108 死闘
(こ、古竜……)
マイルもまた、そのドラゴンが喋ったことにより、それが古竜であることに気が付いていた。
(勝てるわけがない! 私の2倍の力、2倍の魔力量、そして人間より頭がいいという古竜になんか、勝てるわけが……)
それ以前に、身体が全く動かなかった。マイルの無意識の悲鳴に反応したナノマシンにより急速に治癒されてはいるが、動けるようになるまでには、もう少しかかるであろう。
骨がポッキリと折れただけ、とかであれば、かなり速く、それこそ瞬時と言えるくらい速く修復できるのであるが、身体中で粉砕骨折、そしてその破片が筋肉や内臓をズタズタにしていては、どうしても、修復にはある程度の時間がかかる。
そして何より問題なのが、骨より、『マイルの心が折れてしまっている』ということであった。
自分の能力を知ってから今まで、マイルは本当に身の危険を感じたことは一度もなかった。盗賊を相手にした時も、強い魔物を相手にした時も、『いざとなれば、本気を出せば大丈夫』と考えていたし、事実、その通りであった。だから、常に余裕があったし、暢気に構えていられた。
それが、今は『本当の、生命の危機』に陥っており、相手は、とても勝てそうにない古竜。
絶望、萎縮、そして諦め。
頭が回らず、何も考えられない。自分に死をもたらすために近付く怪物を、耐えがたい苦痛の中、動かぬ身体でただ呆然と見つめ、最後の時を待つばかり……。
「うおおおおおぉ~~っ!」
他の者のことなど無視してマイルに近付いていた古竜の身体に、メーヴィスが駆け寄って剣を叩き付けた。文字通りの全力、渾身の一撃であった。
がつっ!
しかし、その渾身の一撃は、古竜の鱗を僅かに傷付けたに過ぎなかった。
『ほほぅ、我の鱗を傷付けるか。なかなかの者よの。だが……』
そう言いながら、古竜は腕を振り、メーヴィスを軽く弾き飛ばした。
『身の程を知るが良い!』
吹き飛ばされたメーヴィスは、マイルと同じように遺跡の石組みに激突し、そのまま地面に倒れ伏した。マイルの時と違い、勢いをつけた強力な尾の一撃ではなく、軽く振っただけの腕であったために致命傷とはならなかったが、それでも、まともに動けるような状態ではなかった。
その時、レーナとポーリンは既に立ち直り、2撃目の攻撃魔法の詠唱を行っていた。
吹き飛ばされたメーヴィスを見ても、その詠唱が止まることはない。
物事には、優先順位というものがある。今は、狼狽えてメーヴィスの名を呼ぶ、などという無益な行為で、せっかく詠唱した魔法や時間を無駄にしてよい時ではなかった。
そして、ふたりの詠唱が完成する。
「燃え盛れ、地獄の業火! 骨まで焼き尽くせ!」
弾かれるなら、包み込めばいい。
そう考えたレーナは、範囲攻撃魔法である、お得意の炎魔法を放った。
ぱしゅん!
「え……」
古竜は、レーナの方を振り向きもしなかった。ただ単に、古竜を包囲し包み込もうとした炎の渦が消滅した。ただ、それだけであった。
「……岩よ、その、あるべき姿を示せ……」
攻撃魔法があまり得意ではないポーリンは、レーナのような魔力放出系の魔法や、一気に呪文を組み上げるタイプの魔法は得意ではない。そのため、時間的に余裕のある場合でないと、強力な攻撃魔法は使えない。
しかし、古竜はレーナやポーリンを完全に無視している。自分に危害を加えられるだけの力がない、相手をするに値しない者として。
それならば、ポーリンにも使える攻撃魔法はある。
今までの様子から、魔力は打ち消され、たとえ直撃してもダメージは与えられないということは明白であった。そしてメーヴィスの剣は、ほんの僅かではあるが、鱗を傷付けた。ならば、使う魔法は、これしかない。
攻撃魔法が苦手なポーリンのために、マイルが伝授してくれた魔法。
『ポーリンさんが得意な氷魔法では物理的な威力が不足する場合に備えて、必殺技を考えましょう!
勝てる確率ゼロ、生き延びられる確率ゼロの状況を打ち破るための魔法。そう、「ゼロゼロ魔法」です!』
そしてマイルはポーリンに教えた。
岩の彫刻は、人間がその姿を作り出したのではないのだということを。
岩は、元々その姿をその中に持っていたのだ。人間は、それを覆い隠していた余計な部分を取り除いてやっただけなのだ、と。
だから、岩に、その本当の姿を見せてくれるようお願いするのだ、と……。
「ゼロゼロ魔法第1号、岩石オープン!」
ポーリンの呪文を受けて、遺跡の一部であった全長2メートルくらいの岩塊からぼろぼろと欠片が剥がれ落ち、しだいにその姿を変えていった。そして現れた姿は……。
全長、約2メートル。槍のように見えるが、穂先部分から柄の部分まで、全体的にかなり太い。
そしてそれは、螺旋状に渦を巻き、捻れているかのように見えた。
もしこれを地球人が見たら、間違いなくこう言ったであろう。「ドリル……」と。
「回れ回れよ、馬車の車輪の如く、竜巻の渦の如く! その力をもって、我が敵を貫き通せ! シュートおぉ!」
どしゅ!
『グオオオオォ!』
回転力のおかげで弾道が安定していたドリル槍は、ポーリンの狙い通り、古竜の横腹に当たった。
遺跡に使われていただけあって硬く頑丈であった岩は、命中時の衝撃にも一瞬耐え、その質量故の運動エネルギーと回転力で、古竜の鱗を突き破り、もぐり込み、……そして砕けた。
いくら比較的体表に近い部分であり、また、竜種は痛みには鈍感な身体の造りであるとは言え、体内に無数の岩の破片が食い込んだのでは堪らない。
普通、古竜に戦いを挑むような無謀な生物がいるはずもなく、たとえいたとしても、古竜に傷を負わせることなどできはしない。また、転ぼうが木に足の小指をぶつけようが、古竜が痛みを感じる程のことではない。
……つまり、古竜は滅多に怪我をしない、ということであり、すなわちそれは、『痛みには慣れていない』ということである。そしてこの個体は、痛みに弱かった。ものすごく。
『ぎ、ぎざまらああぁ!』
痛みと、下等生物に傷付けられたという屈辱に対する怒り。
古竜は、大きく息を吸い込んだ。
それは、言わずと知れた、竜種の必殺技、ドラゴンブレスの予備動作であった。
しかし、攻撃魔法を放った直後のポーリンと、次の攻撃魔法の詠唱を終える寸前のレーナは、ふたりとも、防御魔法を張れるタイミングではなかった。それに、もし防御魔法が張れたとしても、古竜のブレス相手では、濡れた障子紙程度の耐久力もなかったであろう。
自分達に向けて大きく開けられた古竜の口の中に赤い炎が見えた瞬間、レーナとポーリンは、自分達の死を悟った。
「ごめんなさい、おとうさん、みんな……」
「アラン、おかあさんと力を合わせて、お店を……」
「……マジック・シールド!!」
戦闘には参加せず、万一に備えて最大強度の防御魔法を発動直前でホールドしていたクーレレイア博士が、全力でシールドを展開した。
それでも、古竜の全力のブレスであればひとたまりもなかったであろうが、幸いにも、今回のブレスはごく弱いものであった。
当たり前である。いくら怒り狂っていても、ネズミを殺すのに大砲を撃つ者はいない。そして古竜は、相手の中に、人間より遥かに魔法が得意なエルフがいることなど知らなかったのだから。
しかし、魔素(と、この世界の者が思っている)の部分、つまり、ブレスの炎や熱はかろうじて防げたものの、ブレスの噴射による勢いはまともに受けて、3人は吹き飛ばされた。
幸いにも、岩壁に激突することはなかったが、それでもかなり飛ばされて地面に叩き付けられたため、3人共、すぐに起き上がれる様子ではなかった。そして、既に彼女達には興味を失ったのか、吹き飛ばした3人のことは無視して、古竜は再び、倒れたままのマイルに向かって歩き始めた。
(駄目だ! マイルを守らなきゃ……)
地面に倒れたまま全てを見ていたメーヴィスは、自分がマイルを守らねば、と必死で立ち上がろうとしたが、頭を打ったせいか骨や腱がやられたのか、腕も足もろくに動かない。
(そうだ、ミクロス! ミクロスを使えば……)
そうは思っても、腕が思うように動かない。少しずつ、少しずつポケットに近付けるが、指の感覚もあまりなく、ポケットがなかなか探り当てられない。
古竜は既にマイルの側に立ち、その右腕を伸ばそうとしていた。
(駄目だ、間に合わない!)
メーヴィスが絶望に包まれた時、きぃん、と耳鳴りがした。何だか、記憶にあるような耳鳴りが……。
きいいいいいぃん……、ぱぁん!
『グアッ!』
古竜が、伸ばしかけていた右腕を慌てて引き、その掌を左手で掴んでいた。
そしてメーヴィスは、上を見た。
もし、アレならば。
本当にアレならば、それは、空にいる。
そして、空を見上げたメーヴィスの眼に映ったものは。
「ひゃっほ~い!」
叫ぶ、10歳前後の少女。そして少女が跨がった、攻撃を終えて緩降下から上昇へと転じた、見覚えのあるワイバーン。
「ろ、ロブレス!」
そう、領主が出してくれた、たったひとりの援軍が到着したのであった。
早売りの書店では店頭に並んでいることを、各地で確認! 関東の主力書店の大半で平積みを確認、との報告多し!
2巻、よろしくね。(^^ゞ
アース・スターノベルのwebでは、2巻のプロモーションビデオが公開中!(^^)/