114 あの人は今
「わんわん!」
「「「「え、エルシィィィィィィ~~!!」」」」
「あ、私、チェルシーといいます。ロブレスの騎乗員です。皆さんの援軍として、領主様の命により参りました」
「「「「えええええ!」」」」
負傷したロブレスの左翼に治癒魔法を掛けてやりながら、マイル達が少女から聞き出した話によると、どうやらあの魔術師の男(名前は忘れた)、本人の思惑通りには事が運ばなかったようである。
領主に「王都に行きたい」と言ったものの、そんなことをしたら領主には一銭の得にもならないため、即座に却下されたそうな。
考えてみれば、当たり前であった。被害を受けたのは、この領地の民であり、ここの領主の兵士達である。あの魔術師を王都に行かせて、昔のコネとやらで王宮に取り入ったとしても、この領にとっては何の得にもならない。
それよりは、人間が使役できるワイバーンと、その方法を考え出したという魔術師を自分のところに留め置いて、領地のために働かせた方がずっと得策である。そもそも、この領地内での司法権は領主にあるのだから、領内で罪を犯した者を王宮に差し出さねばならない理由はない。領内で、好きな処罰を与えれば良いのである。ただ働きでワイバーンの調教方法を他の者に伝授させる、とかいうような処罰を……。
そして、軟禁状態でワイバーンの調教方法を教えるよう強要された魔術師は、最初のうちは色々と言い逃れていたものの、あまりの強情さに、遂に領主が『拷問』という言葉を匂わせ始めると、ようやく本当のことを白状したらしい。曰く、「ロブレスの件は『たまたま』であり、調教法など存在しない」、ということを……。
そして激怒した領主は、魔術師をただ働きさせて、その給金分を被害に遭った村人や兵士達に分配することにしたらしい。
ロブレスは、一品モノの戦力として領主軍に組み込まれることとなり、その騎乗者が選定されることとなった。
しかし、ロブレスは兵士を乗せることを嫌がり、また、成人男性が武器や防具を身に付けて騎乗すると、ロブレスが飛行するためには常に魔法を使い続ける必要があり、行動半径や戦闘能力が大幅に低下する。それに、ロブレスへの騎乗を希望する兵士はひとりもいなかった。
そこで、あの魔術師の意見も聞き、『体重が軽く、防具を身に付けさせなくても良く、命令に逆らわず、ロブレスが乗せることを嫌がらない、使い捨てにできる者』として、身寄りのない少女達の中から、適性のある者が選ばれた。
それが、スラムで飢えと貧困の中を這いずり回って生きていた、この少女であった。
「名前なんかなくて、『クズ』とか『ゴミ』とか呼ばれていたんですけど、ブーンクリフト様が『チェルシー』という素敵な名前を与えて下さったんです! そして、ブーンクリフト様と私、ロブレスの、ふたりと1匹で、飛行訓練とかをやりながら、幸せに暮らせるようになったんです。
飢えることがなくて、ベッドで眠れて、ブーンクリフト様やロブレスと一緒に暮らせる、本当に、夢のような暮らしで……」
そう、嬉しそうに語る少女。
驚くべきなのは、この少女が、あの魔術師の境遇を正確に理解しているらしきことであった。
魔術師が自分で話したのか、他の者から聞いたのか、それとも噂話を総合して自分で判断したのかは分からないが、いずれにしても、スラム出の10歳の少女としては、突出した理解力であった。
そして更に、あの魔術師があまり褒められた人物ではないと理解しながらも、それでも自分の恩人であると感謝し、恩を感じているらしいのも、大したものである。自分が、使い捨ての道具だと理解していながら。
「でも、なぜか挨拶や返事は『わんわん!』と言うように、と言われていて……。どうしてなんでしょうかねぇ? 私、奴隷以下の、犬扱いなんですかねぇ? でも、その割には、すごく可愛がって下さるんですよねぇ、ブーンクリフト様……」
「「「「あはははは……」」」」
力なく、乾いた笑いを溢す4人であった……。
しかし、『赤き誓い』の4人は、少し驚いていた。
領主が、何か、そう悪い人物ではないのかも、という疑惑が浮上したので。
いや、それは果たして「疑惑」というべきかどうか……。
とにかく、監視役ではなく、本当に「間に合うように出せる、最大の切り札」を惜しげもなく出してくれたこと、あの魔術師の給金分を被害者達に渡しているらしきこと等、普通の貴族はやらないことである。そもそも、魔術師は刑罰の代わりに働かせれば良いのであって、給金などと考える必要はない。それを、少しでも被害者に、という心遣いなのであろうか……。
また、魔術師とチェルシーが幸せに暮らせる程度の予算は割いているようでもある。犯罪者とスラムの孤児なら、最低限の生活をさせても、誰も文句は言わないにも拘わらず。
レーナが、ぽつりと呟いた。
「もしかして、ここの領主って、結構良い奴?」
「確かに、前回、金払いは良かったです……」
ポーリンの『良い人』の基準は、他の者とは少し違うようであった。
まぁ、何にしても、皆、結構幸せになっているようで、重畳であった。
そうこうしているうちに、ロブレスの怪我も完治した。
マイルとポーリンとクーレレイア博士の3人が治癒魔法を掛け続けていたのだから、当たり前である。この過剰戦力ならば、脳死に至ってさえいなければ、首だけの状態からでも復活するのではないかと思われる。
「あ、クーレレイア博士、チェルシーちゃんと一緒に、ふたりでロブレスに乗って、先に領都へ戻りませんか? 王都から使者や兵士が出発する前に、続報の使者を送った方がいいでしょう? そのためには、ギルドと領主様への報告は少しでも早い方がいいですし……」
「え? えええ?」
マイルの提案に、動揺するクーレレイア博士。
マイルの側にいて、秘密を探りたい。
しかし、空を飛んでみたい! 一生に一度、あるかないかの機会である!
でも、空を飛ぶの、怖いいぃ!
しかし、受けた仕事としては、少しでも早く報告する義務がある。王都からの使者や兵士達の到着を待たずに、領主が既に兵の準備を始めているかも知れないし……。
様々な思いが頭の中を駆け巡り、考えが纏まらない。
「で、でも、ロブレスちゃんが嫌がるんじゃあ……」
何とか、そう返すのが精一杯のクーレレイア博士であったが……。
「ロブレス、いいよね? 喜んで乗せてくれるよね?」
そう言って、にっこり微笑むマイルに、ロブレスは壊れた玩具のように、必死でこくこくと頷き続けるのであった。
治った翼を不安そうに何度か羽ばたかせ、ようやく納得して安心したのか、ロブレスはチェルシーとクーレレイア博士を乗せて飛び立った。
出発前に、博士とは、『どこまで報告するか』についての打ち合わせ済みである。
3頭の古竜も、すぐ後ろで黙ってそれを聞いていた。なので、マイル達が依頼人に「嘘は吐かないが、意図的に省略した報告」を行うことにより、諍いが起こる確率を出来得る限り下げようとしているということは理解されたものと思われる。
古竜達が獣人や魔族達を使って各地の遺跡調査を続ける限り、また、いつか、どこかで人間やエルフ、ドワーフ達との揉め事が起こる可能性はある。
しかしそれは、その時の当事者達が何とかすれば良い話である。別に、『赤き誓い』が全ての揉め事を何とかしなければならないというわけではない。そのような仕事は受注していないのだから。
それは、また、その地のハンターなり勇者なりが引き受けるであろう。それに見合った枚数の金貨や、お姫様との結婚とかを報酬として。
依頼を受けてもいないのに、余計な手出しをしてそれらを横取りしたりしては申し訳ない。
「じゃ、今度こそ、本当に出発するわよ。
『赤き誓い』、依頼を完遂し、領都へ帰還する!」
「「「おお!」」」
クーレレイア博士がいなくなったため、今回はレーナの声に対するみんなの返事が揃い、『赤き誓い』は領都へ向け出発した。
黙ってその後ろ姿を見送る、3頭の古竜を後に残して。
『ベレデテス……』
『……何だ?』
シェララは、ぽつりと呟いた。
『……ついて行っちゃ、ダメかなぁ?』
『ばっ! な、何を言っている!』
『分かってるわよ。聞いてみただけ、よ』
『……そうか』
だが、ベレデテスには、シェララがなぜそう言ったのか、何となく分かるような気がした。
なぜならば、自分も少し、ほんの少しではあるが、そう思っていたので。
何故か、あの連中について行けば、面白くて退屈しない日々が訪れそうな気がしたのである。
そう、古竜もまた、ナノマシン程ではないが、その長い生において、退屈を持て余す種族であったのだ。