111 蹂躙
『ほほぅ、まだ立つか……。
だが、お前が勝てる可能性はない。素直に降伏し、全てを喋るならば、仲間達と共に命は助けてやろう』
古竜ベレデテスの言葉に、マイルが返事を返す。
「素直に降伏し、全てを喋るならば、仲間達と共に命は助けてあげます……」
『え……?』
『ふはは、面白い奴だ。人間なのが惜しいものよ……』
古竜達の反応を無視して、マイルが呪文を唱える。
「ナノマシン!」
大きな声で叫ばれたその言葉に、付近の空気が、ぴぃん、と張り詰めたような気がした。
「ナノマシン! アイ、コマンド、ユウゥ……」
古竜に呪文が意味するところを悟られないよう、地球の言語でナノマシンに命令するマイル。
もしナノマシン達が地球の言語を知っていなくても、思念波を受け取れるのだから問題はない。それに、何となく、神様がそれくらいは仕込んでくれていそうな気がした。
「栗原海里、アデル・フォン・アスカム、そしてマイルが命ずる。我が命令を、最優先で受諾せよ……」
『何度やっても無駄だ。我ら古竜が、それも3頭が張った防御魔法を抜けるわけが……』
ひゅごっ、どぉん!
『『『な……』』』
一撃で破壊された防御魔法に、愕然とする古竜達。
『そ、そんな……、そんな馬鹿な! 我ら古竜が3頭がかりで張った防御魔法が、たかが人間の、ファイアー・ランス如きに……』
それを聞いたマイルは、にやりと笑った。そう、一生に一度は言ってみたいあの台詞シリーズ、その中の、アレを言うチャンスが訪れた喜びを我慢できずに。
そして、マイルの口から、その言葉が紡がれた。
「……今のはファイアー・ランスではない、ファイアー・ボールだ……」
だが、本当は、マイルが全力で放ったファイアー・ランスであった。
戦いには、ハッタリや駆け引きが大事なのである。
しかし、なぜマイルの魔法が急にとんでもない威力になったのか。
……そう、マイルが覚醒後に初めて使った水魔法が暴発した理由を聞いた時、ナノマシンは最初にこう説明してくれた。
『ナノマシンに対する指示であることを明確に示したために、魔法の効果が通常の約3.27倍になりました』と……。
ならば、権限レベル5のマイルが、更に明確に、はっきりと命令すれば?
そう、その結果が、これであった。
『ば、馬鹿な……。あり得ぬ……。
こ、攻撃だ、全力を出せ!』
ごおぅ!
そして迸る3本のブレスは、全てマイルの少し手前で弾かれ、散った。
『こ、こんな、こんなことが……』
「サンダー・ボルト!」
どぉん!
落雷が、最初に現れた古竜、ウェンスを打ち、白目を剥いたウェンスが、大きな地響きを立てて倒れた。
『な、雷? 自然を操る魔法だと!』
どうやら古竜も、電気という概念を知らないため、雷魔法は使えないらしかった。
「どうですか、降伏する気になりましたか? あ、この魔法は上から落とせるので、後ろに庇っても無駄ですよ。降伏しないなら、先に後ろの……」
『ウオオオオオォ~!』
ベレデテスが、マイルに向かって吶喊した。
シェララに向かって攻撃させるわけには行かない、絶対に。
そして、こちらの攻撃魔法は弾かれ、向こうの攻撃魔法は防げない。上から攻撃されては、自分が盾になることもできない。
ならば、どうすれば良いか。
……簡単である。
魔法が駄目ならば、肉弾戦で潰せば良い。ただそれだけのことであった。
古竜の巨体による肉弾攻撃に耐えられる生物など、存在しない。
ベレデテスの身体に、充分な加速が加わった。これでもう、相手の攻撃魔法を受けて倒れたとしても、相手の上にのしかかって押し潰せる。
(……勝った!)
そう思ったベレデテスであるが、相手が全く動こうとはしていないことに、疑問と、一抹の不安を感じた。
(いや、ただ単に、迫り来る古竜の迫力に気圧されて、動けないだけだ! 他に、理由など……)
そしてベレデテスは、とうとう最後まで全く動かなかったマイルを、そのまま踏み潰した。
『ぎゃああああぁ~~!!』
マイルを踏み潰したはずのベレデテスの右足の甲から、にょっきりと生えた、銀色の剣。
そう、マイルは魔法だけではなく、剣による接近戦もできるのである。
慌てて足をあげた古竜。そしてその下からは、無傷のマイルが姿を現した。今までに受けた怪我は、既に完全に治癒済みであった。髪も修復されている。残念ながら、防具と衣服はボロボロのままであったが。
『な、何故! 何故、潰れていない!』
「自分の技の秘密をぺらぺらと敵に喋るのは、馬鹿と三下だけですよ? あなたもそうなのですか?」
『な、何を……』
マイルは、今回の戦闘までは、自分の身体が古竜の半分の強度を持つものだと思い込んでいた。
しかし、先程の『骨肉ぐちゃぐちゃ事件』により、どうやらそうではないらしいことに気が付いた。
……考えてみれば、当たり前である。古竜とは比較にもならないサイズの骨や腱、筋肉で、古竜の半分の強度と力が持たせられるわけがなかった。それこそ、オリハルコン製の骨格、カーボン・ナノチューブ製の筋組織とかででもない限り……。
さすがの神様(自称)も、人間の素材、人間のサイズで、古竜の半分の強度と力、というのは、無理があったようである。少なくとも、「人間である」と言い張れる範囲内では。
ならば、マイルがどうしたのかと言うと。
勿論、身体強化魔法である。
メーヴィスと違い、肉体の強度や基礎能力がケタ違いのマイルは、かなりの強化魔法に耐えることができる。そして、マイルには自分の身体にナノマシンを集めることができた。自分に治癒魔法を掛けたり、直接ナノマシンにお願いしたりすることによって。
つまり、ミクロスを飲まなくても、同様のことができるのである。
さすがに、古竜を投げ飛ばす、というようなことはできないが、その体重を支える、という形であれば、体表面に張ったバリアとガチガチの強化魔法の併用で、何とかなる。
……と言うか、なった。
「じゃあ、降伏してくれないようなので、後ろの方に、どんな生物でも一瞬で首がぽろりと落ちる、『首狩り魔法』でも……」
『や、やめろおおぉぉ! やめ、やめてくれええぇ~!!』
ずぅん!
ベレデテスが必死の形相で叫んだその時、地響きがした。皆が音の方を見ると、古竜ベレデテスの後ろにいた、今までの話から少女だと思われる古竜シェララとやらが、地面に仰向けに横たわり、両腕と両脚を開いていた。
「……古竜の、全面降伏の仕草よ」
今まで、いつでも防御魔法でレーナ達を護れるようガチガチに緊張して立ちはだかっていたクーレレイア博士が、ようやく肩の力を抜いて、そう教えてくれた。
ウェンスが気絶、シェララが降伏したのでは、ベレデテスだけで戦い続けることはできなかった。主に、シェララの安全、という意味合いにおいて。
そしてベレデテス自身も、既に戦意を喪失していた。元々、戦いたくて戦ったわけでもない。話し合いで解決できるなら、それに越したことはなかった。
と言うか、絶対に護らなければならないシェララが全面降伏したわけであるから、「どうか話し合いをさせて下さい」と頭を下げる立場である。あまりにも信じがたい事態のため、腹が立つとか、古竜のプライドが、とかいう気持ちすら湧いてこなかった。
そしてベレデテスは、力なく呟いた。
『降伏する……』