105 発掘現場へ
例の『森の手前の村』をスルーして森にはいったマイル達は、森を駆けるのは得意、というクーレレイア博士の言葉を信じて、移動速度をあまり落とさなかった。脱出時よりも速い速度で森を駆ける5人。
既に夕方となっており、森の中は暗くなり始めていたため、マイル謹製の「魔法の蓄光物質」を塗った木片を各自の背中に付けている。
隊形は一列縦隊。単縦陣、または『ジェットストリーム・アタック』である。頭を踏み台にするのは禁止。
夜目の利くマイルを先頭に、レーナ、クーレレイア博士、ポーリン、メーヴィスと続く。VIPである博士と、『赤き誓い』の4人の中で一番近接戦闘力が低く、かつ治癒要員であるポーリンを真ん中にするのは当然である。そして、後方からの襲撃に備えて、メーヴィスが最後尾。魔術師は、奇襲には弱いからである。
「今頃、早ければ伝令が発掘現場に到着した頃、遅ければ伝令が出発した少し後、といったところでしょうか……」
マイルは、伝令ひとりが全速で移動するならば、獣人の身体能力と森での活動経験から考えて、1日あれば発掘現場に辿り着けるであろうと考えていた。後は、あの魔術師の魔力回復速度、治癒魔法の腕前、そしてリーダーが連絡を優先するかチームの安全を優先するかの判断次第であった。
「骨折りチームや応援部隊と出くわさないよう、あの場所は迂回して、発掘現場への直線ルートを外しましょう。それと、もう1カ所、大きく迂回したいところがあるんですけど……」
マイルが言う『もう1カ所』というのが何のことかよく分からないものの、マイルが言うことだから、と、深く考えずに了承する『赤き誓い』の面々であった。
「……うっ!」
森にはいって1日。発掘現場まであと少し、というところで、クーレレイア博士が突然鼻と口を押さえて立ち止まった。
「どうしました……、って、エルフは人間より鼻が利くんでしたよね……。
皆さん、進路変更です! ここが、『迂回する場所』です!」
「わざわざ糞の近くでかなり早めの休憩を取ったり、獣人達の追跡隊が追いつくのが思ったよりずっと遅かったりした時点で、そんなことだろうと思っていたわよ……」
げんなりしたようなレーナの言葉に、ポーリンとメーヴィスも頷いていた。
かなりコースを外したにも拘わらず、更にコース変更を余儀なくされるほどの影響範囲。
もしかすると、このエリアの中は魔物や猛獣が進入しない安全地帯になるかも、と考えるマイルであるが、そもそも、誰もこの中に逃げ込もうとはしないであろう。
獣人達は、位置関係から、恐らく反対側を迂回すると思われた。また、その臭覚の敏感さから、マイル達よりも大きく迂回したであろう骨折りチームが移動したと思われる形跡、つまり木の枝や草が払われた跡や地面を踏み固めた跡等と交差しなかったことからも、獣人達が反対側を通った可能性は高かった。
そして、獣人達に出会うことなく、『赤き誓い』とクーレレイア博士は、領都を出発してから1日半、森にはいってからは丸々1日経った今、無事に発掘現場の近くまで到達していた。
「領都を出発してから一日半、小休止のみの強行軍でしたからね。今夜はここでゆっくり休みましょう」
マイルの提案に反対する者はなく、皆、頷いた。あたりはもう薄暗くなっている。
マイルは適当な草地を選ぶと、アイテムボックスからテントを取り出した。折り畳まれたものではなく、組み立てられた状態のものを……。
最近、気付いたのである。わざわざ毎回組み立てたり分解したりしなくても、組み立てたままの状態でアイテムボックスに入れれば良いのではないか、ということに。
「え……」
それを見て、固まるクーレレイア博士。
他の3人は、気にした様子もなく、普通にテントの四隅を固定したり、周囲に排水溝を掘ったりしている。森の中では、たとえ天気が崩れても風雨は弱いであろうが、万一に備えて万全の準備をしておく。それが、長生きの秘訣であった。
「ど、どうして折り畳んでないの!」
「え? だって、いちいち畳んだり組み立てたり、面倒だし時間の無駄じゃないですか」
マイルの返答に、愕然とするクーレレイア博士。
なにしろ、収納魔法の容量限界は、重量と体積の相関関係で決まるのである。いくら軽くても、体積が大きければ収納限界が早く訪れるし、体積が小さくても、重量が大きければ、同じく限界の訪れは早い。体積と重量、それぞれに独立した収納限界があるのではなく、その双方が関数の変数となって限界が決まるのである。
なので、収納物は、なるべく軽く、なるべく体積を小さくするのが常識であった。たとえ収納可能な量であっても、その量によって、収納を維持し続けるための魔力量と精神的負担が段違いなのである。
それをこの少女は、畳めば体積が激減する、中身のほとんどが空間であるテントを、折り畳みと組み立てという僅かな手間を惜しんで、そのまま収納しているという。
……どれだけ魔力量に余裕があるというのか! そして、どれだけ無意識制御力が優れているというのか!!
脱出時の、「市場で買ったばかりのような野菜や果物」、「狩ったばかりのようなオーク肉」のことといい、明らかに異常であった。
他にも、突然提供された大量の木製武器、暗闇でも見える、光る木片。そして数倍の人数の獣人達を軽くあしらう身体能力……。
更に、同族を感知するエルフのカンが、明らかにこの少女はエルフではない、と告げているにも拘わらず、どうしてもエルフっぽい気がして仕方がないのである。
博士が『赤き誓い』についてきたのは、勿論、学者として獣人達が何をしようとしているか、何を発掘しているかを見極めるためである。しかし、博士個人としては、脱出行の時から気になって仕方がなかったこの少女達に張り付き、その謎を解明する。その魅力に抗し切れず、このような危険な依頼を受けてしまったのであった。
ハンターは、その過去や能力を問い詰めてはならない。
それくらいの常識は博士も承知しており、だから直接問い質すことは控えていた。
しかし、気になる。
気になって気になって、どうしようもない!
「うあああぁ!!」
「ど、どうされました、博士!」
突然叫んだクーレレイア博士に、驚いたマイルが駆け寄ったが……。
「な、何でもないわ!」
マイルを睨み付けながら、平静を装うクーレレイア博士であった。
マイルは、テントの周りに紐を張り巡らせた。そして、その各部に堅い木切れや金属片を2つずつ結んでいく。そう、『鳴子』であった。
今まで、みんなで一緒に野外で眠る時にはバリアや警戒魔法を張っていたが、それでは油断癖がついてしまい、マイルがいない時に大変なことになってしまう可能性がある。それに気付いたマイルが、自分がいなくても使える警戒方法を考えたのである。
それに、今回はクーレレイア博士がいる。博士の前で、あまり突飛な魔法を使うわけにもいかない。そう考えたマイルであった。
夕食は、今まで小休止の間に保存食を齧る程度であったため、ちゃんとした料理を作った。アイテムボックスから出した、異常に新鮮な食材で。
獣人達がいる場所に近いのに、火を使って調理したりして大丈夫なのか、と心配するクーレレイア博士に、マイルはちゃんと説明して安心させてあげた。
「あ、煙や臭いの微粒子は、魔法で集めて固体にしているので、大丈夫ですよ。
ほら、これが、集めて固めた煙や臭いの微粒子です」
「…………」
何やら黒っぽい塊を指差すマイルを、博士は無言で見詰めていた。
「本日の、『日本フカシ話』!」
早めに休む日は、これである。
「そして、悪い伯爵を倒した泥棒は、お姫様と老人、忠犬を残し、仲間達と共に去っていきました。
その後、現場に駆け付けた警吏の男が、お姫様に言いました。『奴はとんでもないものを盗んでいきました。……あなたの、下着です!』」
ぶふぅ!
『赤き誓い』の3人は楽しそうに聞いていたが、クーレレイア博士は、飲んでいたスープを口と鼻から噴き出して、鼻の痛みに悶絶していた。