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121 いつか来た町

「今夜は、この町に泊まるわよ。で、良さそうな依頼があれば、ちょちょいと片付けて、ひと稼ぎするわよ」

 王都を出発してから10日近く経った、ある日。

 夕方近くにとある小さな町に着いたマイル達『赤き誓い』一行は、レーナの言葉に頷いた。

 皆は旅の間、王都で稼いだお金は使わないことにしたのである。

 修行の旅で、事前に稼いでいたお金を使って贅沢をしたのでは、意味がない。今までのお金は、封印。そして、旅の間は独立採算。いや、更にどんどん蓄えを増やすつもりであった。


「じゃ、宿を取る前に、まずはギルドに行って情報収集よ」

「「「おぉ!」」」

 どんな美味しい依頼、面白い依頼があるか分からないのに、先に宿を取ったりはしない。

 場合によっては、すぐに出掛けたり、依頼主の屋敷に招かれたりする可能性が全くないわけではないからである。そうなる確率は、恐ろしく低いが……。


 かららん……

 ギルドのドアを開けると、いつものように、中にいたハンター達の視線が一斉に集中した。

 どこの街のギルドへ行っても、こうである。これはもう、ハンター達の習性なので、仕方ない。

 そしていつものように、何だ小娘か、と興味を失って視線を外す者、良からぬ興味を持ってじろじろと眺める者等に分かれ……なかった。


「おい、あれって……」

「『銅貨斬り』じゃねぇか?」

「『他のハンターの自信とプライドを収納しちゃう少女』だ! 帰ってきたのか……」

 ざわつくギルド内の様子に、困惑する『赤き誓い』の4人。

「ああっ、マイルさん!」

 そして受付カウンターの中から聞こえた叫び声に、ますます集まる視線。

 記憶を掘り起こし、ようやく思い出したマイルが叫んだ。

「あ、ラオウさん!」

「ラウラです!」

 名前を訂正する受付嬢の声を聞きながら、マイルは呟いた。

「何か、見覚えがある町並みだなぁ、とは思っていたんですよねぇ……」


 その後、知らせを聞いたギルドマスターが2階から駆け下りてきて、涙目で、マイルの両手を握ってぶんぶんと振り回した。

「よく、よく戻ってきて下さいました! これから一席設けますので、しばらくお待ち下さい!」

 そう言って、ラウラに店を予約するよう命じ、残った仕事を片付けるために部屋へと飛んで戻ったギルドマスター。

「どういうことよ?」

「あはは……」

 ジト目でマイルを睨むレーナに、なんとか説明するマイル。


「つまり、あのギルマスが、あんたをハンター養成学校に推薦してくれた人、ってわけね?」

「あ、ハイ」

「じゃあ、あんたの恩人じゃない! 私達が出会ったのも、あの人のおかげ、ってことだし……。

 でも、何かあったら責任を全て被らなきゃならないギルマス推薦枠を初対面の女の子に使うなんて、余程の人物か、馬鹿、もしくは下心のあるスケベ親父だけよ。

 で、アレは、そのうちのどれよ? とても『余程の人物』には見えなかったけど?」

「う、えぇと、い、いい人、です!」

「ハァ?」

「だから、いい人、です!」

(((ああ、お人好しの馬鹿、ってことか……)))

 レーナ達3人は、正しく、そう理解した。


 マイル達が依頼ボードを確認し、ショボい依頼しかないためこの町での仕事はやめて、明日にはさっさと次の町へ向かおうと決めた頃、店の予約を終えたラウラが戻り、その後すぐにギルドマスターも2階の自室から降りて来た。

「さ、参りましょう!」

 無料ただ飯にありつけるなら、文句はない。

 喜んでギルドマスターとラウラのあとについていく、『赤き誓い』の面々であった。


 到着した店は、小さなこの町としては、まぁまぁの店であった。1階が食堂と調理場、3階が店主一家の居住区と倉庫、そして2階が宿泊客の客室になっている。

 ついでなので、マイル達は食事の前にこの店で部屋を取った。これで、食べ過ぎて動けなくなっても安心である。


「よく戻ってきて下さいました。歓迎致しますよ!

 あの卒業検定、ラウラと一緒に見せて戴きました。いや、素晴らしい戦いでした……」

「え、見に来て下さったんですか?」

 ギルドマスターの言葉に驚くマイル。

「はい、勿論ですよ! 何せ、私が推薦したマイルさんの、晴れの卒業検定ですからね!

 いや、マイルさんが素晴らしい成績で卒業して下さいましたおかげで、推薦した私の評価も上がり、栄えある今年の『ギルドマスター有望新人発掘賞』を戴き、ギルマスランクも上がりました。全て、マイルさんのおかげです!」

 心から嬉しそうなギルドマスターであった。


 そして楽しい食事会が始まり、直接見たわけではなく又聞きではあるものの、ラウラが語る、マイルの『大剣切断事件』、『銅貨斬り』等のエピソードで盛り上がった。

 お酒は、未成年であるマイルを除いた3人がワインを少し飲む程度であった。

 いや、この国では飲酒に年齢制限などないので、マイルがお酒を飲まないのは、あくまでも前世での記憶による、マイルの「自主規制」に過ぎないのであるが……。

 しかしその代わり、マイルは、レーナと共にがっつり食った。普通であれば、お金を払う者の顔が引き攣るくらいに。

 だが、マイルのおかげでギルマスランクが上がり、給料も増えたギルドマスターにとっては、そんなことは些細なことであった。


 順調な『赤き誓い』の活動ぶりを喜んでくれるギルドマスターに、マイル達は、おそらくかなり時間が経ってから、歪んでその一部の情報のみが伝わってくるであろう、例の『古竜と獣人達の調査活動』の件を、問題のない範囲で、正確な情報として教えてあげた。

 貴重な情報に喜んだギルドマスターの杯は進む。日頃、面倒な話ばかり持ち込まれるギルドマスターにとって、こんな旨い酒は、久し振りであった。

 人生、最良の日。

 そんな言葉が脳裏に浮かぶ、ギルドマスターであった……。



 翌日。

 いささか飲み過ぎたギルドマスターであるが、それでも、遅刻をするようなことはない。

 さすがに、いつものように朝の受注ラッシュ前に出勤、というわけには行かなかったが、それは揉め事に備えたサービス出勤である。正規の出勤時間である朝2の鐘(午前9時)までには充分に余裕のある時間に出勤したギルドマスター。


 受付嬢は、当然の事ながら、ギルマスである自分より出勤時間が早い。昨夜のお酒が残っている素振りもなくカウンターで受付業務をしているラウラに、客の換わるタイミングで話しかけた。

「『赤き誓い』の皆さんは、今日は仕事に行かれたかな?」

「あ、はい、朝早くに来られまして、昨夜の礼と出発の挨拶、そしてその時におられましたハンターの皆さんと少し話された後、出発なさいましたが……」

 ラウラの返事に、うんうんと頷くギルドマスター。


「ほほう、若い、というのは、いいですねぇ。到着早々、休むことなく、すぐに仕事、ですか。

 で、どの仕事を受注されたのかな?」

「何も」

「え?」

 ラウラの返事に、きょとんとするギルドマスター。

「いえ、次の町に向かわれましたので、丁度良い護衛依頼等もなかったので、何も受注されませんでしたけど……。

 途中で、常時依頼の魔物か、素材採取用の動物でも狩るか、とおっしゃっていました」

「え?」

 話が見えないギルドマスター。


「え、あの、マイルさん達は、この町に戻ってきて、ここに住み着いて、ハンター活動をするつもり、じゃあ……」

「え、何言ってるんですか、マスター……。今売り出し中の、期待の新人なんですよ。こんな、ろくな依頼もない田舎町に住み着くはずないじゃありませんか。

 移動中に寄って下さっただけに決まってるでしょう?」

「え……、え、ええええぇ~~っっ!!」

 顔に絶望の色を浮かべ、崩れ落ちるギルドマスター。

 僅か半日の幸せであった……。



「次の町では、面白い依頼があるといいですね!」

「面白い、じゃなくて、実入りのいい、ですよ、マイルちゃん!」

 街道を歩きながらの、マイルの能天気な発言を訂正するポーリン。

「いや、私としては、早くBランク、そしてAランクになれるよう、功績ポイントが高そうな依頼がいいのだが……」

 メーヴィスが、自分の希望を述べる。

「じゃあ、面白くて、報酬が良くて、功績ポイントが高そうな依頼を受ければいいんでしょ。

 さ、次の町へ行くわよ! そして、ついでに常時依頼の魔物と、素材目的の動物狩り!

 私達には、力が足りない、知識が足りない、経験が足りない、そして何より、金貨が足りないわ!」

 レーナの言葉に、苦笑する3人。

 しかし、これは修行の旅であり、お金儲けの旅である。なのでみんなは、いつものように、声を揃えて返事した。

「「「おおっ!!」」」


 そして、行き先はどこでも構わなかったため、行商時代に旅の経験があるレーナに全てを任せていたマイルは、たまたま偶然に懐かしい町に行き当たったなぁ、と思うだけで、重要なことに全く気付いていなかった。

 あの町は、自分が母国から逃げ出して辿り着いた町であり、そこから国の中央部にある王都へと向かったこと。

 そして今、自分達が、王都から旅立ち、あの町へ到達したこと。

 ならば、このまま真っ直ぐ進めば、どこへ向かうことになるのか、ということを。


 そして、『赤き誓い』は進む。

 自分達がやって来た、王都方面とは反対側へと続く街道を、真っ直ぐに。

 その先には、何が待っているのだろうかという期待を胸に。

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― 新着の感想 ―
[一言] マイル物忘れがすぎるwwww
[一言] ラオウが受付嬢・・・て、イチゴ味?
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