであった。
現代地球においても、かなりの国の国境線は、完全フリーである。いや、勿論全てがそうではなく、国境線が厳重に守られた国も、まだまだ多いが。
そしてそれらの「監視された国境線」の主目的としては、やってくる者を阻むためのものもあれば、自国から逃げ出す者を阻止し追い返すためのものもある。
翌日の昼過ぎ、他の街道との合流点を過ぎて、しばらく進んだ頃。
マイルは前方に不審な動きを探知し、商隊を止めて、皆を集めた。
「前方に、おかしな配置の集団がいます。街道上に停止した2頭の馬と、それに隣接した人間8人。その周囲を囲むように、6人です」
「え、それって……」
レーナの言葉に、マイルが頷いた。
「はい、多分……」
「盗賊と、襲われた馬車、かな」
「馬車1台に人間が8人なら、荷馬車じゃなくて、乗合馬車でしょうか……」
メーヴィスとポーリンも、同意見らしい。
「他には、近くに伏兵等がいる様子はありません。
……行ってもいいですか?」
マイルは、商人達に許可を求めた。
雇われて護衛についている以上、雇い主に無断で持ち場を離れるわけには行かなかった。自分達にお金を払って雇っているのは、この商人達であり、襲われているらしい馬車の者達ではないのだから。
しかも、向こうは6人、こっちは若い女が4人。うち、未成年の子供に見える者がふたり。
返り討ちに遭えば、こちらの商隊の存在を知られ、こちらも被害に遭う可能性がある。荷物満載の荷馬車では、とても盗賊達を振り切るだけの速度で飛ばせるわけもない。
このまましばらく待っていれば無事回避できるはずの危険をわざわざ冒すのは、馬鹿がやることであり、そして馬鹿では商人は務まらない。
「どうぞ、行って下さい!」
……即答であった。
それを聞いて、少し驚いたような顔をするポーリンと、歯を見せて笑う3人。
商家育ちのポーリンにとっては意外な返事であったようだが、商人のその回答が気に入ったのか、ポーリンはすぐに笑顔を浮かべた。
「盗賊退治の報奨金が、ひとり当たり3枚。生け捕りにすれば、犯罪奴隷として売られる代金の取り分が7枚で、合計10枚。それが6人分だから……。
うへ。うへへへへ……」
……その笑顔は、少し黒かった。
そして、『赤き誓い』の実力を信じて参戦の許可を出した商人達であったが、勝てるかどうかの心配どころか、全員を生け捕りにすることが確定事項であるかの如き言動のポーリンに、苦笑いを浮かべていた。
「そろそろ諦めて、出てきな!」
乗合馬車を囲んだ盗賊達の頭目らしき男が、何度目かの恫喝の声をあげた。
囲まれたこの状態では、馬車を走らせて強行突破しようとすれば、速度が出る前に斬り落とされるであろう。手綱か、御者の腕か首の、いずれかが。
盗賊達には、本格的な討伐隊が組まれるのをなるべく避けるため、乗合馬車を襲う場合には、御者と馬車馬、そして馬車本体にはできる限り危害を加えない、という慣習があるが、逃げようとしたり抵抗された場合は、その限りではない。なので、普通、御者は盗賊には逆らわず、抵抗も、無理に逃げ出したりもしない。
御者も、他人の命よりは自分の命の方が大切であり、それは誰にも責められなかった。
それに、乗客達も、おとなしく従えば、別に殺されるわけではない。金品を奪われるだけであり、無理に逃げようとして馬車が横転した場合の方が、余程生命の危険が大きい。
ただ、女性達は連れ去られるかも知れない。それが気の毒ではあるが、別に殺されることもないであろう。盗賊達と一緒に暮らすことになるか、どこかに売られるかは分からないが。しかしそれでも、死ぬよりはましであろう。
そう考えて、御者は罪悪感から自分を誤魔化して、何もせずに御者席に座ったままで事態を傍観していた。
しかし、乗客達にとっては、堪ったものではなかった。
荷物や装飾品等を含め、有り金全てを奪われるのも堪らないが、女性や少女、そしてその家族達にとっては、それこそ、世界の終わりである。
乗客達の中に、護衛や、たまたま乗り合わせた兵士やハンターがいる可能性がある。また、妻子を守るために死にもの狂いで抵抗する者がいないとも限らない。そのため、盗賊達は不用意に馬車に近付くことなく、乗客達に外に出るよう命令しているのである。
しかし実際には、この馬車に乗っている7名の乗客の中には、盗賊達とまともに戦えそうな者は、ほとんどいなかった。
若いハンターがひとり。護身用の短剣を持った中年の商人がひとり。10歳前後の少女がひとり。あとはほぼ戦闘力ゼロの若夫婦と、その子供らしき5~6歳の女の子。そして、杖を持った、痩せた老人。
「すまんな。俺にはとても6人もの盗賊の相手はできない。最初から無抵抗とさせて貰うぞ」
そう言う若手ハンターを責められる者などいなかった。護衛依頼を受けたわけでもないのに、勝ち目のない戦いで死ね、と強要できるはずもない。
もう、乗客達の懸案事項は、5~6歳の女の子が連れて行かれるかどうか、ということくらいであった。
その子の母親と、10歳前後の少女? 間違いなく連れて行かれるので、考えるまでもない。
しかしその時、少女が思いがけない言葉を発した。
「私が魔法で、最低ひとり、できればふたりに重傷を負わせます。そうすれば、負傷者を運ぶのに手を取られるから、あなた達を連れて行くのは断念するかも知れません。そう高い確率ではありませんが、何もしないよりはマシでしょう」
「え……」
少女の言葉に、驚きに眼を見開く若夫婦。
「そ、そんなことをすれば、あなたが殺されて……」
「生きて連れて行かれた後のことを考えれば、その方がずっとマシですから」
そう言って、肩を竦める少女。
「なら、儂がひとり引き受けよう」
老人の言葉に、え、と驚き、皆の視線が集まった。
「なに、もう人生の元は取った。老い先短いんじゃから、ここでひとつ功徳を積んで、あの世での位階を上げた方が、お得なんじゃないかと思うての、ふぁっふぁっふぁっ!」
「なら、私もひとり……」
短剣を持つ、中年の商人がそれに続いた。
「も、勿論、私達も戦います!」
若夫婦もそう言ったが、どうも、まともに戦えそうには思えない。
「お前ら、ふざけんなよ! それじゃ、俺もやらなきゃなんないだろうが!」
ハンターの若者が忌々しそうにそう言うが、その顔は笑っていた。
「いいか、嬢ちゃんが言ったとおり、全員を殺せなくてもいい。2~3人に重傷を負わせて、女性達を連れて行けなくできれば、その時点で俺たちの勝ちだ。その時にたとえ俺達が殺されていても、その勝利は揺るがん。
戦いが終われば、奴らもこっちの生き残りを殺そうとはしないだろう。そんなことをすれば、襲った相手を皆殺しにする盗賊が出た、ということになって、奴らにとっちゃあかなり困ったことになるだろうからな。俺達が戦いを選んだ、ということと、降伏すれば無益な殺生はしない、ということをアピールしたいだろう。
そして、もし俺たちがまだ生き残っており、戦闘力を残していれば……」
ハンターの若者は、にやりと嗤った。
「残った盗賊を殲滅して、王都に凱旋。討伐報酬を山分けだ!」
そして、作戦会議が始まった。