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109 てめぇは私を怒らせた!

 上空に舞い上がったロブレスは、再び緩降下の体勢にはいった。再度攻撃を行うつもりなのであろう。しかし、それはあまりにも無謀であった。


『飛龍如きが、調子に乗りおって……』

 そう、古竜が、自分に危害を与えうる敵と見なし、迎撃態勢にはいったのである。

 浅い角度で接近し、再び攻撃を加えるべく、ロブレスが口を開けようとした瞬間。


 どん!


 古竜の口から、火球が放たれた。

 先程レーナ達に向けて放たれた火炎状のものではなく、文字通りの火球、炎の塊である。

 高速で放たれた火球はロブレスの左翼に命中し、ロブレスは、騎乗した少女の悲鳴と共に木々の間に墜落した。登場から僅か数分の活躍であった。

 しかし、その数分は、決して無駄ではなかった。

 ロブレス達が稼いでくれた、その僅かな時間の間に、メーヴィスはやっとのことでポケットからカプセルを掴み出し、そのフタを開けることに成功していたのである。


「頼んだぞ、ミクロス!」

 マイルに教えられた、『薬の効果を高める、祈念の言葉』を唱え、メーヴィスは再び一気にその中身を飲み干した。

「完全に治癒するのは後でいい。今は、気の力を練って、痛みを無視し、身体が動かせればそれでいい! うおおおおおぉ!」

 己の気の力で、肉体をコントロールしようと必死のメーヴィス。

 自分は魔法が使えないと思っているメーヴィスは、それが『治癒魔法』そのものであるなどとは思ってもいなかった。

 そしてすぐに痛みが消え、身体が動くようになり始めたメーヴィスは、それが決して怪我が治ったことを意味しているわけではないと理解していた。

 ただ単に、痛みを感じなくなっただけ。最低限必要な骨と腱を、気の力で支えているだけ。しかし、それで充分であった。


 そしてメーヴィスは、ポケットから次のカプセル、本日3個目を取り出した。

 頭の中に、マイルの言葉が甦る。

『一度に使うのは、1本だけにして下さい。どうしても、という場合は、もう1本だけ。但し、その場合は、無茶な動きは絶対にしないで下さい。

 これを使えば、筋肉や腱もある程度補強されますけど、力の増加には追いつけないですから、無理をすると骨折、筋断裂等、身体中が壊れちゃいます。そして3本以上は、絶対に使わないで下さい。原則1本、非常時にもう1本だけで、その場合は細心の注意を払う。いいですね? 下手したら、死んじゃいますからね!』


 だがメーヴィスは、当のマイルから、どんな正論で諭されようが、それを完膚無きまでに叩き潰せる魔法の言葉を教えられていた。そして3個目のカプセルの中身を飲み干したメーヴィスは、その言葉を呟いた。

「……それがどうした!」


 そして4個目のカプセル、5個目のカプセルを手にして、それをじっと見詰めたメーヴィスは、マイルが時々使う決め台詞を拝借した。

「今使わなくて、いつ使うと言うのだ!」

 そして、その2個のカプセルの中身を一気に飲み干した。


 主武器であるショートソードは、先程古竜に吹き飛ばされた時に、どこかへ飛んでいった。今、腰にあるのは、あの、折れてマイルによって予備の短剣に作り替えられた、実家から持ってきた剣のみである。

 その剣を、すらりと引き抜いた。


 ざわ、ざわ……


 周りの空気がざわめくかのような気配に、メーヴィスは微笑んだ。

「お前との実戦は、これが初めてだな。今まで料理にばかり使って、済まなかった。

 これが、私達が共に戦う最初で最後の戦いになるかも知れんが、よろしく頼むぞ!」

 メーヴィスのその言葉に、短剣がぶるっと震えたような気がした。


 しゃり……


「え?」


 しゃり、しゃり、しゃりり……


 短剣の刃からさらさらとこぼれ落ちる、光の粉。そして現れた、神々しく、かつ禍々しく輝く美しい刃紋。

「それが、お前の本当の姿なのか? はは、古竜どころか、神や悪魔ですら斬れそうだな……」

 目立たないようにと、切れ味を落とすために施されていた、刃のコーティング。それを、自らの判断で解除した、短剣の整備のために張り付いていた専属ナノマシン達。

 不遇の日々に涙していたそのナノマシン達もまた、マイルの決め台詞を何度も聞かされていた。そして、自分達も思ったのである。

(今解除しなくて、いつ解除すると言うのかッ!)

 あの権限レベル5の少女のために、そこまで命を張ろうというのなら、付き合ってやる。

 それが、短剣専属ナノマシン達の総意であった。

 そしてメーヴィスは、短剣と共に古竜目掛けて吶喊した。


 古竜は、飛龍が落ちた振りをして木々すれすれに飛んでくる可能性を考慮して、しばらくの間、森の方を見ていたが、どうやらその様子もないようなので、再びマイルの方へと向き直った。

 横の方から、先程の剣を使う人間が向かってくるのには気付いていたが、万全の状態で、ようやく僅かに鱗を傷付けられた程度である。主武器を失い、予備の短い武器。そして身体はボロボロの状態では、今度は鱗を傷付けることすらできまい。

 そう思った古竜は、好きに攻撃させてやることにした。

 腕や尾で払うのは容易いが、何もせずに攻撃させてやり、それでも僅かな傷すら付けられない、その無力感と絶望が、古竜に対する恐れとなり、伝説となる。

 そのため、その存在を知りながらも完全に無視し、攻撃を受けたことにすら気付いていない、というポーズを……


 ずぶり


『……え?』

 古竜の動きが凍り付いた

『え? え? え……』

 あまりの驚愕に、頭が追いつかない。

 痛みを感じる余裕すらない。

 強固な鱗と強靱な外皮を貫いて、自分の脇腹に深々と刺さったモノ。

 古竜は、ただ灼熱感を覚える自分の脇腹を、呆然と見詰めていた。


「う、うぉ、うおおおお!」

 メーヴィスは、全力で剣を動かそうとしていた。

 先程の失敗に鑑み、剣を振って斬るのはやめて突きを放ったメーヴィスの短剣は、何と、刃部分のほとんどが古竜の脇腹へと吸い込まれ、柄の少し先までがその体内に埋まっていた。

 そこから、何とか剣を動かそうとするのだが、静止した状態から動かすには強い力が必要であり、強靱な外皮や鱗、そして腹膜や腹筋を切り裂いて剣を動かすのは、ハードルが高かった。

 抜くだけなら、比較的簡単かも知れない。しかし、身長差の問題で心臓等を狙えない以上、大きな損傷を与えるには、やはり大きく切り裂く方が良いかと思ったのである。それが正解かどうかは分からないが。


「うぐぐぐぐ……」

 メーヴィスが剣を動かそうと全力を出していると、ずぶ、と、少し動いたような気がした。

 更に力を入れると、ず、ずずず、と、確かに動いていた。

「うおおおぉ……」


 ぶち


 メーヴィスの身体のどこかから、不気味な音が聞こえた。


 ぶち、ぶちぶちぶち……

 ばきっ

「くあぁ!」

 べき ぼき ぶち びしっ!

「うあああああぁ!」

『ぎゃああああぁ!』

 ワンテンポ遅れてやってきた激痛に加え、自分の腹が切り裂かれる場面をまともに見て逆上した古竜によって、再び腕で払い飛ばされたメーヴィスは、レーナ達の近くへ飛ばされた。

 レーナ達3人は、ブレスで飛ばされはしたものの、意識を失っていたわけではないため、何とか這いずって石壁の陰に退避して、そこでそれぞれ治癒魔法を使っていた。その近くに重傷のメーヴィスが叩き付けられて転がってきたため、慌てて飛び出して行き、全員で治癒魔法を集中使用した。古竜の方をろくに確認もせずに……。


『お、おのれ、人間如きが……』

 古竜は脇腹の傷に治癒魔法をかけて止血したが、一瞬で完治するわけではない。マイルと、その教えを受けたポーリン以外で、かなりの速度で治癒することができるのは、あの、マルセラ達三人組だけである。

 一応の止血と、内臓がはみ出てくるのを防いだ古竜は、吹き飛ばされたメーヴィスと、レーナ達の方を睨み付けた。そして、口を大きく開け、息を吸い込み、炎と共に一気に……、


 がん!


 ブフォ~!


 上空に向けて、炎のブレスを吐き出した。

 顔面に受けた岩の一撃により、発射の寸前に顔の向きが強制的に変えられたので。


『何者だ!』

 あまりの怒りに、口からぼたぼたと泡混じりの(よだれ)(こぼ)しながら振り向いた古竜の眼に映ったのは、服も防具も髪もボロボロになった、マイルの姿であった。古竜と同じく、怒りでぷるぷると震えながら仁王立ちになった、マイルの……。


「知っていますか?」

 そしてマイルは、人差し指を突き付けて、古竜に向かって叫んだ。

「あなたは、私を怒らせた!」



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[一言] 覚悟の準備をしていなくても来るタイプの権限lv5
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