122 大人達の話
「何だと!」
ここは、ティルス王国国王の執務室である。部屋にいるのは、国王、宰相、一介のハンターから伯爵位にまで登り詰めた生ける伝説、剣聖クリストファー伯爵、そしてハンターギルド王都支部ギルドマスターの、4人であった。
「だから、しっかり確保しておけと言っただろう!」
ギルドマスターの報告に激昂して怒鳴る国王を、クリストファー伯爵が宥めた。
「まぁまぁ、陛下、ギルドマスターの報告にもありました通り、彼女達は、別に他国に移籍したというわけではありませんから……。
面白い依頼、やりがいのある難しい依頼を求めての、修行の旅。若きハンターなら、当然の行動ですよ」
「……そういえば、伯爵もハンター時代、各国を巡っていたとか言っていたな。それに、伯爵位を受けてからも、時々王宮に無断で他国へ行っていたという噂を聞いたが……」
「あ、ハハハ……」
笑って誤魔化しながら頭を掻くクリストファー伯爵。
そして伯爵は、もう少しギルドマスターの擁護を続けた。
「ま、まぁ、ハンターとはそういうものでして……。
それに、旅の合間や、ある程度満足すれば、自国に戻って落ち着くものですよ。私もそうだったでしょう? ポーリンという少女は家族と実家である商店がありますし、メーヴィス嬢は我が国の貴族籍ですし……。
それに、メーヴィス嬢は、いざとなれば……」
「いざとなれば?」
国王の問いに、悪い笑みを浮かべて答えるクリストファー伯爵。
「メーヴィス嬢が望んでいるという、騎士にしてやれば良いのですよ。一代限りの騎士爵にでも任命して。そうして、そのうち武闘派の貴族家の有望株とでも見合わせれば、他国に出掛けることもなくなり、その優れた才能と技術を我が国で広めてくれるでしょう」
「ふむ……」
伯爵の案に、国王は落ち着きを取り戻した。
「だが、マイルとやらはどうする。あれは、他国の出身だというではないか。母国に戻られる可能性があるのではないのか?」
「いえ、同期生とかから聞き集めた情報によりますと、どうやら母国を追われた元貴族家の娘らしい、という噂があり、生活に苦労した様子もない綺麗な細い指、あまりにも世間知らずな抜けた言動等から、その線が濃厚です。それならば、話は簡単です」
いいところで話を切った伯爵に、国王は、早く続きを話せ、というふうに目で催促した。
それに対して、クリストファー伯爵は、左手の親指を立てて自分を指差した。
「私のようになされば良いのですよ。国も、家族も、貴族としての身分も、全てを失って他国へと逃げ延びた少女。そこで、本人自身の才能を見いだして、貴族に取り立ててくれた国王陛下。
忠誠心大爆発、とは思われませんか?」
「「「なるほど!」」」
伯爵の案に、皆が感心した。
何も、クリストファー伯爵のように、伯爵位にする必要はない。男爵位とか、一代貴族の騎士爵位とかでも良いし、準貴族である準男爵とかもある。
「ギルドマスター、そちらの問題はないのか。こんなことを認めて、前例となっては……」
国王にそう問われたギルドマスターは、少し困ったような顔をして、恐る恐る答えた。
「いえ、その、前例、と言いましても、既にこのような事例は何度か……」
「何!」
「あの、その、先程クリストファー伯爵が申されました通り、ハンターというものは、そういうものでして……。
普通のルートでハンターになった者の多くが、若いうちに各国を巡る旅に出るのは普通のことですし、ハンター養成学校の卒業生も、既に何人もが5年を待たずに旅に出ています。
それを許可しないということは、ハンター全体からの反感を買う恐れもありまして……。
勿論、正式に国外に移籍することは許可せず、あくまでも一時的な遠征であり、国外で活動している間は、国内活動義務の5年間にはカウントしません。ある程度の期間が経てば必ず帰国する、という条件は、しっかりと念押ししています。
彼女達はまだ若過ぎますし、異常な程の才能があります。他国で男にでも引っ掛かったら、と思い、何とか止めようと頑張ったのですが、どうやら前例があることを知られていたらしいこと、そしてギルドにとって非常に困る嫌がらせを仄めかされて、抗しきれずに……」
「「…………」」
ギルドマスターの説明を聞き、渋い顔をする国王と宰相。クリストファー伯爵は、勿論それくらいのことは知っていた。
「それに、タイミング的に考えて、彼女達の急な行動は、あれ絡みではないかと思われます……」
「やはり、そう思うか……」
ギルドマスターに対する国王の言葉に、宰相とクリストファー伯爵も頷いた。
「ならば、それも良いかと考えまして。依頼料が無料で済みますし、たとえ何かあったとしても、一部のハンターが勝手にしたこと、とすれば国もギルドも責任を取らなくて済みますので。
そして、彼女達が他国において何らかの功績を挙げた場合、彼女達は我が国の国民であり、我が国に籍を置くハンターである、つまり我が国のおかげである、と主張することができます」
あまりにも酷い本音に、今度はクリストファー伯爵が顔を顰めた。
「いや、期待の新人なのだから、もう少しだな、配慮してやれんのか……」
そして結局、『赤き誓い』には好きにやらせる、ということになった。
但し、他国に移籍したり永住したりすることは、絶対に阻止。
他国の男に引っ掛かることも、阻止。
自国の男でも、彼女達にふさわしくない者、国にとって不利益になりそうな者は阻止。
何らかの功績を挙げた場合、爵位の授与を検討する。
以上が決定されたのである。
こうして、『赤き誓い』の4人は、本人達が全く知らないところで、恋人を作ることに関するハードルを非常に高く上げられてしまったのであった。
勿論、彼女達がそれに従うかどうかは、また別問題であったが……。
「私達が、護衛依頼を受けました、Cランクハンターの『赤き誓い』です。よろしくお願いします」
「いやいや、こちらこそ、よろしくお願いしますぞ!」
パーティ・リーダーのメーヴィスの挨拶に、小娘だからと侮ることなく、きちんと挨拶を返してくれる商人。
そう、ここは国境線にほど近い町であり、ここから隣国の街まで、3人の商人が率いる馬車5台からなる小規模商隊を護衛する依頼を受けたのである。人間は、マイル達と商人、そして御者ふたりを含め、総勢9名である。勿論、馬車3台は、商人が自分で御者を務める。
王都や大都市から出る大規模商隊と違い、国境近くの田舎町から出発する商隊など、この程度が普通である。
事の発端は、レーナの「国を出るのは、形だけでも『国外へ行く依頼を受けたから』という建前が必要なんじゃないかしら」という言葉であった。
その言葉に、皆も成る程、と納得し、大した手間でもないし、護衛依頼を受ければ収入にもなるので、丁度良い護衛依頼があるまでの数日間、常時依頼の討伐や狩猟等でお金を稼ぎつつ待機していたのである。
せっかく出た国境越えの護衛依頼を他のパーティに取られないよう、その間は常時依頼の仕事に行くのは3人ずつにして、交代でひとりはギルドに張り付いていたところ、レーナがギルド番の時に丁度良い依頼が出され、ボードに依頼票が貼られた瞬間、レーナはかるた大会決勝戦並みの電光石火でそれを剥ぎ取ったのであった。
そしてレーナは受注手続きを済ませると、すぐに商人達のところへ行き、翌朝出発することや、その他の細々とした打ち合わせを済ませ、宿で仲間達が戻るのを待った。
もう用事は終わったので、ひとりでポツンとギルドで待っている必要はない。宿でのんびりすることに、何の問題もなかった。
そして今、いよいよ商隊の出発である。
さすがにこのあたりまでは、『赤き誓い』の噂も流れてきてはいなかった。
いくら王都で少し名が知られたと言っても、所詮Cランクパーティである。このような地方の小さな町にまで噂が伝わるのは、Sランクか、せめてAランクの上位あたりからであった。Bランクパーティだと、せいぜい近隣の町村で少し知名度がある、という程度である。
なので、マイル達は、王都で少しばかり名が知られていたということは、忘れることにした。
Cランクハンターが、「王都では、少しは知られたパーティで……」などと言っても、滑稽なだけである。
これからは、ただの無名の新米Cランクハンターとして、初心に返り、新人として謙虚に活動する。中堅を名乗れるだけの実力が身につくまでは。
護衛の配置は、先頭馬車に、マイルとポーリン。最後尾に、メーヴィスとレーナ。
前衛と後衛のバランス、攻撃力の配分等から考えてこの配置が最適であると、皆で考えた結果であった。また、索敵魔法が使えるマイルが先頭なのは、当然であった。
あまり便利な魔法を使うのは、みんなのためにはならない。しかし、マイルの索敵魔法のことは、もう仲間達はみんな知っているし、人命がかかった護衛任務中なので、堅いことを言うのはやめたのである。
そういうわけで、移動中は、マイルはポーリンと御者とだけ話していた。配置は、ポーリンが御者の隣、マイルは例によって幌の屋根の部分に腰掛けていた。
先頭馬車なので、御者は商人ではなく、雇われたプロの御者である。なので、決して後ろを振り向いて少女のスカートの中を見るような不埒な真似はしない。
マイルは、この国については、王都と、あのハンター登録を行った町のことくらいしか知らなかった。あとは、数カ所の町村に、依頼任務でごく短期間立ち寄ったくらいである。
なので、移動ルートや目的地については、あまり興味がなかった。街道の名前を聞いても分からないし、町の名前を聞いても、どうせすぐに忘れる。護衛は、襲い来る盗賊や魔物を倒し、追い払うのが仕事であり、商隊の行動については口を出す権限はない。ただ、一緒にいれば良いのであるから、他の事は気にする必要はない。
そして、今回の受注処理、依頼主との調整等は、全てレーナがひとりで行った。
レーナも行商人の娘であり、旅や取引については全くの素人というわけではない。なので、マイルは何の心配もしていなかった。それに、初めての町に行く時には、余計な予備知識がない方が、わくわくして楽しめる。
そういうわけで、移動中もレーナと一緒のメーヴィスと、休憩時にマイルが夕食の獲物を狩りに行っている間にレーナから話を聞いたポーリンと違って、マイルは目的地については何も知らなかった。
そして勿論、マイルは、一年近くも前に、急ぎ足で一度通っただけの道を覚えているほどの記憶力を持っているわけでもなかったし、逆方向から見る景色は、全く別物に見えた。
国境線は、もう間近であった。
そして馬車は進む。上機嫌のマイルを乗せて。